愛恋の呪縛

サラ

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第117話

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「んんんっ、んんんんん!!!!!!!!!」



 その頃。
 日向はどうにかして、魁蓮の鎖から逃れようとしていた。
 部屋の中は、変わらず魁蓮の影が広がっていて、正直逃げ場なんてものはどこにも無い。
 それでも、この状況だけはどうにかしたくて、日向は引っ張ったり、力で壊れないか、試行錯誤する。



「んあああ!もう、なんっだよこの鎖!!!」



 とはいえ、鎖はビクともしない。
 以前、日向が稽古で相手した「ジア」とは性質が違うのだろうか。
 日向がどれだけ抗っても、縛る力を増すことも、大きさが変わることもない。
 むしろ好都合だった。

 だがそんなことより、日向は内心焦っている。



「多分、魁蓮は現世で暴れてるっ……何とかしないと、人間たちにも被害が及ぶかもしれないっ……」



 先程の、魁蓮の言葉。
 あの言葉が本当ならば、魁蓮は今頃現世で大暴れ。
 現世にいる妖魔たちを、貪りつくしている。
 それに、魁蓮の力は底知れない。
 どれだけ影響を与えるのか、分かったもんじゃない。
 何より、日向が焦っている1番の理由は、最初に交わした魁蓮との約束。





【ではこうしよう。
 貴様が我のものになり、我のそばにいる限り……
 我は人間を殺さんと約束しようではないか】





 あの約束を、魁蓮は守ってくれている。
 しかし、あの約束は、あくまで人間殺さないことが条件。
 傷つけないとは言っていない。
 つまり、死なない程度に傷つけたとしても、それは殺したわけではないため問題ないということになる。
 魁蓮が暴れて人々を傷つけたとしても、それは殺したことに該当しないため、約束には触れないのだ。
 殺し以外なら、魁蓮は何をしてもいい。
 自由そのもの、それがマズイのだ。



「はやく、止めないとっ…………!」



 元はと言えば、日向との会話でこうなった。
 どこで魁蓮の地雷を踏んでしまったのかは分からないが、日向は魁蓮の暴走を止める必要がある。
 方法は分からなくとも、このまま縛られているだけなんて、自分が許せない。
 被害者を最低限に抑えるためにも、魁蓮を説得しなければ。



「んんんっ!!!!!!」



 手や腕が千切れようと構わない。
 その勢いで、日向はグッと引っ張る。
 痛みが走り、腕には内出血と鎖でついた擦り傷が増えていった。
 その時。



「日向っ!!!!!!!」

「っ……!」



 ふと、扉の向こうから、龍牙の声が聞こえた。
 日向が扉へと視線を向けると、4人の影が。
 背丈からして、肆魔の4人が帰ってきたのだ。
 そして何やら、ガタガタと扉が音を立てている。
 恐らく、部屋中に充満した魁蓮の妖力が邪魔をして、扉が開かないのだろう。
 外側から、どうにかして開けようとしているのが分かる。



「日向!大丈夫なの!?そこにいる!?」



 他の3人が扉に奮闘する中、龍牙は代表して声を張り上げていた。
 肆魔全員の力を持ってしても、扉が開かないとは。
 魁蓮の妖力の強さが伺えた。



「龍牙っ!大丈夫!寝台の上にいるよ!」

「寝台の上?扉からは離れてるんだな。
 待ってて!すぐぶっ壊す!みんな、どいて」



 すると、扉をこじ開けようとしていた影がゆっくりと扉から離れた。
 直後。





 バギッ!!!!!!!!





 大きな音と共に、バラバラと扉が壊れた。
 少し手荒なやり方だが、こうでもしないと扉が開かなかったのだろう。
 現れたのは、妖力を拳に集中させた龍牙と、中の様子を伺う他の肆魔の3人。
 みんな、とりあえずは無事だったようだ……が。



「いってぇぇぇ!!!!魁蓮ってば、どんだけ強い妖力で防いでんだよ!!こんなの普通なら、妖力切れなんてあっという間だわ!もう!みんな俺に感謝して!?」



 扉を壊した龍牙は、握りしめた拳を労りながら、手に流れる痛みに苦痛の声を上げた。
 黄泉の中では、魁蓮の次に強いと言われる龍牙といえど、魁蓮との力の差は歴然。
 そんな魁蓮の妖力に抗うことがどれだけ危険なことなのか、誰もが分かっている。
 代償は、もちろんあるのだ。

 でも逆を言えば、この場で扉を突き破ることができるのは、龍牙しかいなかった。
 龍牙だからこそ、手の怪我だけで済んでいる。
 それほど扉が、硬い壁のようになっていて、且つ魁蓮の妖力が付与されている。
 むしろ、大きな反動無しで突き破れたのは運が良かったのかもしれない。
 下手すれば、この場で龍牙が死ぬ可能性はある。



「それより……これは一体、なんですかっ……」



 龍牙の心配をしながら、司雀は部屋の中を見渡す。
 扉が破られた途端、肆魔全員が部屋の中に広がる影に目を見開いていた。
 扉を壊した直後、全身に浴びる魁蓮の妖力。
 本人はここにいないというのに、どうしてこんなにも強い妖力がこの場に残っているのだろう。
 これには司雀も、驚きを隠せない。
 そしてなにより、驚いていたのは……。



