愛恋の呪縛

サラ

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第29話

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「随分と、元気だな」

「うわっ」



 龍牙と笑いあっていた日向は、突然現れた魁蓮に、少し嫌そうな声を上げる。
 対して龍牙は、魁蓮の姿を見るなり気まずそうにしていた。



「お前!来るの遅すぎねぇ!?龍牙まじで頑張ったんだからな!」

「そのようだな」

「そのようだなって……もっと言うことあんだろうがよ!!!すかした顔しやがって!」

「はぁ……喧しい小僧だ……」

「おおん!?」



 魁蓮は日向の言葉を遮ると、ずっと俯いている龍牙へと視線を落とした。
 龍牙はずっと、魁蓮に言われた言葉が引っかかっていた。
 日向にはああ言われたものの、やはり怪我をしてしまったことは知られたくなかった。
 成長が見えない、弱いと思われたくない。
 そう思っていると、ポンっと龍牙の頭に何かが乗せられた。
 龍牙が顔を上げると、乗っていたのは魁蓮の手だった。



「魁蓮……?」

「………………」



 龍牙がポカンとしていると、魁蓮は龍牙から視線を外して、少し乱暴に頭を撫でる。
 そして……




「……よくやった」

「っ!」





 ポツリと、小さくそう呟いた。
 龍牙はその言葉に、涙がブワッと溢れる。



「な、なんでっ……」

「?」

「だって魁蓮、俺にがっかりしてたじゃん……」

「ん?なんのことだ」

「昨日言ってたじゃん!お前はくだらんって!」

「……ああ、あれのことか。
 なんだ、それを気にしていたのか」

「あ、当たり前だろ!だって俺っ」

「たわけ。あれはそういう意味では無い」

「えっ?」



 すると魁蓮は、龍牙の隣にしゃがみこんで、龍牙と同じ目線になった。
 魁蓮に真っ直ぐに見つめられ、龍牙はゴクリと唾を飲み込む。



「お前は、強さというのがどういうものかをまだ理解出来ていなかった。正しい意味で理解せぬから、怪我を弱者の証と思い、我から見えぬよう隠したのだろう?」

「っ……う、うん……」

「龍牙、強さは痛みから学ぶこともある。怪我や傷で感じる痛み、負けた痛み、その悔しさを糧にし、はじめて強さというものに近づく。怪我をするのは恥じることでは無い、過程の1つだ。お前はそれを理解していなかった。
 だからくだらんと言ったのだ。折角の強さを自分で台無しにしているようだったからな」

「っ…………」

「だが、お前は今日理解したはずだ。現に、お前の力で死者は出なかった。お前が痛みを抱えて戦った成果だ。
 見事だ、龍牙。天晴れだったな」



 魁蓮はもう一度、龍牙の頭を撫でた。
 表情は変わらない、それでも魁蓮の言葉は優しく、龍牙の背中を押してくれる。
 龍牙はボロボロと涙を流していた。
 その時、龍牙はあることを疑問に思った。



「じゃあさ、誰かを守ることも、強い証……?
 戦うだけじゃなくて、誰かを助けたいって思うことも、強くなる過程の1つなの……?」



 龍牙は震える声で尋ねる。
 だが、魁蓮は龍牙から視線を外すと、低い声で続けた。



「さあな……誰かを守り、助けるなど。
 我は、そういうものに興味は無い」

「っ!あっはは、それもそっか」



 龍牙は、クスッと笑った。
 魁蓮は、そういう男なのだと。
 だが、魁蓮の話を聞いていた日向は、どこか悲しそうな顔を浮かべていた。



 (やっぱり……コイツは……)



 守ることも、少なからずは強さの証だ。
 それは戦っていない日向でも分かること。
 でも、魁蓮は興味が無いと言い切った。
 結局、魁蓮という男は鬼の王なのだ。
 誰かのために力を使うことも、誰かを思い守ることもない。
 人のように感情をあまり持たない妖魔の、頂点に立つだけはあると言っても過言では無い。







「それで……これが?」



 龍牙との話を終えた魁蓮は、立ち上がって振り返ると、目の前に転がっている異形妖魔を見下した。
 龍牙がコクリと頷くと、魁蓮は顎に手を当て考えた。



「人間……いや、獅子を模した姿か。実に奇奇だな」



 そう呟くと、魁蓮はふぅっと息を吐く。
 直後、魁蓮の赤い瞳がギラッと禍々しく光った。
 日向はその現象に、あっと驚く。
 恐怖、その全てが詰まっているような瞳だった。



