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第103話
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「あー、なんかもうヤバくない……?」
龍牙と虎珀に逃げられてしまった日向は、5階へと続く階段を見上げていた。
何故だろうか、この階段だけ異常に圧を感じる。
先程虎珀が言っていた結界、まさか部屋だけではなく、階段や廊下にまで張り巡らされているのでは無いだろうか。
「ほんとに大丈夫かよ、これぇ……」
魁蓮の力が備わっているから、死ぬことはない。
本当にそうだとしても、いざ目の前にすると、そんな可能性すら薄れるほど自信が無くなる。
「マジで頼む、何も起こるなよ……!」
日向はそっと、1段目に足を乗せる。
切断なり縛られるなり、とりあえず、片足を失う覚悟で踏み出した。
ギシッと音がなり、足に重心をかける。
ドクンドクンと、鼓動が大きな音を立てた。
しかし、特に目立ったことは起きなかった。
圧を感じるだけで、結果はただの階段だった。
日向は安全だと分かると、極限まで溜め込んでいた空気を、ブハッと吐き出す。
「ああもう、階段登るだけでこの疲労感っ……
でも……死ぬのだけは、本当に勘弁っ」
何も起きなかったとはいえ、油断は出来ない。
緊張したまま、ゆっくりと階段を登ろうと足を動かす。
その時。
「ピィッ」
「ぎゃあああ!」
背後から聞こえた鳥の声に、日向は悲鳴をあげる。
後ろを振り返らずとも、その声が誰の声なのか、日向はもう理解出来ていた。
「脅かすなよ楊!(怒)」
日向は、背後にいた楊に、八つ当たりをする。
最近になって、楊はよく日向に絡んでくるようになったのだ。
特に意味はなく、ただ戯れるためだけに。
稀に魁蓮が探しに来ることがあるため、恐らく魁蓮に何も言わず、日向の所へ来ているのだろう。
一体、何が目的なのか、未だに理解出来ていない。
「あ、そうだ楊。アイツに用があるんだけど、部屋にいる?呼んできてくれないか?」
脅かしてきたのは許すから、代わりに呼んできてくれ、とでも言うような言葉。
まあいい所に来てくれた、とでも言えるだろう。
楊の呼び掛けならば、魁蓮だって来てくれる。
そして自分は、呼びに行かなくて済む。
一瞬で思いついた流れに、日向はニコニコ笑顔で頼み込んだ。
だが、日向の頼み事に対する楊の返事は、意外なものだった。
「えっ」
突然、楊が体を大きくし始めた。
力をどんどん込めていくと、日向が1人乗れるほどにまで大きくなった。
呆然と日向が見つめていると、何やら楊が背中を向けてくる。
「ピィッ!」
乗れ。とでも言うように、楊はその場に低くしゃがむ。
もちろん、目の前の仕草で日向は理解でき、楊の元へと近づいた。
正直、嫌な予感しかしていないが。
「よっと……」
日向は楊に捕まると、軽々と背中に乗る。
ふわっとした毛皮に支えられ、痛みを与えない程度に掴む。
「それで?どうするつもりっ」
日向が問う。
が、楊は鳴き声を上げることなく、バサッと翼を広げた。
なぜか、勘が働いてしまった。
楊が今から何をしようとしているのか、今している動きが何なのか。
理解できなかった方がマシだったのではと思うほど、日向は顔が引き攣る。
「……まさか」
直後。
バサッ!!!!
