愛恋の呪縛

サラ

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第116話

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「以前話していた黒蝶、分かること全て言え」

「……えっ?」



 あまりにも、さらりと尋ねられた内容に、日向は怒りが吹っ飛んでしまった。
 というのも、その内容は、以前馬鹿にされて終わった事だからだ。
 何故今更?と疑問が生じる。



「黒蝶って……え、なんで今?
 お前、寝ぼけてるとかって前に馬鹿にしてっ」

「無駄口を叩くな、我の問いのみに答えよ」

「っ…………」



 魁蓮は冷たく、そして鋭い目付きで日向を見下した。
 何か、機嫌が悪いように見える。
 嫌な緊張感が走り、言葉に詰まりそうになった。



「黒蝶はっ……」



 その時、日向は庭での件を思い出した。
 稽古初日、魁蓮を待っていた時に起きたこと。
 再び現れた黒蝶と共に、日向の耳に聞こえた優しい声。





【私はいつでも、君を見守っている。
 これは、2人だけの秘密だよ】





 秘密。
 そう言っていた。
 あれは何に対しての秘密なのか、未だにちゃんとした理由は分からないが。
 変に口を滑らせる可能性が少しでもあるなら……



「……な、何でもなかった!夢だったんだよ!」

「……あ?」



 日向は、隠すことを選んだ。
 もちろん、あれだけ黒蝶を見た!と騒いでおいて、あんまりな答えなのだが、秘密というものを守るためには、こうするしかない。
 正直、あの黒蝶について、日向だって分かっていることが無いのだから。
 変な情報を与えるより、いい選択だろう。



「ほら!お前、寝ぼけてるって言ってたろ?実はあれ、お前の言う通りだったんだよねぇ。
 夢遊病みたいな?まあとにかく、あれは僕の夢の話!そもそも、光る黒蝶とかいるわけねぇもんな?ったく、何の夢見てたんだが。あっはは」



 少し無理があるだろうか。
 でも、以前馬鹿にしてきたのは魁蓮だ。
 ならば、その通りだったと認めれば、場は収まるだろう。

 でも、日向のその考えは、大きな間違いだった。



「……ほう、答えぬか。小僧」

「……えっ」



 馬鹿にしてくるはず、ではないのか。
 場が収まるように、話が終わるように言葉を選んだのに。
 魁蓮が取った選択は、問い詰めだった。



「我に隠し事とは、いい度胸だ小僧。
 ならば強制的に口を割らせるのみ」

「えっ!?」

「力で抑え込むのも良いなぁ。
 縛りや呪縛などを使い、全て暴かせてやろう」



 (い、いやっ……なんか怖くね!?)



 声音はいつもと変わらない。
 だが明らかに違ったのは、表情だ。
 声は多少の高揚感が伺えるのに、魁蓮が浮かべる表情は、とても冷たい。
 負の感情でも入り交じっているような、とにかく恐怖を抱くには十分だった。

 というより、なぜそこまでして聞き出そうとしているのだろう。



「ちょ、タンマタンマ!!お前、いきなり物騒なこと言うな!
 つか、そもそもお前!もう僕に呪縛かけてるだろ!」

「……………………は?」

「既に1つ呪縛かけられてるのに、口を割らせるために、また別の呪縛かけられるなんて嫌だ!いよいよ自由なんて無くなりそうじゃん!」

「…………………………」



 それはもう、呪縛と言うより、拷問の類だ。
 どんな手を使ってでも聞き出したいのだろうが、正直、それをされるのは日向からすればマズイ。
 鬼の王相手では、力で抗おうなど無駄。
 だからせめて、力以外で解決したい。
 呪縛なんて、そう何回もかけられるのは御免だ。



「つーか口割らせる呪縛って何!?もう何でもアリなのかよ!鬼の王ってのは!」

「おい小僧」

「あ!?なに!?」

「……何の話だ」

「は?何が?」

「我が、小僧に呪縛をかけたと」

「何の話って、いやお前がしたことじゃん。
 え、忘れたとか言わないよね?呪縛かけた本人が」



 思えば、鬼の王と呪縛を結ぶなど、なんて無謀な行動をしてしまったのだろう。
 結局、悪影響がある訳では無いため、もうどうでもいいのだが。
 魁蓮にかけられた呪縛がある限り、日向が真の意味で自由になることは無い。
 それを、何の話だ?とは。
 流石に馬鹿にしすぎているのではないだろうか。



「僕がお前のそばにいる限り、お前は人間を殺さない。そう約束したろ?あの時にお前が呪縛かけたんじゃん。忘れたとか言うなよ!僕はっ」

「待て」

「もう今度は何!!!」



 何度も何度も話を遮られ、日向は我慢の限界だ。
 何が引っかかっているのか、魁蓮は眉間に皺を寄せている。
 何か間違ったことでも言ったのだろうか。
 日向が腕を組んで魁蓮の言葉を待っていると……
 魁蓮は、どこか驚いた表情を浮かべた。





「何の話だ、小僧。
 我はお前に、呪縛などかけておらん」

「……………………え?」





 何を言っているんだ?という疑問が、交差する。
 戸惑いが走った。いや、戸惑いなんてもので言い表せるほどのものでは無い。
 そういう次元の話ではなくて、どう言葉に言い表せばいいものか。
 ふざけている?馬鹿にしている?
 普通なら、その疑問が生じるところだろうが、この件に関してはとぼける必要は無い。
 まして、魁蓮がしたことだ。
 知らないフリなんて、する意味が無い、無駄だ。