「なに、してるの?」



 日向が聞くと、隣にいた龍牙が口を開く。



んだよ」

「えっ?」

「魁蓮、ちょーが良いんだ」

「……?」



 日向がポカンとしていると、フッと魁蓮の赤い瞳の光が消えていく。
 直後、魁蓮は不思議そうに片眉を上げた。



「……妙だな」

「妙、とは?」



 その言葉に反応したのは、司雀だった。
 司雀は魁蓮の隣に並び、一緒になって異形妖魔を見下ろす。
 魁蓮は腕を組み、冷たい眼差しで異形妖魔を見つめた。



「複数の呪いが複雑に絡み合っているが、心臓代わりの核のようなものが無い。中身の詰まっていない人形と同じだ」

「つまり、意思を持たないということですか?」

「ああ。本来ならば動くことも、形を保つことも不可能だ。だが、此奴はそれを成し遂げ、挙句龍牙と殺り合うことが出来た……」



 魁蓮の考えに、皆が黙って聞いている。
 魁蓮はしばらく黙っていると、なにかを思いついたように、ニヤリと口角を上げた。





「妖魔とは名許り、傀儡かいらいと似通った……
 と考えるのが妥当だな」

「「「「っ!!!!!!」」」」



 魁蓮の発言に、その場にいた全員が驚いていた。
 それはあまりにもご法度なもの、なんの目的も想像できない、最悪の考えだ。
 ずっと魁蓮の傍にいる司雀も、これには度肝を抜かれている。



「あ、有り得ません!妖魔は本来、自然発生するものです。人工的に作るなんて、仙人でも、我々でも出来ないことです!」

「お前がそう言うのならば、それが真実なのだろうな。
 だが、世の中は時として移り変わるもの。有り得んと思う事柄でさえ、可能にしてしまうのが時代の流れだ」

「っ…………」



 魁蓮はそう言うと、ドスッと異形妖魔の腹部に足を乗せ、グラグラと揺らしながら言葉を続ける。



「まあ元来、妖魔というものは不可解で満ちている。何が起きてもおかしくは無い。この妖魔も、今まで現れた異形の妖魔たちも、我の復活に伴い現れ始めた。大方、どこかの阿呆が面白いことを企んでいるのだろう」

「黄泉に異形妖魔これを放ってきた時点で、魁蓮へ向けた宣戦布告と考えてもいいでしょう。
 ……随分と、命知らずの方がいるものですね」

「全くだ。妖魔を作り出すなど世に反する。この我に、禁忌に触れて尚挑もうとするとは、余程死にたがりだと見て取れる。まあ、良いだろう。
 折角の機会だ、挑発に乗ってやる。愉しませてくれるといいがな」



 すると魁蓮は、異形妖魔の顔面を軽く蹴り上げた。
 その間も、魁蓮は不気味な笑みを浮かべたまま。
 横暴な態度に、日向は眉を顰める。
 人の心どころか、情けすらない。
 まさに王に相応しい。

 一通り異形妖魔を眺めると、魁蓮は顔を上げた。



「急用だ、1週間外す。司雀、此奴の調べは任せるぞ」

「分かりました」



 司雀に一言命令すると、魁蓮は日向へと視線を向けた。
 突然目が合い、日向はビクッと肩が跳ねる。
 そして、魁蓮は隣の龍牙へと視線を移した。



「龍牙、お前に小僧を任せる」

「えっ」

「我が留守の間、小僧が逃げぬよう見張っておけ。小僧それはなかなかに活きがいい、うっかり死なれてはつまらんからな。心しておけ」

「っ!あっはは!任せてよ魁蓮!日向のことは、俺が守る!安心してくれ!」



 龍牙はドンッと胸に手を当てて、誇らしげに言った。
 そんな龍牙の反応を見た魁蓮は、再び日向へと視線を戻す。
 魁蓮は目を細めると、ゆっくりと日向へと近づいてきた。
 日向が身構えると、魁蓮は日向の前で立ち止まり、日向の視線に合うように腰を曲げた。
 そして、じっと日向を見つめる。



「小僧……お前には、これをやる」



 すると、魁蓮は日向の額に人差し指をトンっと当てた。
 だが、軽く突かれただけで何も起きない。
 一体、何をしたのだろうかと日向が疑問に思っていると、魁蓮はふふっと口角を上げたまま、曲げていた腰を起こす。
 そして、何かを愉しむような表情で日向を見下した。



「己の立場と役目を、忘れるでないぞ?」

「っ!」

「またな、小僧」



 直後、魁蓮は姿を消した。
 魁蓮が居なくなった後、日向はギュッと拳を握る。



「いちいち言わなくても、分かってるっつーの……」



 魁蓮の言葉に、日向は下唇を噛んだ。
 何度も叩きつけられる、囚われの身であるという事実。
 その度に、日向の心が締め付けられる。
 まだ命がある、その現実だけが救いだった。



 (アイツの気が変われば、僕はっ)
 


 その時。



「うおっ!」



 日向の様子を見ていた龍牙が、突然日向に抱きついてきた。
 いきなりの衝撃に、暗い気持ちになっていた日向は我に返る。
 日向が龍牙に視線を落とすと、龍牙はニッコリと笑っていた。



「日向のこと、絶対守るからな!安心しろよ!」

「っ……」



 龍牙の笑顔に、日向はつられて微笑む。
 気まぐれで生かされている今だが、辛いことばかりでは無いことも事実だ。
 やっと治すことが出来た龍牙の傷、日向はそれが嬉しかった。
 こうして心を通わすことも出来たのだ。



「あははっ、頼むぜ!龍牙」

「おうっ!」



 (今は、深く考えないようにしよう)



 日向はそう考え、龍牙を抱きしめ返した。
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