「日向様っ!!」



 寝台の上で、鎖に縛られている日向の姿。
 よく見れば、縛られている腕は怪我をしていて、血が鎖を伝っている。
 なんとも酷い光景だ。



「みんな!僕は大丈夫!」

「ですがっ、これは流石に……」



 残酷、という言葉が良く似合う現状だ。
 とにかく、この状況をどうにかしなければいけない。
 司雀は警戒しながら、寝台の上にいる日向に視線を向ける。



「日向様っ、何があったのですか……これは、どういうことです!?」

「それがっ、よく分からなくてっ……。多分、僕が魁蓮を怒らせちゃったから」

「怒らせた……?」

「何が地雷だったのか分からないけどっ……
 呪縛のことを話したら、こんなことにっ……」

「呪縛……?」



 (日向様にかけられている、魁蓮の呪縛のことでしょうか……)



 常日頃、日向から伝わってくる魁蓮の呪縛。
 それは妖魔からすれば強力で、何よりも強いある種の結界のようになっている。
 黄泉に住む妖魔以外の、並大抵の妖魔であれば、日向が近づいた瞬間に怖気付いて逃げるくらいだ。
 その呪縛に、何かあったのだろうか。



「とにかく、その鎖を解きます。そのまま待ってっ」


「駄目だ」


「「「「「っ!!!!!!!!」」」」」



 司雀が部屋の中へ入ろうとした途端。
 突然、魁蓮が姿を現した。



「魁蓮っ……その姿はっ……」



 部屋に現れた魁蓮は、全身返り血だらけ。
 口元は妖魔たちを食い殺していたのか、酷い有様で血が広がっていた。
 特徴的な赤い目は、少し弱い光で光っている。
 完全に、暴れてきた後だというのが伺えた。
 その残酷な姿に、司雀以外の全員が、言葉を失う。



「少々、気晴らしに行っていた。
 見事なまでに、雑魚ばかりでつまらなかったがな」

「……一体、どれほどの数を?」

「わざわざ数えるわけなかろう?飽きるまで愉しむつもりだったのだが、扉が壊れる気配を感じてな?早めに切り上げてきたところだ」



 魁蓮はそう言いながら、壊された扉を見つめた。



「やはり、龍牙ほどの力ならば破れるか……結界術など、不得意なことをやるものでは無いなぁ」



 不得意と魁蓮は言っているが、結界術に秀でている者でも、この出来は真似できるものでは無い。
 何より、司雀は魁蓮の言葉が引っかかった。



「結界術ですって?これのどこが?」

「ククッ。どこからどう見ても、我が張った結界術ではないか。結界術はお前の得意分野だろう?司雀。お前が分からないはずがない」

「えぇ。手を加えていなければ、結界術と言えます。
 貴方のこれは、自分以外の者の侵入を許さない。監禁に近いものです!完全に、日向様を閉じ込めているではありませんか!」

「それがどうした?そのように細工しているのだ、当然だろう?」

「何ですって……?」

「ククッ、おかしなことを言うな司雀。つまらんことばかり吐かれると、殺してしまいたくなる」



 魁蓮は首をかしげ、不気味な薄ら笑みを浮かべた。
 片眉をあげ、煽るように司雀を見つめる。
 この時点で、司雀は感じ取った。
 様子がおかしい、魁蓮のあれは、偽りの笑顔だと。



 (平然を装っていますが、何か気に食わないことがありましたね……彼に地雷なんて、無いはずなんですが……とにかく、慎重にいかなければ)



 先程の、脳内に流れ込んできた魁蓮の言葉。





【思い知れ、我が戻ってきたことを。我のものに手を出せば、どうなるかを。誰1人、抗うことを許さぬ……。
 我こそが…………全てだ!!!!!!!!!!】





 普段魁蓮は、あのようなことを言う男ではない。
 恐らく、あの言葉の直前にあったことが原因だろう。
 問い詰めると逆撫でしてしまう可能性がある。
 司雀は少し警戒しながら見つめ、魁蓮の様子を伺う。
 そんな中、魁蓮は衣を整える仕草をしながら、言葉を続けた。



「丁度いい、司雀。お前と話したいことがある」

「……話したいこと?」

「ああ。お前と、2人で……他の者は、話すことを禁ずる。我が聞きたいのは、司雀の話だけだ」



 そう言いながら、魁蓮は笑みを浮かべたまま、ギロリと龍牙たちへと視線を向ける。
 こういう時の魁蓮には、黙って従った方がいい。
 それは龍牙たちが1番理解しているため、龍牙・虎珀・忌蛇は口を閉じた。
 そして司雀は、3人を守るように背後へ回し、魁蓮へと視線を向ける。



「いいでしょう。それで、その内容は?」

「ククッ……」



 司雀が尋ねると、魁蓮は日向の元へと近づいた。
 じっと日向を見下すと、ガシッと片手で日向の顔を掴む。



「ちょっ、何すんだ!」

「ククッ、口を開かない方が良いぞ?
 うっかり顎を砕いてしまうかもしれん」

「っ!」



 サラッと言われたが、彼ならやりかねない。
 いつもと何かが違うと思いながら、日向は思わず口を閉じた。



「司雀。話とは、この小僧のことだ。
 今1度、確かめたくてなぁ……」



 すると魁蓮は、日向の腕を縛っていた鎖を手に取り、グッと乱暴に引っ張る。
 そして、無理やり日向を床に膝をつかせ、まるで見せしめるように司雀へと向けた。
 その間、魁蓮は不気味な笑みを崩さずに。
 残酷にも見える魁蓮の態度に驚きながらも、司雀は魁蓮を見つめた。
 その視線に答えるように、魁蓮は口を開く。



「小僧に呪縛をかけた痴れ者は……誰だ?」

「………………えっ?」
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