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第32話
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「猛毒……?」
司雀の言葉に、日向は唖然とする。
全身を衣で覆い、手は手袋で隠している。
その理由は、触れると毒に犯されるから。
忌蛇の事実に、日向は言葉を失ってしまう。
「魁蓮が言っていたように、妖魔というものは不可解なことで満ちています。私の知る限りでは、全身に猛毒を宿すのは、忌蛇以外で見たことがありません。
彼に与えられた、彼だけの特性だと思います」
「そんなっ……」
「忌蛇の衣と手袋には、魁蓮の妖力が編み込まれています。その力の甲斐あって、衣越しであれば毒の影響は最小限に抑えられるようになったのですが……抑えられるだけで、忌蛇の毒が完全に消えた訳では無い。
色々と調べては見たんですが、あの魁蓮でさえ、忌蛇の猛毒を解くことは出来なかったのです」
「っ………………」
それはつまり、誰一人として忌蛇に触れられない代わりに、忌蛇も誰かに触れることが出来ない。
魁蓮の妖力が編み込まれた衣越しからでなければ、彼に近づくことさえ危ないのだ。
龍牙とは違う、別の孤独を感じている。
「もし忌蛇に何かあれば、現段階で対処できるのは魁蓮だけ。そのため、忌蛇は魁蓮の近くで動くことが多いので、ついでに伝達係もしているという訳です」
「だから、城に留まることもないの?」
「そういうことですね。きっと、場所を転々としていると思います。あの猛毒では、敵も味方も簡単に殺してしまうので」
なんと悲惨な現実なのだろう。
ただ1人で生きるだけでも苦しいはずなのに、加えて他人の温もりを感じることが出来ない。
常に注意を払い、触れられないようにと警戒する。
妖魔には、他人の温もりなど気にならないのだろうが、1人が平気とは言えないだろう。
日向は忌蛇の話に、朝餉の手が止まってしまう。
(特性だとしても……酷すぎる……)
妖魔は、本来自然発生する謎の存在。
強ければ強いほど人間に近い姿となり、言葉を話すことが出来れば知能もつく。
尚更、忌蛇は自分が他とは違うという現実を叩きつけられる日々なのだろう。
ちゃんと話したことがないのに、日向は忌蛇のことで頭がいっぱいだった。
気持ちが沈み、悲しくなってくる。
その時、ポンっと日向の頭に龍牙の手が乗る。
日向が龍牙へと視線を向けると、龍牙は笑顔を浮かべていた。
「大丈夫だって。日向が気にすることじゃねえよ」
「そう、かもしれないけど……辛いなって思って」
「優しいなぁ!日向は~」
「そんなこと…………」
「その気持ちだけでも、忌蛇は嬉しいんじゃねーの?妖魔って、他人のことは基本どーでもいいしさ」
日向は、忌蛇が居なくなった食堂の扉を見つめていた。
少なくとも、ここにいる全員は魁蓮と過ごした時間がある。
最低でも1000年は生きている妖魔たちだ。
つまり、忌蛇も1000年間、猛毒と共に生きている。
他者を避けて生きる生き方が、もう当たり前になっているのだろう。
そう考えると、日向は更に辛くなってしまった。
(寂しく、ないのかな……)
そんなことを考えていると、龍牙が突然「日向っ!」と声を上げる。
日向が我に返ると、龍牙はコテンと首を傾げ、あざとく上目遣いで見つめてきた。
「日向ぁ、今日なんかしたいこととかある~?」
「えっ、したいこと?」
「そっ!日向のしたいこと、俺もしたい!」
「な、なんで急にっ」
日向が聞くと、コホンと咳払いが聞こえた。
顔を上げると、咳払いをしたのは虎珀だった。
虎珀は日向と目が合うと、コクっと小さく頷く。
そこで、日向はやっと理解した。
龍牙が日向の頭を撫でた時から、龍牙は日向に気を遣ってくれていたのだ。
忌蛇の話を聞いてから、元気が無くなったのに気づき、なんとか元気になって欲しいと。
そしてそれを、悟られないようにしてくれている。
もしかしたら、ただ本当に日向のしたいことに興味があるだけなのだろうが、気持ちが落ち込んでいる日向にとっては、とてもありがたいものだった。
「んー、そうだな……」
日向は顎に手を当て考えると、あっと思いつく。
「龍牙と虎珀、2人の力を見せて欲しい!」
「俺たちの力?」
「待て。なぜ俺も含まれているんだ」
「昨日の戦いだよ!龍牙は火山?みたいなのが凄かったし、虎珀は白虎に変身した!2人の力にすげぇ興味ある!それを見せて欲しい!お願い!!」
日向はそう言うと、パンっと手を合わせて、懇願する姿勢を見せた。
虎珀は眉を顰めて考えているが、反対に龍牙は目を輝かせている。
「日向に言われちゃあ、見せない訳にはいかないよなぁ!よし分かった!俺にまっかせなさ~い!
