愛恋の呪縛

サラ

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第30話

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 その頃。
 黄泉の様子を見てきた魁蓮は、現世のある場所へと来ていた。
 暗い森を抜けた先にある、人間が決してたどり着けない
 朝でも薄暗いそこは、不思議な雰囲気のとても大きな屋敷があった。
 綺麗な提灯がいくつも並び、毎時間夜の雰囲気を漂わせる。
 魁蓮は屋敷の扉の前まで行くと、扉はギィッと重たい音を立てながら、ひとりでに開いた。



「あらやだっ」



 開いた扉の向こうから聞こえたのは、男の声。
 魁蓮が顔を上げると、そこには掌よりも小さい盃を持って酒を飲む妖魔の姿。
 魁蓮はその姿に気づくと、薄ら笑みを浮かべる。
 対して酒を飲んでいた妖魔は、盃を机に置いて、ゆっくりと首を傾げた。



から話を聞いた時は驚いたけど、やっぱり本当だったのねぇ。復活したって話は……」

「久しいな、かなめ

「んっふ。何年経っても、男前ね?魁蓮ちゃん。
 ぎゅーって抱きしめて欲しいわっ♡」

「断る」

「相変わらず冷たいんだからっ」



 要と呼ばれた妖魔は、笑みを浮かべる。
 ここは、行き場の無くなった女妖魔たちが集う夜の間。
 名を「遊郭邸ゆうかくてい
 そんな女妖魔たちを匿っているのが、この屋敷の主である「かなめ
 体は男だが、心は女。
 着ているものも女性物の着物を纏っている、いわゆる、おネエというやつだ。
 外に張られた結界も、要のもの。
 妖魔しか出入り出来ず、妖魔でなければ認識することもできない。

 妖魔たちだけが楽しむ、夜の遊び場だ。



「んもう、来るなら来るって言ってくれない?今日、アタシ適当に化粧しちゃったんだけど~?」

「知らん、興味無い」

「まっ!魁蓮ちゃんに「可愛いな、要」って言われるために頑張ってるんだから!そんな冷たいこと言わないでよねぇ!でもアタシ……魁蓮ちゃんに冷たくされると、萌えちゃうわ~♡」

「どうでもいい。我は様子を見に来ただけだ」

「ん?様子って、なんの?
 あ、もしかして……アタシが元気かって?アタシに会いたくなっちゃったの~?愛しの要ちゃんって♡」



 そう言いながら、要はあざとく両手を頬へ持ってきて、キャッキャと喜んでいる。
 何を隠そう、要は魁蓮が大のお気に入りだ。
 昔から変わらない要の姿に、魁蓮はむしろ呆れている。



「なんだその仕草……相変わらず、読めん奴だ」

「おネエを舐めてもらっちゃ困るわよ~?そんなこと言って、こういうアタシが大好きなんでしょ?」

「くだらん……」

「キャー!魁蓮ちゃんの不機嫌な顔、アタシ好みぃ♡」

「はぁ……うざ」



 魁蓮にこれだけの態度を取られても平気なのは、要を除いていないだろう。
 ある意味、どんな態度でも受け入れる鋼の心の持ち主だ。
 要がキャッキャと喜んでいると、魁蓮は要を無視して屋敷の中へと進んでいく。

 奥へと入ると、大きな池を囲むような形で建つ屋敷の内装が見えてくる。
 陽の光をほとんど入れないこの場所は、ところどころ吊るされている提灯の明かりが頼りだ。
 周りの部屋からは、客の男妖魔たちと、遊女である女妖魔たちの楽しげな声が聞こえてくる。
 男妖魔たちは、酒に酔ってどんちゃん騒ぎだ。



「魁蓮ちゃんも、一杯飲んだら?小娘ちゃんたちも、貴方が来たら大喜びよ?みんな貴方にメロメロなんだから」

「断る。酒ならば、城で飲む」

「まあ、つれないわねぇ?
 流石、うちで1番人気の柚香に、唯一落ちなかっただけあるわ?柚香に惚れないなんて、魁蓮ちゃんってばどんな子がお好みなのよ~」

「くだらん話をするな、要」

「んもう!教えてくれてもいいじゃないのよ!」



 要は魁蓮の隣にならび、頬を膨らませる。
 そんな要など目もくれず、魁蓮は屋敷内を見渡した。
 特に怪しいところはない、いつもの遊郭だ。
 その時。



「見て!魁蓮様よ!」

「え、どこどこ!」

「キャー!本当だわぁ!」

「やだっ、化粧直ししなきゃ!」



 仕事を終えた遊女たちが、魁蓮の姿を見るなり黄色い歓声を上げている。
 魁蓮は横目で遊女たちを見るが、特に気にすることなく視線を逸らした。
 だが、そんな冷たい態度も遊女たちは虜だ。
 魁蓮の姿に、キャーと盛り上がっている。
 すると、遊女の中から1人飛び出してきて、魁蓮の元へと走ってくる。



