愛恋の呪縛

サラ

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第73話

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 同時刻 現世

 男は、夢を見ていた……。



 目の前に広がるのは、美しい花畑。
 その花畑の中に居座る、1人の姿。
 腰まである長い白髪をなびかせ、その美しさを際立たせている。
 1歩踏み込めば、少しでも触れてしまえば。
 泡のように消えてしまいそうなほど、儚くて。



「 ──── 」



 名を呼んだ途端……その子は振り返る。
 そして、笑顔を浮かべた。



 (君を、もう一度……………………)



























「……ま……るじ様…………主様」

「……んっ……」



 遠くから聞こえた声。
 その声が頭の中まで届いてきて、眠っていた男を夢から呼び起こす。
 ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界に誰かが映っていた。
 瞬きを繰り返し、やっと視界がハッキリしてくる。



「おはようございます」



 男にそう声をかけるのは、高い位置で髪を1つ結びにしている女性。
 キリッとした顔立ちで、冷静に男を見つめる。
 女性の姿を見た途端、男は静かに微笑んだ。



「おや、紅葉。もう帰ってきたのかい?お疲れ様」



 男はそう言いながら、横になっていた体を起こす。
 いつのまに眠っていたのだろう。
 そう思いながら、無理やり頭を覚醒させると、紅葉と呼ばれた女性は不安そうな表情を浮かべた。



「主様……いかが致しましたか?」

「……ん?何がだい?」

「その……涙を流されていたので」

「……えっ……」



 そう指摘された男は、反射的に目を触る。
 触れた途端、指に濡れた感触が。
 男は目を見開いて驚くと、ふと目を伏せて微笑んだ。



 (なんと、情けないなぁ……)



 紅葉の前で泣いたというよりかは、自分が涙を流していることに対して、男は情けなく感じてしまう。
 夢を見て泣くなど、子どもでもあるまいに。
 涙で濡れた目を優しく拭うと、男は深呼吸をした。



「いや、すまない。少し悪い夢を見てね」

「……どこか、具合でも?」

「ううん、大丈夫だよ」



 (悪い夢、ねぇ……あながち間違いではないかな)



 男は自分で言った言葉に、再度納得していた。
 悪夢、と言えば違うが、いい夢とも言い難い。
 心地良さを感じながらも、湧き上がるのは憎悪。
 そして……胸が熱くなる感覚。

 男はゆっくりと立ち上がると、紅葉に背を向けた。
 夜空に浮かぶ、明るい月。
 その月を見上げながら、男は胸に手を当てる。



「白髪……随分、懐かしいものを思い出したよ。
 過ぎたことだと、腹を括ったはずなんだけどね」



 夢のはずなのに、脳裏にはまだ残っている。
 あの花畑、あの美しい長い白髪。
 いや、忘れられるわけが無いのだ。
 思い入れが強いものほど、それが善だろうと悪だろうと、こびり付いたように離れることはない。
 厄介なことこの上ない。



「まあいいか……近々、私のになるんだし」



 男はそう言うと、不気味に口角を上げる。
 心が落ち着いたあと、男は後ろで待っていた紅葉に向き直った。
 紅葉はその場で膝まづき、頭を下げる。



「それで、私に何か用かな?」

「申し訳ございません、今日のご報告をと思いまして」

「あ、そうだった。どうだったかな?」

「本日は、8体捕獲しております」

「8体?それは随分と豊作じゃないか、凄いね」

「恐れ入ります」



 褒められたのが嬉しくて、紅葉は顔には出さず心の中で喜んでいた。
 紅葉の報告を聞いた男は、顎に手を当て考える。



「今日だけで8なら、暫くは大丈夫かな……
 いや、でも油断もできないし……」



 男はうーんと悩む。
 頭の中に張り巡らされる、数多の考え。
 何が1番合理的かを考えながら、次なる行動の予定も考える。
 頭を使うのは嫌いでは無い、結果によっては楽しめるからだ。



「まだ未完成の子がいるから、今は動かない方がいいかな。少し、手を加えたいし」

「では、また新しい獲物を」

「うん、よろしく頼むよ。まだ誰も、私の予想を超える子が居ないからね」

「御意」



 紅葉は頭を深々と下げた。
 その時、男はあることが頭に浮かぶ。



「鬼の王、か……」



 男の脳裏に浮かんだのは、鬼の王の姿。
 禍々しくも美しさを感じる赤い瞳は、誰も映さない。
 鋭い目付きで睨みつけ、相手を絶望に陥れる。
 その身に宿す強さは計り知れない。
 紛うことなき、妖魔の頂点に立つ男だ。



「封印から目覚めたばかりのところ悪いけど、彼にはやって貰わなきゃいけないことがあるからね」

「……なにかお考えでも?」

「うん……」




 男はそこまで言うと、ふと口を閉じた。

 男には、望んでいる未来があった。
 誰も成し遂げられない、野望に近いもの。
 そんな男が望む未来に、鬼の王が必要なのだ。
 世が混沌に満ち、鬼の王が眠り続けた1000年間。
 男は、彼の復活を静かに待ち望んでいた。



「彼にはもう一度……

「……どういう意味ですか?」

「ふふっ……簡単な話さ。
 彼を絶望のどん底に落とす、それだけの事。そして、その引き金を引くのが……

 さ……」

「あの子……?」



 紅葉が首を傾げると、男は目を閉じて微笑む。
 暗闇で生きている鬼の王。
 そんな彼のなかにある、たった一つの光。

 誰もが羨み、その可憐な姿で舞う。
 純白の中にある、澄み渡る程の綺麗な青。
 そして輝く、花のような笑顔。



「ふふっ、やはり欲しいね……
 どうしても勿体ないと思うよ、彼には……」

「なにか、作戦が」

「うん、そうだね。
 もう少ししたら、迎えに行こうか……」



 その時、男の周りにあった木々が、ゆらゆらと音を立てて揺れ始める。
 風が吹き、どこか不穏な空気を感じさせる。



「鬼の王、守ってみるがいい。
 私は何度でも……君の全てを壊してあげるから」
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