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!」
楊は勢いよく、翼を動かして飛んだ。
当然、体が大きくなったことにより、飛躍の威力も上がるわけで。
目の前から押し寄せてくる風と大きめの浮遊感に、日向は悲鳴をあげた。
「どこ行くんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
日向は、今更になって後悔した。
どうして乗ってしまったのだろうか、と。
懐いてくれるようになったからとはいえ、所詮は魁蓮の鷲。
いい子なわけが無い。
城を飛び出した楊は、日向を乗せたまま、黄泉の上空を優雅に飛ぶ。
夏市で盛り上がる城下町を超え、小さな町も超え、沢山の建物を超え……
向かった先は、黄泉にある山。
「おわああああああああ!!!!!!!!!!!!」
山に入った途端、楊は木にぶつからないギリギリの場所をすり抜けていく。
全然当たらない素晴らしい動きは褒められたものだが、逆にぶつかるのでは無いかという恐怖が日向を襲う。
日向は、ただひたすらに悲鳴をあげることしか出来なかった。
「落ちる落ちる落ちる!!!!!!!!!」
もう毛皮を掴んでおくのも限界が来ていた。
そう思い始めていた瞬間……
ゆっくりと、楊が速度を落とし始めたのだ。
願いが届いたのかと、日向が顔を上げると…………
「っ…………!」
木々だらけの場所を潜り抜けた楊と日向は、開けた場所にたどり着いた。
木々の代わりに草が多い茂り、優しい風にユラユラと揺れている。
そして、そんな開けた場所の中心では……
(魁蓮っ……)
草むらに背中をつけて、仰向けで眠る魁蓮がいた。
頭の後ろに手を回して枕代わりにし、いつも肩から羽織っている黒の羽織を、掛布団の代わりにして自分の体にかけていた。
楊は魁蓮を起こさないように、そっと地面に降りると、日向をゆっくりと背中から降ろした。
すると、楊はどんどん体を小さくしていき、元の大きさへと戻るとフッと姿を消した。
「なんで、こんな所に……」
この場所は、城から離れている。
歩いて来れる距離とも言えない。
いつもの瞬間移動の力を使ったのだろうか、でもどうして。
そんな疑問を抱えながら、日向は魁蓮の傍まで近づいた。
ゆっくりと腰を下ろすが、魁蓮は目を開けない。
余程、熟睡しているのだろうか。
「おーい」
だが、日向は用があるのだ。
このまま寝かせておく訳にもいかず、少し緊張しながら声をかける。
触れるとどうなるか分からないから、せめて声掛けだけで起きて欲しいと願いながら。
日向は前のめりになって、魁蓮の顔を真上から覗き込む。
「もしもーし、いつまで寝てんだー」
「……………………」
「なあ、起きてくれよー」
「……………………」
「司雀が、皆で夏市に行こうって……なぁってば。
なんだコイツ、全然起きねぇな」
かなり声量も上げて呼んでいる。
山の中だから、ここはとても静かなはずだ。
響いてくるのは日向の声だけだと言うのに、魁蓮は眉すらピクリとも動かさない。
静かに寝息を立てて、夢の中だ。
流石の日向も困り果て、グッと力を込める。
そして……大声で呼びかけた。
「魁蓮!」
「何だ」
「おわっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
呼んでおいて、日向はギャッと驚いている。
起こすつもりではいたが、すぐに返事が返ってくると思わず、間抜けな声が出てしまう。
ビクッと身を引くと、魁蓮はゆっくりと目を開けた。
どうやら、少し前から目覚めてはいたようだ。
「全く、喧しい小僧だ」
「無視するのもどうかと思いますけどねぇ!?」
「お前に用などない。故に、話す必要は無い。
なぜ返事などせねばならんのだ」
「僕は用事あるの!!!
司雀がさっき、みんなで夏市に行こうって言ってたから、お前を迎えにきたんだよ。ここまでは楊が連れてきてくれた」
「楊……?はぁ……また勝手なことを……」
小言を呟きながら、魁蓮は上体を起こす。
くあっと欠伸をすると、横目で日向に振り返った。
「で、何の用だ」
「聞いてなかったのかよ(怒)」
まだ寝ぼけてるんじゃねえのか!と言いたい衝動を必死に押えながら、日向はコホンっとわざとらしく咳払いをする。
こんなことでイラついていては、この先が持たない。
先程言ったことを、日向はもう一度繰り返す。
「司雀が、夏市、皆で、行こうって!」
「夏市……あぁ、そういやそんな時期だったか……。
勝手に行け、我は行かん」
「は!?なんで!?」
「聞こえなかったか?勝手に行け」
「いやいや、皆お前が来るの待ってるんだって!それに、連れて来いって頼まれてっ」
その時、日向はあることに気づいた。
横顔しか見えないが、違和感がある。
綺麗な魁蓮の目の下に、くまがあることを。
「……寝不足?」
「っ…………」
日向に指摘された途端、魁蓮の眉がピクっと動いた。
隠していたつもりだったのか、触れられると思っていなかったのか。
その反応は、驚きに近いものだった。
一瞬、日向に視線を向けるも、魁蓮はぐるっと背中を向けてしまう。