「魁蓮!」



 走ってきたのは、柚香だった。
 魁蓮は柚香の声に気づくと、柚香へと向き直る。
 そして、薄ら笑みを浮かべながら小声で話す。



「励んでいるか?」

「もちろんよ!要さんにも話して、何人かには協力してもらってるわ!」

「良い良い、上出来だ」

「えへへっ」



 柚香はニコッと笑った。
 話の始まりは、昨夜……





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈






「それで、私に何の用かしら?」

「ああ。柚香、お前に助力願いたい」

「あら、うふふっ……
 いいわよ。貴方の為ならば、本望だわ」



 柚香は笑みを浮かべて魁蓮の言葉を待つと、魁蓮は薄ら笑みを浮かべながら口を開いた。



「遊郭邸に来た客の、素性を聞き出せ。全員だ」

「っ!」



 魁蓮が頼んできた内容は、柚香が驚くものだった。
 遊郭邸の遊女にとって、自らお客さんのことを聞き出すのは、あまり良くないこと。
 失礼に値する行為だということを、柚香は分かっていた。
 それはもちろん、魁蓮も承知の話。
 その上で持ちかけてきた頼みは、何か考えがあるのだと柚香は思っていた。



「……何か、良くないことでもあったの?」

「なに、案ずることは無い。悪事を対処する場合、早めに手を打つのが得策だろう?」

「悪事って、何かあった口ぶりじゃない」

「ククッ、さてな」



 柚香がそう言うと、魁蓮は不気味な笑みを浮かべる。
 この男は、肝心なことは何も言わない。
 いつも何を考えているのかが分からず、決して他者を懐に入れてはくれない。



「でも素性を聞き出すって。それ、要さんに頼まないと出来ないことよ?」

「ならばお前から伝えろ。我が直接頼んでもいいが……生憎、あれはある意味面倒だからな。毎度、抱擁を求めてくるのは気色が悪くて敵わん」

「ふふっ。要さんは、ただ魁蓮のことが大好きなだけよ。その辺は許してあげて?
 そんなこと言って、要さんのこと信用してるくせにぃ」

「信用などない。
 要は司雀のように、痒いところに手が届くだけだ」

「もうっ……
 とりあえず分かったわ、要さんに言ってみる」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈



 それから柚香は、要に魁蓮からの頼まれ事を報告し、限られた人数の中で実行することとなった。
 



「何か分かれば、すぐ知らせろ」



 魁蓮は初めから、皆が本音を零しやすい酒の場に目をつけ、遊郭邸に協力を仰いでいた。
 異形妖魔は人工的に作られている存在、そう仮定した今、遊郭邸での情報提供は大きな鍵となる。
 魁蓮は酒に酔いしれる妖魔たちの声を聞き、「滑稽なものだ」と言葉を零した。

 その時、ふと要が魁蓮の顔を覗き込む。



「ねえ魁蓮ちゃん。さっき貴方の顔を見た時からずっと思ってたんだけど……
 最近何か、いい事でもあった?」

「っ……!」



 要の質問に、魁蓮は少し目を見開く。
 なぜそんなことを聞くのか、質問の意図が分からなかった柚香は首を傾げた。
 だが、魁蓮は要の質問に、どこか愉しそうに笑った。



「ククッ……相変わらず、お前は厄介だなぁ?要」

「んっふ♡魁蓮ちゃんのことなら、何でもお見通しなのよ~?その感じだと、図星ね?」

「ああ」



 魁蓮の笑みに、柚香はドキッとしていた。
 今まで魁蓮を見てきたが、彼がここまで愉しそうに笑っているところは見たことがない。
 余程嬉しいことでもあったのかと、柚香は興味津々だ。



「ねぇ魁蓮。何があったの?」



 柚香は堪らず尋ねると、魁蓮は目を伏せた。
 そして、思い出す。
 自分に反抗してくる、姿を。



【僕の力を知りたいなら、あぶり出せばいい!
 どんな目に合おうとも、僕は生き永らえてやる!
 皆は、絶対に殺させない!!!!!】



 その姿を思い出す度に、魁蓮は愉しげに笑った。
 今まで見たことの無い、威勢のいい人間。
 百面相をする無邪気な姿に、魁蓮に怖気付くことなく立ち向かってくる姿。
 その全てが面白くて仕方がない。
 普段なら無礼者だと言ってすぐ殺している魁蓮でも、日向の威勢のよさは、遊戯の感覚で見ていた。



 (実に、愉快極まれり……)



「ククッ……あれは、なかなかどうして……」

「?」

「なに、語るほどでも無い。
 ただ、活きのいい玩具を拾っただけだ」



 魁蓮はそれだけ言うと、くるっと振り返り、遊女邸の扉へと向かった。
 その時、要はあることを思い出す。



「そうだ魁蓮ちゃん!いいお酒が入ったのよ~。良かったら、黄泉に持って帰ってちょうだい?」

「黄泉には1週間戻らんつもりだ。今夜、ここに忌蛇を向かわせよう。贈物ならば忌蛇に渡せ」

「まぁ!蛇ちゃんに会うなんて久しぶりだわっ!
 司雀ちゃんと、龍ちゃんと、虎ちゃんも元気?」

「ククッ、己の目で確かめろ……また来る」



 そう言うと魁蓮は、振り返ることなく遊女邸を出ていった。
 適当な返事を返された要は、少し怪しげな笑みを浮かべる。



「あの魁蓮ちゃんを喜ばせたオモチャ、ねぇ?
 んっふ。これは、面白いことが起きそうね♡」

「どういうこと?要さん」

「お子ちゃまにはまだ早いわよっ。
 やだわぁ、なんだか楽しくなってきたじゃない~!お酒飲み直そ~っと♡」
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