愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
104 / 302

第103話

しおりを挟む
「あー、なんかもうヤバくない……?」



 龍牙と虎珀に逃げられてしまった日向は、5階へと続く階段を見上げていた。
 何故だろうか、この階段だけ異常に圧を感じる。
 先程虎珀が言っていた結界、まさか部屋だけではなく、階段や廊下にまで張り巡らされているのでは無いだろうか。



「ほんとに大丈夫かよ、これぇ……」



 魁蓮の力が備わっているから、死ぬことはない。
 本当にそうだとしても、いざ目の前にすると、そんな可能性すら薄れるほど自信が無くなる。



「マジで頼む、何も起こるなよ……!」



 日向はそっと、1段目に足を乗せる。
 切断なり縛られるなり、とりあえず、片足を失う覚悟で踏み出した。
 ギシッと音がなり、足に重心をかける。
 ドクンドクンと、鼓動が大きな音を立てた。

 しかし、特に目立ったことは起きなかった。
 圧を感じるだけで、結果はただの階段だった。
 日向は安全だと分かると、極限まで溜め込んでいた空気を、ブハッと吐き出す。



「ああもう、階段登るだけでこの疲労感っ……
 でも……死ぬのだけは、本当に勘弁っ」



 何も起きなかったとはいえ、油断は出来ない。
 緊張したまま、ゆっくりと階段を登ろうと足を動かす。

 その時。



「ピィッ」

「ぎゃあああ!」



 背後から聞こえた鳥の声に、日向は悲鳴をあげる。
 後ろを振り返らずとも、その声が誰の声なのか、日向はもう理解出来ていた。



「脅かすなよ楊!(怒)」



 日向は、背後にいた楊に、八つ当たりをする。
 最近になって、楊はよく日向に絡んでくるようになったのだ。
 特に意味はなく、ただ戯れるためだけに。
 稀に魁蓮が探しに来ることがあるため、恐らく魁蓮に何も言わず、日向の所へ来ているのだろう。
 一体、何が目的なのか、未だに理解出来ていない。



「あ、そうだ楊。アイツに用があるんだけど、部屋にいる?呼んできてくれないか?」



 脅かしてきたのは許すから、代わりに呼んできてくれ、とでも言うような言葉。
 まあいい所に来てくれた、とでも言えるだろう。
 楊の呼び掛けならば、魁蓮だって来てくれる。
 そして自分は、呼びに行かなくて済む。
 一瞬で思いついた流れに、日向はニコニコ笑顔で頼み込んだ。
 だが、日向の頼み事に対する楊の返事は、意外なものだった。



「えっ」



 突然、楊が体を大きくし始めた。
 力をどんどん込めていくと、日向が1人乗れるほどにまで大きくなった。
 呆然と日向が見つめていると、何やら楊が背中を向けてくる。



「ピィッ!」



 乗れ。とでも言うように、楊はその場に低くしゃがむ。
 もちろん、目の前の仕草で日向は理解でき、楊の元へと近づいた。
 正直、嫌な予感しかしていないが。



「よっと……」



 日向は楊に捕まると、軽々と背中に乗る。
 ふわっとした毛皮に支えられ、痛みを与えない程度に掴む。



「それで?どうするつもりっ」



 日向が問う。
 が、楊は鳴き声を上げることなく、バサッと翼を広げた。
 なぜか、勘が働いてしまった。
 楊が今から何をしようとしているのか、今している動きが何なのか。
 理解できなかった方がマシだったのではと思うほど、日向は顔が引き攣る。



「……まさか」



 直後。



 バサッ!!!!



「ああああああああああ!!!!!!!!!!!」



 楊は勢いよく、翼を動かして飛んだ。
 当然、体が大きくなったことにより、飛躍の威力も上がるわけで。
 目の前から押し寄せてくる風と大きめの浮遊感に、日向は悲鳴をあげた。



「どこ行くんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」



 日向は、今更になって後悔した。
 どうして乗ってしまったのだろうか、と。
 懐いてくれるようになったからとはいえ、所詮は魁蓮の鷲。
 いい子なわけが無い。

 城を飛び出した楊は、日向を乗せたまま、黄泉の上空を優雅に飛ぶ。
 夏市で盛り上がる城下町を超え、小さな町も超え、沢山の建物を超え……
 向かった先は、黄泉にある山。



「おわああああああああ!!!!!!!!!!!!」



 山に入った途端、楊は木にぶつからないギリギリの場所をすり抜けていく。
 全然当たらない素晴らしい動きは褒められたものだが、逆にぶつかるのでは無いかという恐怖が日向を襲う。
 日向は、ただひたすらに悲鳴をあげることしか出来なかった。



「落ちる落ちる落ちる!!!!!!!!!」



 もう毛皮を掴んでおくのも限界が来ていた。
 そう思い始めていた瞬間……
 ゆっくりと、楊が速度を落とし始めたのだ。
 願いが届いたのかと、日向が顔を上げると…………



「っ…………!」



 木々だらけの場所を潜り抜けた楊と日向は、開けた場所にたどり着いた。
 木々の代わりに草が多い茂り、優しい風にユラユラと揺れている。
 そして、そんな開けた場所の中心では……



 (魁蓮っ……)



 草むらに背中をつけて、仰向けで眠る魁蓮がいた。
 頭の後ろに手を回して枕代わりにし、いつも肩から羽織っている黒の羽織を、掛布団の代わりにして自分の体にかけていた。
 楊は魁蓮を起こさないように、そっと地面に降りると、日向をゆっくりと背中から降ろした。
 すると、楊はどんどん体を小さくしていき、元の大きさへと戻るとフッと姿を消した。



