愛恋の呪縛

サラ

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第102話

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 魁蓮の発言に、司雀だけでなく、龍牙と虎珀も目を見開いて驚いた。
 今までの行動、今までの接し方、その全てを思い返しても、魁蓮が日向を玩具として痛めつけたり、遊んだりした覚えなどない。
 それどころか、しっかりと心配もして、体に異常はないかと気遣ってもいた。
 それなのに…………。



「殺す……?」

「あぁ。あれは所詮、ただの玩具。
 生かす価値がまだある人間、それだけだ。価値がなければ、人間という時点で殺している」

「っ……………………」



 世の中の印象そのもの。
 鬼の王は、人間を極度に嫌い、殺してきた。
 悪名高く、持ち得る力全てを使って、現世を恐怖に陥れてきた存在。
 何ら、おかしいことは無い。
 人間だから殺す、世間の鬼の王の印象としては、当たり前のことだろう。
 魁蓮はニヤリと口角を上げたまま、言葉を続ける。



「まあせいぜい、情など持たぬことっ」



 が、魁蓮の言葉は、司雀が魁蓮の肩を掴んだことで遮られた。
 突然触れられたことに驚きながらも、魁蓮はその眼差しを司雀に向ける。



「……何故っ……」

「……ん?」



 司雀の声は、掠れていた。
 小刻みに震える手で、魁蓮の肩を掴み、口をあわあわとさせている。



「どういうことですかっ……」

「何がだ」

「本気で言っているのですかっ……?
 日向様を殺す、と……」

「当然だ。何だ、不満か?
 既に小僧に情でも持ったか?ククッ、くだらんぞ?」

「だって……そんな訳がありませんっ……」

「は?」



 否定をする司雀に、魁蓮は眉間に皺を寄せる。
 だが、この時の司雀は、既に冷静さを失っていた。



「貴方が彼を殺すなんてっ、有り得ません……だって、
 貴方が昔、死に物狂いで探していた人はっ……
 ずっと想い焦がれ、会いたいと願ったのは……
 願ったのはっ………………!!!!!!」



 そこまで言いかけて、司雀は言葉に詰まる。
 司雀の目には、涙が滲んでいた。
 その変化に、魁蓮はすぐに気づいた。
 司雀は、言葉よりも思いが先走って、上手く言い表せないでいる。
 震える手、焦る気持ち。
 言いたいことがあるのに、つっかえたように出てこない。



「……何のことだ」



 当然、魁蓮も何が言いたいのか理解できない。
 彼自身、ここ最近の司雀の変化が気になっていた。
 なぜ司雀は、日向を気にしているのか。
 なぜ司雀は、日向を守ろうとしているのか。
 同じように本音を語ろうとしない司雀だが、話さないからと言って、全く気にしてこなかった訳でもない。
 むしろその逆で、司雀は誰よりも奥深いことを考えているのではないか、と。
 そしてそれには、何かしらの意味がある、と。



「魁蓮!どうしてそんなことを言うのですか!?
 日向様を、いずれ殺すなどと!」

「あ?」

「彼を殺してはいけません!でなければっ……
 貴方はまたっ、!!!!!」



 心の底から出た声だった。
 力強く放たれた司雀の言葉を、魁蓮は目の前で受け取った。
 常に冷静に物事を見定める司雀は、日向のことになると取り乱す。
 ずっと感じていた違和感、理由は分からないままだ。
 指摘するつもりも無かったが、ここまで来てしまっては、黙っていることも出来ない。



「何を言っている」

「やっと見つけたから、日向様をここへ連れてきたのでは無いのですか!?貴方が求めていたものだからっ、だから日向様をこの黄泉へ、貴方の側へ連れ戻しに来たのでは無いのですか!?
 まさか本当に、力への興味だけっ……?」

「司雀」

「考え直してください魁蓮!このままでは、また同じことを繰り返すだけ!忘れたのですか!?またあの苦しみに、戻るつもりなのですか!?」

「司雀……」

「思い出してください!
 貴方は昔、をっ」



 ブワッ!!!!!!!!!!!!!



 涙を滲ませる司雀の足元に、黒い影。
 そこから現れる、複数の鎖。
 その気配を感じ取った司雀は、言葉を言い切ることが出来なかった。
 この影が、鎖が何なのか、よく知っているから。



「黙れ」

「っ………………」

「不愉快だぞ、司雀。手を離せ」



 目の前から漂う、この上ない怒り。
 その怒りは、言葉にも乗せられていた。
 
 やってしまった。
 また、言いすぎてしまった。
 つい焦りと思いに身を任せてしまい、取り乱した。
 司雀はだんだんと冷静になり、魁蓮の肩からゆっくりと手を離す。
 魁蓮は少し崩れた衣を直しながら、司雀に声をかけた。



「お前は先程から、何を言っている?
 御託を並べるな、頭を冷やせ」

「っ!そんな、御託だなんてっ……。
 だって彼は貴方のっ」

「司雀……お前は一体、誰のことを言っている。
 お前は小僧を通して、誰を見ている……?」

「っ……!」

「見知らぬ誰かと重ねているのならば……辞めろ。
 あれは、ただの人間だ。そして……
 我は小僧のことなど、探しておらん。彼奴とは、1か月前に会ったのが初対面だ」



 魁蓮はそれだけ言うと、鎖と影を消し、司雀に背中を向けて歩き出す。
 話は終わっていない、言いたいことが言えていない。
 だが、司雀は止める気にはならなかった。
 離れていく背中を、見つめることしか出来なかった。



 (違うっ……違うんですっ、魁蓮……)



 立ち去っていく背中。
 もう、声をかけても振り返ってはくれないだろう。
 それでも、このままで終わることには納得できなくて。
 司雀は、掠れた小さな声で呟いた。





「私は……もう、貴方に苦しんで欲しくないっ……
 幸せに、なって欲しいだけ……
 そのためには、日向様が必要なんですっ…………

 だって、貴方にを教えたのはっ……」

「「っ……………………」」





 溢れんばかりの、願い。 
 その願いを、龍牙と虎珀が聞いていた。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その時の会話が、全てきっかけだった。
 あの時、初めて聞いた司雀の、心からの願い。
 盗み聞きとはいえ、知ってしまった以上、そのことから目を背けることなんて出来なかった。

 だから、叶えたいと思った。
 だから、助けたいと思った。
 結果、日向と魁蓮の距離を少しでも縮めるべきだと、龍牙と虎珀は考えたのだ。
 とはいえ、殆どは龍牙のゴリ押しの意見だが。



「魁蓮の幸せのためには、日向が必要不可欠。
 それなら、2人に少しでも仲良くなってもらわないとな!仲良くなったら、司雀も安心するだろ!」

「だからといって、無理やり2人きりにさせる必要あるか?悪い方向に向かいそうなんだが」

「大丈夫大丈夫!何とかなるって!」



 自分たちではどうすることも出来ない。
 ならば、任せることしか出来ない。
 勝手なことだが、今は賭けるしか無かった。

 もし本当に、魁蓮を幸せにしてくれるのが、苦しみを取り除いてくれるのが日向ならば。



「魁蓮に幸せになって欲しいのは、俺たち皆の願いでもあるからさ!やるしかねぇって!」



 孤独に生きてきた鬼の王だからこそ、
 その姿を見てきた者たちは、日向に希望を抱く。
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