まるで、その症状を隠すかのように。
「何を見ている、不愉快だ」
「いや……具合悪いの?」
「……………………」
「ねぇっ」
「黙れ」
(……図星、かな……)
魁蓮のことを理解出来たことは無いが、恐らくこれは図星の反応。
仕草、態度、言葉、その全てが物語っている。
見た限りでは、発熱などといったものではない。
疲れが溜まっていたのか、体調不良には変わりない。
「具合悪いんなら、城に戻ってっ」
「話しかけるな、糞餓鬼」
「…………………………」
こんなことでイラついては駄目だ。
数秒前に言い聞かせ、決意したはずの言葉は……
今、簡単に崩れ去ってしまった。
「……?」
日向に背中を向けていた魁蓮の視界に、背後から手が伸びてきた。
背後にいるのは1人だから、この手が誰なのかは考える必要は無い。
だが、なぜ伸びてきたのか、それは考える必要があった。
片眉を上げて、不思議そうに見つめる魁蓮。
が………………。
「っ!?」
ゆっくりと伸びてきた手は、ありえない速度で魁蓮の顔を覆い尽くすと、無遠慮にグイッと後ろへ引っ張る。
当然、そんなことされると思っていなかった魁蓮は、構えなどしていない。
されるがまま、無理やり後ろへ引っ張られる。
顔を覆い尽くされたまま、起こしたはずの上体は、勢いに負けて再び倒れた。
「正直に言わないテメェの方が餓鬼だわ!」
「っ……」
日向の声がした。
だがその声は、妙に真上から聞こえた。
顔を覆っていた手がゆっくり話されると同時に、魁蓮は思わず閉じていた目を開ける。
「治すから、じっとしてろよ?」
そう話す日向は、予想通り真上にいた。
しかし、予想外なことも起きていた。
引っ張られた衝動で倒れたはずの体は、本来ならば、草むらに体を強く打ち付けていただろう。
その衝撃が、今はほとんどなかった。
何より守られたと感じるのは、頭だった。
少し弾力があり、枕というには寝心地はあまり良くない何かが守ってくれた……。
「……は?」
形として言うならば……
魁蓮は、日向に膝枕されていた。
龍牙と虎珀に逃げられてしまった日向は、5階へと続く階段を見上げていた。
何故だろうか、この階段だけ異常に圧を感じる。
先程虎珀が言っていた結界、まさか部屋だけではなく、階段や廊下にまで張り巡らされているのでは無いだろうか。
「ほんとに大丈夫かよ、これぇ……」
魁蓮の力が備わっているから、死ぬことはない。
本当にそうだとしても、いざ目の前にすると、そんな可能性すら薄れるほど自信が無くなる。
「マジで頼む、何も起こるなよ……!」
日向はそっと、1段目に足を乗せる。
切断なり縛られるなり、とりあえず、片足を失う覚悟で踏み出した。
ギシッと音がなり、足に重心をかける。
ドクンドクンと、鼓動が大きな音を立てた。
しかし、特に目立ったことは起きなかった。
圧を感じるだけで、結果はただの階段だった。
日向は安全だと分かると、極限まで溜め込んでいた空気を、ブハッと吐き出す。
「ああもう、階段登るだけでこの疲労感っ……
でも……死ぬのだけは、本当に勘弁っ」
何も起きなかったとはいえ、油断は出来ない。
緊張したまま、ゆっくりと階段を登ろうと足を動かす。
その時。
「ピィッ」
「ぎゃあああ!」
背後から聞こえた鳥の声に、日向は悲鳴をあげる。
後ろを振り返らずとも、その声が誰の声なのか、日向はもう理解出来ていた。
「脅かすなよ楊!(怒)」
日向は、背後にいた楊に、八つ当たりをする。
最近になって、楊はよく日向に絡んでくるようになったのだ。
特に意味はなく、ただ戯れるためだけに。
稀に魁蓮が探しに来ることがあるため、恐らく魁蓮に何も言わず、日向の所へ来ているのだろう。
一体、何が目的なのか、未だに理解出来ていない。
「あ、そうだ楊。アイツに用があるんだけど、部屋にいる?呼んできてくれないか?」
脅かしてきたのは許すから、代わりに呼んできてくれ、とでも言うような言葉。
まあいい所に来てくれた、とでも言えるだろう。
楊の呼び掛けならば、魁蓮だって来てくれる。
そして自分は、呼びに行かなくて済む。
一瞬で思いついた流れに、日向はニコニコ笑顔で頼み込んだ。
だが、日向の頼み事に対する楊の返事は、意外なものだった。
「えっ」
突然、楊が体を大きくし始めた。
力をどんどん込めていくと、日向が1人乗れるほどにまで大きくなった。
呆然と日向が見つめていると、何やら楊が背中を向けてくる。
「ピィッ!」
乗れ。とでも言うように、楊はその場に低くしゃがむ。
もちろん、目の前の仕草で日向は理解でき、楊の元へと近づいた。
正直、嫌な予感しかしていないが。
「よっと……」
日向は楊に捕まると、軽々と背中に乗る。
ふわっとした毛皮に支えられ、痛みを与えない程度に掴む。
「それで?どうするつもりっ」
日向が問う。
が、楊は鳴き声を上げることなく、バサッと翼を広げた。
なぜか、勘が働いてしまった。
楊が今から何をしようとしているのか、今している動きが何なのか。
理解できなかった方がマシだったのではと思うほど、日向は顔が引き攣る。
「……まさか」
直後。
バサッ!!!!
