愛恋の呪縛

サラ

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第74話

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 翌朝。



「よっし」



 日向は1人、鏡の前で身なりを整えていた。
 昨日、魁蓮に力を使いすぎたせいか、かなり熟睡出来た。
 目覚めもよく、今日の朝は絶好調。



「さてと、朝ごはんを食べに行こっと」



 パンっと両手で頬を叩き、気合を入れる。
 その時。



「日向様、お目覚めですか?」

「お?」



 部屋の扉の向こうから、司雀の声が聞こえた。
 日向は急ぎ足で向かい、扉を開ける。
 するとそこには、なにやら綺麗に畳まれた衣服を持った司雀が立っていた。
 司雀は扉が開くと、優しい笑みを浮かべる。



「おはようございます、日向様」

「おはよー司雀、どしたん?」

「朝早くにすみません。実は、これをお渡ししたくて」

「ん?」



 そう言うと司雀は、持っていた衣を日向に差し出す。
 日向は首を傾げながら受け取ると、司雀は満面の笑みで日向の背中を押しながら、部屋の中へと戻す。



「え、なになになに?」

「さっ、着替えましょう ♪ 」

「へ?」




















「ねえねえ虎ぁ、司雀どこ行ったの?」



 その頃、食堂では。
 朝餉を食べようと食堂に来ていた龍牙が、キョロキョロと周りを見渡していた。
 いつもこの時間ならば食堂にいる司雀の姿がない。
 珍しいと感じた龍牙は、代わりに台所にいた虎珀に尋ねる。
 台所では、虎珀と忌蛇が朝餉の準備をしていた。



「司雀様なら、人間のところに行ったぞ」

「え、日向のとこ!?どうして!俺も行く!!!!!」

「行くな馬鹿。なにか用事があるんだろ」

「なんでよ!司雀だけズルい!!!!」

「我慢しろ、いずれ来る」

「んんんんん!!!!!!!」

「はぁ……」



 日向関連になると、龍牙は少々面倒臭い。
 虎珀は龍牙の我儘っぷりにため息を吐き、隣で話を聞いていた忌蛇は苦笑している。
 龍牙は行きたい衝動を必死に抑えようと、そわそわと食堂の中を歩いた。



「抜けがけとか、司雀の裏切り者っ!」



 龍牙は頬をプクッと膨らませ、腕を組んだ。
 日向は目覚めが良いためあまりないが、日向が起きてこない場合は、いつも龍牙が起こしに行っている。
 だが今日は、司雀が黙って日向を起こしに行っているのだと、龍牙は勘違いしているのだ。



 (来たら、1発ぶん殴ってやる!)



 理不尽なことを考えていた、その時。



 ガラッ。



 ふと、食堂の扉が音を立てて開く。
 その音に3人が反応して顔を上げると……



「あ、みんなもう起きてたんだ。おはよう」



 入ってきたのは、新しい衣を着た日向だった。
 そんな日向の姿に、3人は目を見開く。
 新しい衣を着た日向は、驚く程にとても綺麗だった。
 満面の笑みを浮かべて食堂に入ってくる日向に、3人は目が離せない。
 すると、日向の後ろから司雀が顔を出した。



「ふふっ、いかがですか?みなさん」



 司雀が微笑んで尋ねると、先程まで怒っていた龍牙は、機嫌が悪かったのが嘘のように笑みを浮かべた。
 そして、急いで日向の元へと駆け寄ると、思い切り抱きつく。



「日向ぁぁぁ!!!」

「おわっ!あっぶねぇ、おはよう龍牙」

「え!なに!これどうしたの!?新しい衣!?
 超似合ってるぅぅ!!綺麗!!可愛い!!!」

「か、かわ……?ははっ、ありがとう」



 あまりの美しさに、龍牙はスリスリと日向の頬に擦り寄る。

 日向の新しい衣は、白と青を基調としたものだった。
 背中が隠れた黒の腹掛けのようなものと、白の上衣に、肘近くまである手甲。
 下は裁着袴に似た構造の青い衣に、黒の足袋。
 全体的に動きやすい構造のものだった。

