愛恋の呪縛

サラ

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第75話

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 その後。
 日向は朝餉を食べ終え、1人庭に来ていた。
 魁蓮の朝餉が終わり次第、日向の稽古が始まる。
 それを待っているところだ。
 だが、日向は先程の魁蓮の行動が気になって仕方がない。



 (僕の食事のこと、気にしてくれたっていうのか?)



 ありえない話だ。
 司雀に無理やりお願いされたから、という理由ならば納得はできる。
 でも、魁蓮は司雀が食材を取りに行こうとしているのを止めて、わざわざ自分が取りに行ったのだ。
 自分の意思でなければ、そんなことするはずがない。
 だが、なぜそんなことをしたのか、日向は全く理解が出来なかった。



「はぁ……やっぱりアイツ、よくわかんねぇ」



 日向はため息を吐きながら、その場に寝転んだ。
 いくら考えても埒が明かないのだ。
 そもそも魁蓮の考えを理解しようと思うこと自体、難しいこと。
 日向は考えるのを諦めて、そのまま目を閉じて待つことにした。

 心地よい風、漂う自然の匂い。
 その全てを感じながら、すぅっと息を吸う。



 (アイツ……まだかな……)



 その時だった。



「ん……?」



 ふと、日向は目を開けた。
 ゆっくりと開かれた視界に映りこんだのは……



「っ……!」



 ヒラヒラと舞う、光を帯びた黒蝶。
 昨夜、日向が見た黒蝶だった。
 日向は黒蝶に気がつくと、バッと起き上がる。



「また出た!」



 日向は再び黒蝶を見つけたことに喜んだ。
 昨夜、散々魁蓮から馬鹿にされたのだ。
 この際、昨日言ったことは嘘では無いと、言いに行きたいくらいだ。
 日向はそっと手を出すと、黒蝶は引き寄せられるように、日向の手にそっと止まった。



「あははっ、ほんと綺麗だな」



 普通の黒蝶ではないことは分かっていた。
 日向はそっと黒蝶に手を伸ばし、動物を愛でるようにそっと撫でる。
 だが、黒蝶は逃げる素振りを全く見せない。
 まるで、意思を持っているようだった。



「どっから来たん?お仲間は?」


 日向は動物に語りかけるように、黒蝶に尋ねる。
 とはいえ、所詮は虫だ。
 答えてくれるはずもなく、日向のただの独り言になってしまう。
 自分で尋ねておいて、日向は気恥ずかしくなって吹き出した。



「僕に会いに来てくれたんかな?なんてね」



 そう、小さく呟いた瞬間。



「っ………………!」



 黒蝶は日向の手から離れると、ゆっくりと日向へと近づいた。
 そして、日向の鼻先にそっと触れる。
 たった一瞬、触れられたことすら気づけないほどの時間。
 その時。



【大丈夫、怖がらないで】



「えっ……」



 突如、頭に響いた声。
 優しくてどこか落ち着く声に、日向は目を見開く。
 誰の声なのか、何処から語りかけてきたのか。
 色んな疑問が浮かぶ中、黒蝶はゆっくりと日向の周りを飛び回った。
 日向は黒蝶の動きを、目で追い続ける。



「今の声……君なの?」



 そんな馬鹿な話があるだろうか。
 ちょっとした御伽噺を期待しながら、日向は優しく尋ねる。
 すると、黒蝶は日向の前でヒラヒラと飛び始めた。
 日向がじっと黒蝶を見つめていると、黒蝶が帯びていた淡い光が、強さを増す。



【私は、君のそばに居る】

「っ!」



 また、先程と同じ声が聞こえた。
 だが、今回はハッキリと分かった。
 今の声が、目の前にいる黒蝶から聞こえたことに。
 日向が黒蝶から目を離せずにいると、黒蝶はまた日向の方へと近づく。
 日向は突然近づいてきたことに驚き、ギュッと目を閉じた。
 直後……





【私はいつでも、君を見守っている。
 これは、2人だけの秘密だよ】

「えっ……?」





 ハッキリと聞こえた声。
 その声に、日向は目を開ける。
 だが、もうそこに黒蝶はいなかった。



 (なに、今の……)



 どこかで、聞いたことのある声だった。
 でも、それが誰なのかは思い出せない。
 日向は、ただ呆然と考えていた。
 すると。



 ピィーーーッ。



「おわっ!!!!!」



 ボーッとしていた日向の元に、1羽の黒い鷲が鳴きながら飛んできた。
 日向の周りをぐるっと1周すると、日向の前に静かに止まる。
 あまりの大きさに、日向は驚きで言葉が出ない。
 黒い鷲は、赤い目をギョロギョロとさせながら、日向をじっと見つめてきた。



 (な、なにコイツ!)