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!」
楊は勢いよく、翼を動かして飛んだ。
当然、体が大きくなったことにより、飛躍の威力も上がるわけで。
目の前から押し寄せてくる風と大きめの浮遊感に、日向は悲鳴をあげた。
「どこ行くんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
日向は、今更になって後悔した。
どうして乗ってしまったのだろうか、と。
懐いてくれるようになったからとはいえ、所詮は魁蓮の鷲。
いい子なわけが無い。
城を飛び出した楊は、日向を乗せたまま、黄泉の上空を優雅に飛ぶ。
夏市で盛り上がる城下町を超え、小さな町も超え、沢山の建物を超え……
向かった先は、黄泉にある山。
「おわああああああああ!!!!!!!!!!!!」
山に入った途端、楊は木にぶつからないギリギリの場所をすり抜けていく。
全然当たらない素晴らしい動きは褒められたものだが、逆にぶつかるのでは無いかという恐怖が日向を襲う。
日向は、ただひたすらに悲鳴をあげることしか出来なかった。
「落ちる落ちる落ちる!!!!!!!!!」
もう毛皮を掴んでおくのも限界が来ていた。
そう思い始めていた瞬間……
ゆっくりと、楊が速度を落とし始めたのだ。
願いが届いたのかと、日向が顔を上げると…………
「っ…………!」
木々だらけの場所を潜り抜けた楊と日向は、開けた場所にたどり着いた。
木々の代わりに草が多い茂り、優しい風にユラユラと揺れている。
そして、そんな開けた場所の中心では……
(魁蓮っ……)
草むらに背中をつけて、仰向けで眠る魁蓮がいた。
頭の後ろに手を回して枕代わりにし、いつも肩から羽織っている黒の羽織を、掛布団の代わりにして自分の体にかけていた。
楊は魁蓮を起こさないように、そっと地面に降りると、日向をゆっくりと背中から降ろした。
すると、楊はどんどん体を小さくしていき、元の大きさへと戻るとフッと姿を消した。
「なんで、こんな所に……」
この場所は、城から離れている。
歩いて来れる距離とも言えない。
いつもの瞬間移動の力を使ったのだろうか、でもどうして。
そんな疑問を抱えながら、日向は魁蓮の傍まで近づいた。
ゆっくりと腰を下ろすが、魁蓮は目を開けない。
余程、熟睡しているのだろうか。
「おーい」
だが、日向は用があるのだ。
このまま寝かせておく訳にもいかず、少し緊張しながら声をかける。
触れるとどうなるか分からないから、せめて声掛けだけで起きて欲しいと願いながら。
日向は前のめりになって、魁蓮の顔を真上から覗き込む。
「もしもーし、いつまで寝てんだー」
「……………………」
「なあ、起きてくれよー」
「……………………」
「司雀が、皆で夏市に行こうって……なぁってば。
なんだコイツ、全然起きねぇな」
かなり声量も上げて呼んでいる。
山の中だから、ここはとても静かなはずだ。
響いてくるのは日向の声だけだと言うのに、魁蓮は眉すらピクリとも動かさない。
静かに寝息を立てて、夢の中だ。
流石の日向も困り果て、グッと力を込める。
そして……大声で呼びかけた。
「魁蓮!」
「何だ」
「おわっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
呼んでおいて、日向はギャッと驚いている。
起こすつもりではいたが、すぐに返事が返ってくると思わず、間抜けな声が出てしまう。
ビクッと身を引くと、魁蓮はゆっくりと目を開けた。
どうやら、少し前から目覚めてはいたようだ。
「全く、喧しい小僧だ」
「無視するのもどうかと思いますけどねぇ!?」
「お前に用などない。故に、話す必要は無い。
なぜ返事などせねばならんのだ」
「僕は用事あるの!!!
