愛恋の呪縛

サラ

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第118話

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 その頃、現世では。



「瀧様!東の方でも報告が!」

「瀧様!こちら南!新たに数十体目撃されてます!」



 仙人の拠点「いつき」は、大騒ぎだった。
 多くの仙人が四方八方へ趣き、その状況を瀧に報告している。
 だが、流石の瀧も困り果てていた。
 報告される内容は、全て殺された妖魔のことばかり。
 頭が痛くなるほど、多くの妖魔が突然殺されたという報告が押し寄せてくる。
 緊急事態だった。



「殺された数に関しては、最後に集計してからでも構わない!とにかく、人々に被害が及んでいないか確認しろ!隅々まで調べるんだ!!」

「「「了解!!!!!」」」



 瀧の指示に、仙人たちは更に素早く動く。
 仙人が再び調査に戻ると、瀧はドサッと外の階段に腰を下ろして、うんざりしていた。
 そんな瀧の元に、お茶を持ってきた凪が隣に腰かける。

 凪は別の任務に行っていたため、急遽戻ってきたところだ。



「どんな感じ?」

「最悪だよ。強さとか関係なく、とんでもねぇ数の妖魔が、たった数分の間に殺されてる。それも場所は固定されてない……」

「……突然、何が起きたんだろうね……」

「知るかよ……いきなりすぎんだろ。
 分かりたくねぇよ、クソ妖魔の考えなんて」



 瀧は頭を抱えた。

 今より5分ほど前、穏やかな時間が流れていた花蓮国に、突如重苦しい空気が広がった。
 妖力を感じ取れる仙人たちは、その変化に即座に気づいた。
 その空気で理解したのは、鬼の王が何かを仕掛けようとしていること。
 遂に仙人に挑みに来たのだと、誰もが思っていた。
 だが、実際仙人は無害だった。
 代わりに被害が出たのは……現世にいる妖魔たち。



「チッ……あんな妖魔の叫び声、初めて聞いたわ……もう、悪夢だろあんなのっ」

「瀧……」



 脳内に蘇るのは、魁蓮に食い殺される妖魔たちの悲鳴。
 任務に行っていた仙人も、休みだった仙人も、何が起きたのか理解出来ていなかった。
 四方八方から聞こえてくる妖魔の叫び声、悲鳴。
 いつも威勢のいい声を上げる妖魔からは考えられない、怯え苦しむ声が国中に響き渡っていた。
 その中から聞こえてくる、不気味な高笑い。





『有象無象共!我に手を出せばどうなるか、その足りない頭と弱き体に刻め!!地獄の果てまで、貪り尽くしてやる!!アッハハハハハ!!!!!!!!!』





 トラウマになりかねない、鬼の王の声。
 妖魔を殺すことを愉しんでいるような、怒りに身を委ねているような。
 とにかく、異常な殺意を漂わせながら、鬼の王は現世の妖魔を次々と殺した。
 仙人が苦労して倒す妖魔も、彼にかかれば一撃。
 力の序列で構成される妖魔の、本当の世界が見えた気がした。



「一体、なんだって言うんだよ!いきなり現れて、いきなり消えて!はぁ……マジで狂ってる……」

「多分、あれでも本気じゃないよね。完全に、妖魔の悲鳴を聞くのを楽しんでいたし、お遊びのようにも感じたから」

「……気が休まらねぇよ。せっかく異型妖魔の出現が減ってきたってのに、今度は鬼の王の暴走とか勘弁してくれ」

「……………………」



 最近、仙人を悩ませていた異型妖魔。
 それらが、何故か忽然と姿を消したのだ。
 喜ばしいことではあるが、こんなにも突然姿を消すのは、むしろ怪しい。
 何度か仙人たちが調査を続けているものの、相変わらず手がかりは掴めないまま。

 そんな中での、鬼の王の虐殺。



「はぁ……あんなクソッたれな王のそばに居るとか、日向が心配でならねぇよ。マジで今だに生きてんのが奇跡だわ」

「うん……なんと言うか、有難いけど複雑……」

「ほんっとに……」



 18歳の少年たちには、まだまだ重荷の案件ばかり。
 それでも国の平和を守るため、2人は諦めるわけにはいかない。
 鬼の王が人間を殺さないようにしてくれている日向のためにも、早いところ解決策を考えなければいけなかった。
 この先、明るい未来を目指すためにも。

 そんな考えをめぐらせていた2人の元に、何やら慌てた様子で駆け寄ってくる仙人が1人。



「そ、双璧!!!!た、大変です!!!!
 異型妖魔が、西の方角で目撃されたと報告がっ!」

「「っ!!!!」」



 仙人の報告に、2人は目を見開く。
 そして瀧は、その場に立ち上がった。



「どこだ!俺が直ぐにっ」

「そ、それがっ……
 今までの異型妖魔とは少し違って……」

「違う?」

「力も知識も、遥かに強いっ……でも、どうしてかこちらに危害を加えて来ないんです。
 それと、があって。我々が見たのは、「伍」の数字がっ」

「模様と、数字……?」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「小僧に呪縛をかけた痴れ者は……誰だ?」