 言葉が出ない日向と、話せない黒い鷲。
 ただ静かな時間だけが、間に流れ込んでいく。
 日向がどうしようかと悩んでいると、





「ほう、ヤンが警戒せぬか」

「っ!」





 背後から、低い声がした。
 日向がその声に振り返ると……



「あっ……」



 そこには、新しい衣を身につけた魁蓮がいた。
 魁蓮は薄ら笑みを浮かべながら、日向の元へと歩いてくる。

 全体的に中華服に近い茜色の着物に、黒色の帯を結び、同じく黒色の足袋と草履を履いている。
 そして膝近くまである広袖の黒い羽織を肩掛けしたその姿は、まさに美。
 眉目秀麗な魁蓮の美しさを際立たせるような姿に、日向は言葉を失う。



「実に興味深いな、小僧」



 魁蓮は日向の後ろで、足を止めた。
 すると、日向の前にいた黒い鷲はバサバサと羽を動かし、魁蓮の元へと飛んだ。
 黒い鷲は魁蓮の肩に乗ると、魁蓮は愛でるように背中を撫でる。



「なんだ、小僧が気に入ったのか?ヤン



 魁蓮が尋ねると、ヤンと呼ばれた黒い鷲は、ピィ、と小さく甘えるように鳴いた。
 その光景に、日向はやっと口を開く。



「その鷲は……?」

「ん?あぁ、ヤンだ。我の妖力を体内に取り込んでいる特殊な鷲だ」

「へぇ……なんか、デカイね」

「気にしたことは無い」



 言われてみれば、赤い瞳の部分も魁蓮と似ている。
 彼の妖力を取り込んでいる証拠なのだろうか。
 日向がじっと楊を見つめていると、ふと魁蓮が日向に視線を移した。



「ところで、小僧。お前はここで何をしている」

「ん?あぁ、お前を待ってたんだよ。
 あ、そういえばさっきっ」



 日向はそこまで言うと、言葉に詰まった。
 昨夜と同じ黒蝶が現れたと言うつもりだったのだが、日向は頭に響いた言葉を思い出す。



【これは、2人だけの秘密だよ】



 あれは、ここで会ったことも秘密に入るのだろうか。
 そう思った日向は、何も言えなくなってしまった。



「え、えっと……さっき……
 い、居眠りしようとしたけど眠れなかったんだよなぁ……あははっ、なんつってー」

「………………」

「あははっ、あの、えっと……」

「楊、よく見てみろ。救いようのない間抜けだろう?」

「おい」



 また馬鹿にされてしまったが、なんとか気付かれずに済んだようだ。
 日向は小さく胸を撫で下ろす。
 すると、魁蓮の肩に乗っていた楊が、フッと姿を消した。



「あれ、消えた!どこいったん?」

「知ってどうする」

「いや気になるじゃん。つか、本当に何も言わないなお前」

「何がだ?」

「秘密主義すぎるってことよ。もうちょっと、自分のこと話してみてもいいんじゃねえの?」

「必要ない」

「えぇ」



 視線を外して話す魁蓮を、日向はじっと見つめた。



 (そういやコイツ、無駄に美男子だよな……)



 あまり気にして見た事は無かったのだが、魁蓮は誰が見ても驚く程に整った顔をしている。
 加えて筋肉質な体と、高身長。
 何もかも兼ね揃えている姿に、日向は謎のイラつきが込み上がる。



 (コイツ妖魔だぞ、かっけぇ要素とかいらねぇだろ!神様がいるなら、世の中不平等すぎだぜ!?)



 男の日向でも、じっと見ていて飽きない美形。
 彼が人間じゃなくて良かったと、心底思う。
 すると突然、魁蓮が小さく吹き出した。



「ククッ、なんだ小僧?我の顔が気になるか?」

「えっ」

「じろじろと見つめおって……
 気づいていないとでも思ったのか」



 魁蓮は、ニヤッと笑みを浮かべる。
 どうやら、日向がじっと見つめているのに気づいていたようだ。
 美形だなんだと考えていたため、日向はなぜか気恥ずかしくなってくる。



「なっ、べ、べっつにぃ?見てねぇし」

「誤魔化すのか?惨めだぞ?」

「おうおうどうとでも言え!」

「ん……?」

「なぁ、ちょっ、見てくんなって!!!!」

「小僧の真似事だ。似ておるだろう?」

「ば、馬鹿にしてんだろ!!!」

「ククッ、愉快愉快。
 随分と良い反応をするでは無いか、小僧」

「なっ……うっせぇな……」



 いつまでも馬鹿にしてくる魁蓮に、日向は頬を膨らませて拗ねる。
 どうも、日向は魁蓮と話していると調子が狂ってしまう。
 馬鹿にされ続けるせいだろうか。
 日向が背中を向けて腕を組むと、魁蓮は呆れたように笑った。
 そして、ふぅっと小さく息を吐く。



「では小僧、そろそろ始めよう」

「ん?あ、稽古か。うん、そうする」

「確か、お前の要望を聞くのだったな……
 試しに言ってみろ、内容によっては聞いてやる」

「……それ、聞かないやつじゃね?まあいいや。
 とりあえず、体術から教えてくれ。前回龍牙たちから教えてもらったっきりだからさ」

「ふん……まあ、良いだろう。行くぞ」

「はーい」



 日向は返事をして、魁蓮の後ろをついていく。
 その時、日向はあることを思い出した。



「言い忘れてた……ありがと」

「……あ?」

「食堂に置いていった食材のこと。司雀から事情聞いたんだ。理由はどうであれ、おかげで僕ももっと腹いっぱい飯食える」

「………………」

「だから、あんがとな」

「……我は知らん」

「ははっ、素直じゃねえな」
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