 では、今魁蓮が言ったのは……本音なのか。



「呪縛を、かけてない……?
 いや、ちょっと待って。そんなはずっ……」

「どういうことだ、小僧」

「いや、どういうことってこっちの台詞!
 僕は自覚無かったけど、肆魔の皆が言ってたんだ。魁蓮の強い妖力で、僕は複雑な呪縛をかけられているって。普通のとは、少し違うみたいって言ってたけど」

「……いつ、どこで……」

「だから、初めて会った時に…………
 えっ!?お前がかけたんじゃないの!?僕、ずっとそうだと思ってたんだけど!?え、待って!じゃあ、肆魔の皆が言っていた僕の呪縛って何!?」



 呪縛なんてものは、今までかけられたことがなかった。
 だから、呪縛をかけられたらどうなるのかなんて、日向には説明すら出来ない。
 現に日向は、肆魔に言われるまで、呪縛がかけられていることすら気づかなかったのだから。
 それでも、約束を交わしたのは事実。
 それが条件として、呪縛はかけられたのだ、と。
 ずっと、そう思っていたのに。



 (じゃあ、皆が言っていた呪縛って……一体っ)



 日向が疑問を感じた、その時。






















「っ………………!!!!!!!!!」



 ゾワッと、背筋が凍る感覚がした。
 毛が逆立つような、息をするのすら忘れそうな、そんな重苦しい空気。
 数え切れない負の念が、積み重なって、混ざりあって、その場を真っ暗闇に染めていく。
 こんな空気、大抵は漂わせることすら不可能。

 そう、普通の妖魔ならば……。



「肆魔が全員認識したのならば、呪縛がかけられているというのは真実だろう。だがその呪縛は、我のものでは無い…………
 ククッ、そうか……遂に我のものに手を出した痴れ者が現れたのだな……?」

「か、魁蓮……?」



 低く、どこか重たい声。
 少しドスの効いた負の念により発される声は、日向の恐怖を誘った。
 笑い声が混ざっているのに、怒っているように聞こえる。
 この状況、危険だ。
 五感全てが、そう訴えてくる。

 そして日向の嫌な予感は、その範疇を簡単に飛び越えて的中する。





「ふざけるな………………」

「っ……!!!!」





 怒りの声が、頭に響く。
 日向は顔を上げると、目の前に広がった光景に息を飲んだ。
 日向の部屋全体に広がる、黒い影。
 その中心に佇むのは、赤い瞳をこれでもかと言うほどに光らせ、底なしの妖力を溢れさせる鬼の王の姿があった。
 風が吹き、王の茜色の衣をなびかせている。
 それはまるで、悪魔の羽のよう。

 どこにも逃げられない、闇そのものへと化した部屋は、抗えない絶対的支配下にあった。
 王の力、それを表すには十分で、むしろ行き過ぎているくらいだ。
 こんなの、どれだけ強さに自信がある者でも、戦い方を忘れるくらいには正気でいられない。





「この我に……歯向かう不届き者がいるとは……。
 随分と、馬鹿けた時代になったものだ……」





 直後。





「あ゛っ!!!!!!!」





 魁蓮が瞬時に放った鎖が、日向の腕を縛り、乱暴に頭上へと上げる。
 頭上で腕を縛られてしまった日向は、鎖の縛る強さに手も足も出ない。





「か、魁蓮っ……何をっ!」

「口を慎め、小僧」

「っ…………」

「我が封印されていた1000年もの間。どうやら有象無象共は、妖魔の在り方というものを履き違えてしまったようだな。王が不在だからといえど、力の序列が覆ることは断じて有り得ん。
 故に、ということにはならん。まして我のものに手を出すなど……不愉快だ」





 言葉に、怒りが乗っていた。
 すると魁蓮は、日向の鎖を解くことなく、部屋を出ていった。





「待って!魁蓮!!!!」





 日向の声など、魁蓮には聞こえない。
 頭がクラクラするほどの妖力を、魁蓮は止めることなく、城の屋根へと昇った。





「いいだろう……頭に叩き込んでやる……。
 妖魔とは何か、貴様らの王が誰かを………………!」 





 すると魁蓮は、奥義を扱う程の強い妖力を放出し始めた。
 先程と同じように、妖力は部屋を超え、城を超え、黄泉全体に広がる。
 だが今回はそれだけに飽き足らず、魁蓮が放つ妖力は、境界線を超えて現世にまで伝わっていた。
 不穏な空気と重圧で、黄泉にいる妖魔、現世にいる妖魔。
 その全てに、この上ない警告のようなものが流し込まれる。



「な、なんだっ!?」

「あ、頭がっ!!!」

「おい、どうなってんだよ!」

「た、助けて……怖い!!!!」





 悲鳴が響き、妖魔の世界を苦しめる。
 そして……魁蓮の声が、頭に響き渡る。





『よく聞け、有象無象共よ。この1000年、何があったかは知らぬが、時代を超え、我は蘇った。これが何を意味するか、分かるな?今まで好き勝手してきた痴れ者共は、己の罪深き行動を振り返るがいい。王の不在は自由では無い、苦しみからの解放でもない。
 この世は全て、我の手中にある。貴様らは、我に従う他ないのだ。我に背くような真似をすれば、待つのは死よりもむごい地獄のみ。今のうちに、生にしがみついていろ。
 そして首と心臓をさらけ出し、怯えて待つがいい。全て切り刻み、喰ってやる。手始めに、これより現世の妖魔を飽きるまで喰い殺す。
 
 思い知れ、我が戻ってきたことを。我のものに手を出せば、どうなるかを。誰1人、抗うことを許さぬ……。
 我こそが…………全てだ!!!!!!!!!!』





 魁蓮は高々と笑うと、フッと姿を消した。
 それから5秒も経たないうちに、現世では妖魔たちの悲鳴が響き渡ることとなる。
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