「………………えっ?」



 黄泉では、魁蓮が司雀に質問をぶつけていた。
 魁蓮の質問に、司雀は分かりやすく驚く。
 同時に、質問の意味が分からなかった。



「日向様に、呪縛をかけた人物……?」

「あぁ」

「ど、どういうことです?日向様に呪縛をかけたのは、貴方では無いのですか?」



 司雀、及び肆魔の認識では、日向にかけられている呪縛は1つ。
 その呪縛は、魁蓮の妖力で縛られている。
 となると、流れでは魁蓮がかけたことになる。
 司雀はそのことを聞き返すと、魁蓮は少し呆れたように笑い声を漏らした。



「ハハッ……やはりか……」

「っ…………」

「一体、何を勘違いしたのか知らぬが……。
 あいにく、我は小僧に呪縛はかけておらん」

「「「「っ!?」」」」



 日向が先程受けた衝撃が、今度は肆魔に流れる。
 特に、日向と違って魁蓮の妖力を感じることが出来る肆魔にとっては、魁蓮が呪縛をかけていないというのは信じられない話だ。
 魁蓮の言葉を聞き、肆魔はそれぞれ日向に集中する。
 日向の中にある妖力へと神経を研ぎ澄ませるが、やはり感じ取るのは、魁蓮の妖力によって作られた呪縛だけ。



「魁蓮、貴方は日向様から呪縛の気配は感じますか?」

「いいや、欠片も感じない。小僧のことは何度もが、そのようなものは無かった」

「……………………」



 司雀は、考えを巡らせる。

 魁蓮の妖力は、強力且つ性質も珍しいもので、この世に似たものがない唯一無二の力だ。
 だから、魁蓮の妖力を感じた場合、魁蓮が扱ったという認識しか起きない。
 しかし、魁蓮の発言が全て本当なのだとしたら……
 誰かが魁蓮の妖力を利用して呪縛をかけたか、似た性質の妖力を持った者が呪縛をかけたことになる。
 だが、基本的にそれはありえないこと。



「正直、日向様にかけられている呪縛は、私が今まで見てきた中では1番複雑で強力です。むしろ、何を条件に呪縛を結んだのか気になるくらい……。
 この世に存在する妖魔のことを考えても、これほどの呪縛を扱えるのは、貴方以外有り得ません」



 結論を出すとしたら、そう言うしか無かった。
 そもそも、呪縛には様々な種類があるのだが、司雀が困っているのは、日向にかけられた呪縛が何の呪縛なのか判断できないこと。
 それが分からない限り、どの妖魔の、どの力が関係しているのか、調べることが出来ないのだ。
 だから、司雀も詳しく言うことが出来ない。



 (呪縛をかけられている以上、日向様は何かしら制限がかかっているはずです……ですが、今まで見てきた限りでは、特に目立ったことはない……)



 呪縛の条件、それに関わる何かが分かれば、話はだいぶ進むのだが。
 結局、何も分からないままだ。
 それどころか、司雀は魁蓮が呪縛をかけていないという事実に、まだ驚いている。
 どれだけ集中しても、魁蓮の妖力しか感じないというのに……。



 (とりあえずは、様子を見なければ……)



 何かを刺激するより、1度日向の様子を見た方がいい。
 司雀は心の中で考え、決意を固めた。
 何か起きてからでは遅い、日向の安全のためにも、それが1番良い考えだろう。
 きっと、魁蓮もそう思っているはずだと、司雀は考えていた。

 次の言葉を、聞くまでは。



「では、片っ端から妖魔を全て虐殺せねばならんな」

「………………っ?」



 あまりにも、当たり前のように言われた言葉に、司雀は固まった。
 耳を疑った、何を言っているんだと思った。
 戸惑いを抱えたまま、司雀はゆっくりと魁蓮へ視線を向ける。
 今の言葉、あまりにも狂っていた。
 だが、司雀の目に映った魁蓮は、さも当然のような表情で、薄ら笑みを浮かべている。



「どういうことですかっ……」

「言った通りだ、司雀」

「……妖魔を、全て虐殺なんて……どうしてっ……」

「我のものに手を出した時点で、その痴れ者は死に値している。挙句、今の今まで名乗りをあげることなく、どこかに潜んでいるのだぞ?
 あぶり出すより、有象無象共をまとめて虐殺していけば、探さずともいずれ殺せる。万事休すだ」

「……本気で、言っているのですかっ……?」

「何を驚いている。名案だろう?
 奴らは考える頭が足りん。だから、我が直々に教えこんでやるのだ。むしろ喜ばしいことだろう」



 魁蓮は、小さな笑い声を漏らしていた。
 その姿に、司雀は絶望した。
 否定できない空気、魁蓮は心から今言葉にしたことを実行しようとしている。
 鬼の王というには十分で、でもそれがあまりにも、残酷で。
 まるで……別人を見ているかのようだった。



 (魁蓮っ、あなたはっ……)



 もう、我慢の限界だった。
 遂に司雀は、遠慮もなく、口にしてしまった。





「らしくないですね。
 そこまで、焦っているのですか……」

「っ……」
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