黒青火山も白虎も、沢山見せちゃう!」
「ほんと!やったぁ!」
「おいバカ龍、俺は1度も良いなどとはっ」
「あ゛?日向のお願い聞けねぇってのか?殺すぞ?」
「っ……面倒臭くなったな、お前……
仕方ない、今日だけだぞ」
「ありがとう!2人とも!朝餉食ったら、始めようぜ!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻 現世
「………………」
仕事を終えた忌蛇は、1人で山の中に来ていた。
人里から少し離れた、樹齢の長い大きな木が目立つ静かな場所。
圧巻の大きさと、夏を感じさせる青々しい葉っぱ。
ふと大きな木を背に振り返れば、町を一望できた。
あまり広くはない山の中、忌蛇は根元の近くに腰かけた。
「……今日も、綺麗なままだよ……雪……」
忌蛇は小さく呟くと、風に揺れる葉を見上げる。
夏の暑さを消し飛ばす、涼しい風。
忌蛇はその風に頬を撫でられながら、ただ過ぎる時間に身を委ねていた。
司雀の言葉に、日向は唖然とする。
全身を衣で覆い、手は手袋で隠している。
その理由は、触れると毒に犯されるから。
忌蛇の事実に、日向は言葉を失ってしまう。
「魁蓮が言っていたように、妖魔というものは不可解なことで満ちています。私の知る限りでは、全身に猛毒を宿すのは、忌蛇以外で見たことがありません。
彼に与えられた、彼だけの特性だと思います」
「そんなっ……」
「忌蛇の衣と手袋には、魁蓮の妖力が編み込まれています。その力の甲斐あって、衣越しであれば毒の影響は最小限に抑えられるようになったのですが……抑えられるだけで、忌蛇の毒が完全に消えた訳では無い。
色々と調べては見たんですが、あの魁蓮でさえ、忌蛇の猛毒を解くことは出来なかったのです」
「っ………………」
それはつまり、誰一人として忌蛇に触れられない代わりに、忌蛇も誰かに触れることが出来ない。
魁蓮の妖力が編み込まれた衣越しからでなければ、彼に近づくことさえ危ないのだ。
龍牙とは違う、別の孤独を感じている。
「もし忌蛇に何かあれば、現段階で対処できるのは魁蓮だけ。そのため、忌蛇は魁蓮の近くで動くことが多いので、ついでに伝達係もしているという訳です」
「だから、城に留まることもないの?」
「そういうことですね。きっと、場所を転々としていると思います。あの猛毒では、敵も味方も簡単に殺してしまうので」
なんと悲惨な現実なのだろう。
ただ1人で生きるだけでも苦しいはずなのに、加えて他人の温もりを感じることが出来ない。
常に注意を払い、触れられないようにと警戒する。
妖魔には、他人の温もりなど気にならないのだろうが、1人が平気とは言えないだろう。
日向は忌蛇の話に、朝餉の手が止まってしまう。
(特性だとしても……酷すぎる……)
妖魔は、本来自然発生する謎の存在。
強ければ強いほど人間に近い姿となり、言葉を話すことが出来れば知能もつく。
尚更、忌蛇は自分が他とは違うという現実を叩きつけられる日々なのだろう。
ちゃんと話したことがないのに、日向は忌蛇のことで頭がいっぱいだった。
気持ちが沈み、悲しくなってくる。
その時、ポンっと日向の頭に龍牙の手が乗る。
日向が龍牙へと視線を向けると、龍牙は笑顔を浮かべていた。
「大丈夫だって。日向が気にすることじゃねえよ」