 今までは現世で着ていた衣か、司雀が用意してくれた仮の着物しか着たことの無かった日向。
 普段使いしやすく、尚且つ稽古などでも動きやすいものがいいだろうと、司雀が新しく作ってくれたのだ。
 先程司雀が部屋に来たのは、新しい衣の着付けを教えるため。



「今日から魁蓮と稽古でしょう?着物より、こちらの方が動きやすいかと思いまして。
 僭越ながら、作らせて頂きました」

「うん!本当に動きやすい!ありがとう、司雀!」

「いえいえ、喜んで頂けて良かったです」



 龍牙が飛びついてきても、問題なし。
 動きやすさだけでなく、丈夫さも兼ね揃えた新しい衣に、日向は大満足だ。
 これならば、稽古にも支障が出ない。
 日向がそう考えていると、何やら司雀がキョロキョロと食堂内を見渡す。



「おや?魁蓮はまだお見えになっていないのですか?」



 司雀が探していたのは、魁蓮だった。
 起きる時間はバラバラだが、もう起きていてもおかしくない時間でもある。
 まだ姿を見ていないことに、司雀は疑問を感じていた。
 そんな司雀の質問に、台所にいた忌蛇が答える。



「来てない、そもそも気配も感じなくて」

「言われてみればそうですね……
 もしかして、また城にいないのでしょうか……?」



 魁蓮は、昨夜のうちには帰ってきていた。
 となると、朝早くに出かけた可能性が高い。
 また何も言わずに居なくなった魁蓮に、司雀はため息をこぼす。
 何も言わずに出かけるのはいつもの事だが、全く改善してくれないのもいつもの事。



「仕方ありません、先に朝餉を頂きましょう。
 直ぐにお持ちしますので、日向様はお待ちください」

「あ、うん。分かった」

「日向!俺も行く!」

「ふふっ、はいはい」



 日向は龍牙と一緒に、大机へと向かう。
 司雀は虎珀たちと一緒に、朝餉をお盆の上に乗せていた。
 
 その時だった。





 バタンっ。





「「「「「っ!!!!!」」」」」



 突如、食堂の扉が大きな音を立てた開いた。
 あまりの衝撃に、食堂にいた全員の肩がビクッと跳ねる。
 全員が扉の方へと視線を向けると……



「はぁ…………」



 扉を開けたのは、少し汚れた黒い着物を片肌脱ぎして立っている魁蓮だった。
 疲れているのか、魁蓮は小さくため息を吐いている。
 何がどうしたのかと全員が驚いていると、魁蓮はゆっくりと食堂へと入ってきた。



「魁蓮、一体どこへ行っていたのですか?」



 魁蓮に気づいた司雀は、朝餉の準備を中断して、魁蓮の元へと近づく。
 その時。



 ズズっ……。



 司雀が魁蓮の前に来ると、2人の頭上の天井に、黒い影がじわじわと広がり始めた。
 司雀がその影の気配を感じ取り、バッと顔を上げると……




 ドサドサドサッ!!!!!!!!!!





「「「「「っ!?!?!?!?」」」」」



 突如、その影から何かが大量に落ちてきた。
 大きな音を立てて落ちてくるそれに、目の前にいた司雀はギョッとする。
 もちろん、離れて見ていた日向たちも驚いていた。
 ほどなくして、影からは何も出なくなった。
 すると、魁蓮は影から落ちてきたものを指さしながら、重たい口を開く。



「土産だ、好きに使え」

「……えっ?」



 魁蓮の言葉に、司雀は落ちてきたものへと視線を向ける。
 大量に積み上げられたそれは、なにやら毛皮がついていたり、鱗がついていたり……。



「これっ……」



 影から落ちてきたのは、猪・鹿・鶏・熊・牛・兎などの動物と、釣ったばかりの魚といった、大量の新鮮な食材だった。
 司雀は落ちてきたものの正体に気づくと、バッと魁蓮へと視線を向けた。