司雀がさっき、みんなで夏市に行こうって言ってたから、お前を迎えにきたんだよ。ここまでは楊が連れてきてくれた」
「楊……?はぁ……また勝手なことを……」
小言を呟きながら、魁蓮は上体を起こす。
くあっと欠伸をすると、横目で日向に振り返った。
「で、何の用だ」
「聞いてなかったのかよ(怒)」
まだ寝ぼけてるんじゃねえのか!と言いたい衝動を必死に押えながら、日向はコホンっとわざとらしく咳払いをする。
こんなことでイラついていては、この先が持たない。
先程言ったことを、日向はもう一度繰り返す。
「司雀が、夏市、皆で、行こうって!」
「夏市……あぁ、そういやそんな時期だったか……。
勝手に行け、我は行かん」
「は!?なんで!?」
「聞こえなかったか?勝手に行け」
「いやいや、皆お前が来るの待ってるんだって!それに、連れて来いって頼まれてっ」
その時、日向はあることに気づいた。
横顔しか見えないが、違和感がある。
綺麗な魁蓮の目の下に、くまがあることを。
「……寝不足?」
「っ…………」
日向に指摘された途端、魁蓮の眉がピクっと動いた。
隠していたつもりだったのか、触れられると思っていなかったのか。
その反応は、驚きに近いものだった。
一瞬、日向に視線を向けるも、魁蓮はぐるっと背中を向けてしまう。
まるで、その症状を隠すかのように。
「何を見ている、不愉快だ」
「いや……具合悪いの?」
「……………………」
「ねぇっ」
「黙れ」
(……図星、かな……)
魁蓮のことを理解出来たことは無いが、恐らくこれは図星の反応。
仕草、態度、言葉、その全てが物語っている。
見た限りでは、発熱などといったものではない。
疲れが溜まっていたのか、体調不良には変わりない。
「具合悪いんなら、城に戻ってっ」
「話しかけるな、糞餓鬼」
「…………………………」
こんなことでイラついては駄目だ。
数秒前に言い聞かせ、決意したはずの言葉は……
今、簡単に崩れ去ってしまった。
「……?」
日向に背中を向けていた魁蓮の視界に、背後から手が伸びてきた。
背後にいるのは1人だから、この手が誰なのかは考える必要は無い。
だが、なぜ伸びてきたのか、それは考える必要があった。
片眉を上げて、不思議そうに見つめる魁蓮。
が………………。
「っ!?」
ゆっくりと伸びてきた手は、ありえない速度で魁蓮の顔を覆い尽くすと、無遠慮にグイッと後ろへ引っ張る。
当然、そんなことされると思っていなかった魁蓮は、構えなどしていない。
されるがまま、無理やり後ろへ引っ張られる。
顔を覆い尽くされたまま、起こしたはずの上体は、勢いに負けて再び倒れた。
「正直に言わないテメェの方が餓鬼だわ!」
「っ……」
日向の声がした。
だがその声は、妙に真上から聞こえた。
顔を覆っていた手がゆっくり話されると同時に、魁蓮は思わず閉じていた目を開ける。
「治すから、じっとしてろよ?」
そう話す日向は、予想通り真上にいた。
しかし、予想外なことも起きていた。
引っ張られた衝動で倒れたはずの体は、本来ならば、草むらに体を強く打ち付けていただろう。
その衝撃が、今はほとんどなかった。
何より守られたと感じるのは、頭だった。
少し弾力があり、枕というには寝心地はあまり良くない何かが守ってくれた……。
「……は?」
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