「そう、かもしれないけど……辛いなって思って」
「優しいなぁ!日向は~」
「そんなこと…………」
「その気持ちだけでも、忌蛇は嬉しいんじゃねーの?妖魔って、他人のことは基本どーでもいいしさ」
日向は、忌蛇が居なくなった食堂の扉を見つめていた。
少なくとも、ここにいる全員は魁蓮と過ごした時間がある。
最低でも1000年は生きている妖魔たちだ。
つまり、忌蛇も1000年間、猛毒と共に生きている。
他者を避けて生きる生き方が、もう当たり前になっているのだろう。
そう考えると、日向は更に辛くなってしまった。
(寂しく、ないのかな……)
そんなことを考えていると、龍牙が突然「日向っ!」と声を上げる。
日向が我に返ると、龍牙はコテンと首を傾げ、あざとく上目遣いで見つめてきた。
「日向ぁ、今日なんかしたいこととかある~?」
「えっ、したいこと?」
「そっ!日向のしたいこと、俺もしたい!」
「な、なんで急にっ」
日向が聞くと、コホンと咳払いが聞こえた。
顔を上げると、咳払いをしたのは虎珀だった。
虎珀は日向と目が合うと、コクっと小さく頷く。
そこで、日向はやっと理解した。
龍牙が日向の頭を撫でた時から、龍牙は日向に気を遣ってくれていたのだ。
忌蛇の話を聞いてから、元気が無くなったのに気づき、なんとか元気になって欲しいと。
そしてそれを、悟られないようにしてくれている。
もしかしたら、ただ本当に日向のしたいことに興味があるだけなのだろうが、気持ちが落ち込んでいる日向にとっては、とてもありがたいものだった。
「んー、そうだな……」
日向は顎に手を当て考えると、あっと思いつく。
「龍牙と虎珀、2人の力を見せて欲しい!」
「俺たちの力?」
「待て。なぜ俺も含まれているんだ」
「昨日の戦いだよ!龍牙は火山?みたいなのが凄かったし、虎珀は白虎に変身した!2人の力にすげぇ興味ある!それを見せて欲しい!お願い!!」
日向はそう言うと、パンっと手を合わせて、懇願する姿勢を見せた。
虎珀は眉を顰めて考えているが、反対に龍牙は目を輝かせている。
「日向に言われちゃあ、見せない訳にはいかないよなぁ!よし分かった!俺にまっかせなさ~い!
黒青火山も白虎も、沢山見せちゃう!」
「ほんと!やったぁ!」
「おいバカ龍、俺は1度も良いなどとはっ」
「あ゛?日向のお願い聞けねぇってのか?殺すぞ?」
「っ……面倒臭くなったな、お前……
仕方ない、今日だけだぞ」
「ありがとう!2人とも!朝餉食ったら、始めようぜ!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻 現世
「………………」
仕事を終えた忌蛇は、1人で山の中に来ていた。
人里から少し離れた、樹齢の長い大きな木が目立つ静かな場所。
圧巻の大きさと、夏を感じさせる青々しい葉っぱ。
ふと大きな木を背に振り返れば、町を一望できた。
あまり広くはない山の中、忌蛇は根元の近くに腰かけた。
「……今日も、綺麗なままだよ……雪……」
忌蛇は小さく呟くと、風に揺れる葉を見上げる。
夏の暑さを消し飛ばす、涼しい風。
忌蛇はその風に頬を撫でられながら、ただ過ぎる時間に身を委ねていた。
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