「どうして……」



 司雀が尋ねると、魁蓮は目を逸らす。



「……お前が言ったのだろう」

「あっ……」

「湯浴みをしてくる」



 魁蓮はそう言うと、司雀の返事を待たずに食堂から出ていった。
 司雀がその場に立ちつくす中、日向と龍牙は積み上げられた大量の食材に興味津々だ。



「うっわ、何この量」

「うわぁ!肉だ!俺、肉好き!」

「司雀、これなに?」



 日向が尋ねると、司雀は優しい笑みを浮かべて振り返った。



「貴方にですよ、日向様」

「……は?僕?どういうこと?」

「実は昨夜、魁蓮にご相談したのです」



 話は昨夜、魁蓮と司雀が脱衣所で話していた時間まで遡る。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈




「そうです魁蓮、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」

「ん?」



 水を拭き取り終わり、衣に腕を通していた魁蓮に、司雀は声をかけた。
 魁蓮は振り返ることなく声だけで返事をすると、司雀は笑みを浮かべて言葉を続ける。



「実は、現世の食材を調達したいなと考えていまして。猪や鹿、魚などを取りに行く許可を頂けませんか?」

「……は?」



 司雀の言葉に、魁蓮は衣を着る手を止めて振り替える。
 言葉の意味が理解出来ず、魁蓮は片眉を上げた。



「どういう意味だ?」

「日向様のことですよ。現在、日向様の食事は、日向様が食べても問題ない黄泉の食材で作っているのですが……やはり、それにも限界がありまして。できれば、美味しいものを沢山食べて頂きたいのです」

「小僧のために、人間に向いている食事を提供したいと?」

「はい。私も人間の食事を調べたり研究したりしているので、いい勉強になるのです。
 日向様にも満足頂きたいので、日向様のために食材を取りに行きたくて。その許可を頂きたいのです」



 食事を作る中で、司雀は気にしていることがあった。
 黄泉の食材は、現世の食材とは少し異なる。
 というのも黄泉には妖魔しかいないため、当たり前に人肉が売られていたり、食べても問題ない毒などを使用している料理などもある。
 ざっと8割、黄泉の食材は日向に害をきたすかもしれないものばかりなのだ。
 司雀は、それが気の毒で仕方なかった。



「現世の食材でしたら、妖魔は食べても問題ありません。日向様に食事を合わせる訳ではありませんが、せめてあの方にも満足頂きたいのです」



 いつも美味しいと言ってくれるからこそ、もっと満足して欲しい。
 その点は、彼が人間だという配慮がしたかった。
 
 司雀が魁蓮を見つめると、魁蓮は眉間に皺を寄せる。



「駄目だ」

「……えっ?」



 魁蓮の返事に、司雀は目を見開く。
 魁蓮は再び司雀に背中を向けると、衣を着ながら言葉を続けた。



「そこまでする必要は無い」 

「で、ですが魁蓮。流石にっ」

「話は終いだ」



 司雀の言葉を無理やり遮ると、魁蓮は衣を綺麗に整えて、そのまま脱衣所から出ていってしまった。
 まさか断られると思っておらず、司雀は動揺してしまった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 そして現在。
 司雀から事情を聞いた日向は、ポカンと口を開けている。



「アイツ、必要ないって言ったんだよね?」

「はい。恐らくですが、
 ''私が'' そこまでする必要は無い。という意味なのかもしれません。食材集めの案自体は、賛成してくれていたのでしょう。集めるのは私ではなく、魁蓮がするという前提で」

「でも、なんで。そういうの、1番どうでも良さそうじゃん」

「気にはしているのではないのでしょうか。あの方は、いつも言葉が足りないので」



 日向は言葉を失った。
 司雀がそんなことを考えてくれていることにも驚いたが、なにより魁蓮が協力的になっていることに驚いている。
 あくまで日向は、人々を守るための生贄のようなもの。
 生死など、本来どうでもいいはずなのに。



 (アイツ、なんで……)
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