「なんで、こんな所に……」



 この場所は、城から離れている。
 歩いて来れる距離とも言えない。
 いつもの瞬間移動の力を使ったのだろうか、でもどうして。
 そんな疑問を抱えながら、日向は魁蓮の傍まで近づいた。
 ゆっくりと腰を下ろすが、魁蓮は目を開けない。
 余程、熟睡しているのだろうか。



「おーい」



 だが、日向は用があるのだ。
 このまま寝かせておく訳にもいかず、少し緊張しながら声をかける。
 触れるとどうなるか分からないから、せめて声掛けだけで起きて欲しいと願いながら。
 日向は前のめりになって、魁蓮の顔を真上から覗き込む。 



「もしもーし、いつまで寝てんだー」

「……………………」

「なあ、起きてくれよー」

「……………………」

「司雀が、皆で夏市に行こうって……なぁってば。
 なんだコイツ、全然起きねぇな」



 かなり声量も上げて呼んでいる。
 山の中だから、ここはとても静かなはずだ。
 響いてくるのは日向の声だけだと言うのに、魁蓮は眉すらピクリとも動かさない。
 静かに寝息を立てて、夢の中だ。
 流石の日向も困り果て、グッと力を込める。
 そして……大声で呼びかけた。



「魁蓮!」

「何だ」

「おわっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 呼んでおいて、日向はギャッと驚いている。
 起こすつもりではいたが、すぐに返事が返ってくると思わず、間抜けな声が出てしまう。
 ビクッと身を引くと、魁蓮はゆっくりと目を開けた。
 どうやら、少し前から目覚めてはいたようだ。



「全く、喧しい小僧だ」

「無視するのもどうかと思いますけどねぇ!?」

「お前に用などない。故に、話す必要は無い。
 なぜ返事などせねばならんのだ」

「僕は用事あるの!!!
 司雀がさっき、みんなで夏市に行こうって言ってたから、お前を迎えにきたんだよ。ここまでは楊が連れてきてくれた」

「楊……?はぁ……また勝手なことを……」



 小言を呟きながら、魁蓮は上体を起こす。
 くあっと欠伸をすると、横目で日向に振り返った。



「で、何の用だ」

「聞いてなかったのかよ(怒)」



 まだ寝ぼけてるんじゃねえのか!と言いたい衝動を必死に押えながら、日向はコホンっとわざとらしく咳払いをする。
 こんなことでイラついていては、この先が持たない。
 先程言ったことを、日向はもう一度繰り返す。



「司雀が、夏市、皆で、行こうって!」

「夏市……あぁ、そういやそんな時期だったか……。
 勝手に行け、我は行かん」

「は!?なんで!?」

「聞こえなかったか?勝手に行け」

「いやいや、皆お前が来るの待ってるんだって!それに、連れて来いって頼まれてっ」



 その時、日向はあることに気づいた。
 横顔しか見えないが、違和感がある。
 綺麗な魁蓮の目の下に、くまがあることを。



「……寝不足?」

「っ…………」



 日向に指摘された途端、魁蓮の眉がピクっと動いた。
 隠していたつもりだったのか、触れられると思っていなかったのか。
 その反応は、驚きに近いものだった。
 一瞬、日向に視線を向けるも、魁蓮はぐるっと背中を向けてしまう。
 まるで、その症状を隠すかのように。



「何を見ている、不愉快だ」

「いや……具合悪いの?」

「……………………」

「ねぇっ」

「黙れ」



 (……図星、かな……)



 魁蓮のことを理解出来たことは無いが、恐らくこれは図星の反応。
 仕草、態度、言葉、その全てが物語っている。
 見た限りでは、発熱などといったものではない。
 疲れが溜まっていたのか、体調不良には変わりない。



「具合悪いんなら、城に戻ってっ」

「話しかけるな、糞餓鬼」

「…………………………」



 こんなことでイラついては駄目だ。
 数秒前に言い聞かせ、決意したはずの言葉は……

 今、簡単に崩れ去ってしまった。



「……?」



 日向に背中を向けていた魁蓮の視界に、背後から手が伸びてきた。
 背後にいるのは1人だから、この手が誰なのかは考える必要は無い。
 だが、なぜ伸びてきたのか、それは考える必要があった。
 片眉を上げて、不思議そうに見つめる魁蓮。
 が………………。



「っ!?」



 ゆっくりと伸びてきた手は、ありえない速度で魁蓮の顔を覆い尽くすと、無遠慮にグイッと後ろへ引っ張る。
 当然、そんなことされると思っていなかった魁蓮は、構えなどしていない。
 されるがまま、無理やり後ろへ引っ張られる。
 顔を覆い尽くされたまま、起こしたはずの上体は、勢いに負けて再び倒れた。



「正直に言わないテメェの方が餓鬼だわ!」

「っ……」



 日向の声がした。
 だがその声は、妙に真上から聞こえた。
 顔を覆っていた手がゆっくり話されると同時に、魁蓮は思わず閉じていた目を開ける。



「治すから、じっとしてろよ?」



 そう話す日向は、予想通り真上にいた。
 しかし、予想外なことも起きていた。
 引っ張られた衝動で倒れたはずの体は、本来ならば、草むらに体を強く打ち付けていただろう。
 その衝撃が、今はほとんどなかった。
 何より守られたと感じるのは、頭だった。
 少し弾力があり、枕というには寝心地はあまり良くない何かが守ってくれた……。



「……は?」



 形として言うならば……
 魁蓮は、日向に膝枕されていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...