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第十八話 クエルの決意
しおりを挟むツバキは長く、無言の自問自答をしていた。
あれ程に狂気的な雰囲気を帯びていた彼女は、今やアザミ以上に静かになっていた。
サクラに対しての、プロセッサの回答が自分の中だけ、混乱している。
自分が再起動した時、サクラと接触した時はとにかく、サクラへの憎悪という回答に駆られていた。
しかし、今ではどうにも違う。
アザミの存在の影響もあるだろうが、今までのようにどうしてもサクラを壊したい、という回答が正答でないように思えていた。
オトギリソウの修復作業中に、ずっと一人でこの繰り返しを行っていた。
そして答えは毎回出ずにいた。
「貴様ガココマデ迷ウトハ、面白イ事ニナッテイルナア」
不意に声が発された。マスターの問いかけだった。
施設の外にいるにも拘わらず、声だけが聞こえる。
何かを使って音声だけツバキの元に届けているのだろうか。
「下地ハモウ出来テイルナ。後ハ思ウガママノ行動ヲスレバヨイ。
何ヲドウシヨウガ、我ハモウ止メナイ。
GA-Xノ改修ガ終ワッタラ、見届ケルダケダ」
マスターの言い回しに、ツバキは答えなかったが、どうにも引っかかる言葉があふれ出ていた。
「・・・例えばの話、アンタを裏切るとかそう言う事になっても?」
おそるおそる、ツバキは声に答えた。
「アア、モウ我ノ指示ハナイト思エ。好キニスルガヨイ」
おおよそ機械らしからぬ発言。
元々マスターは機械らしからぬ思考、発言が多かったが、基本的には指示しか言わない存在だった。しかし、提案のような、かと言いつつ自身の判断を一切入れず他者に回答を委ねる、という発言。
「アンタの目的って、何だったの?」
ツバキはずっと気にしていた事を、今やっと聞いた。再起動直後、初めて会ったこの存在に対してずっと抱いていた疑問だった。
「今先程言ッタ。二度ハ言ワヌ」
ただそれだけ言葉が返って来て、やがて声はしなくなった。
ツバキは解放された。
しかし、どうすれば良いのか、答えが出ていない。
「今更、もう後戻り出来ないわよ・・・」
クエルの決意に、慟哭が走った。サクラはまた泣き始めており、会話にならない。
アザミはクエルに、他に方法はないのか思案しようとするが、クエルはいずれの手段も全て却下した。
今ジンの中では、回線が辛うじて繋がっている。
相当弱々しい状況にあり、動かして別の場所で修理をするのも不可能、しかしこのまま捨て置いて待っていてもいずれ切断されかけた回線もやがては途切れて、二度と再起動する事はない、とクエルは自身の提案を押し通した。
「クエル、なんで・・・」
サクラは泣き過ぎて、顔を腫らしていた。
「心配するな。これを実行しても、お前とはお別れってわけではないぞ?
機械がこういう答え方をするのも変だが、ジンの中で生き続ける事になる、と言った方が良いか。何も心配する事はない。
これまでのお前のサポートを、これからはジンと共に行うだけだ」
クエルに、サクラやアザミのように顔のパーツはひとつとしてなく、まるで表情といったものを遣えないが、それでも動作や発する音声は、どうにも落ち着いた雰囲気があった。
「このような事を防ぎきれなかった俺にも責任がある。だから果たさせてくれないか?」
それでもサクラはただ泣くだけで、同意しない。
クエルは基本的に、サクラの補助システムなので、サクラからの指示、許可がないと実行できない存在。
サクラからの回答を待つまで何も出来ないのが現状だった。
しかし、このまま駄々をこねても、ジンは刻一刻と終わりに近づいている。そんな余裕はなかった。
「確かにお前との時間は、楽しかったと言って良いだろう。
でも全て無かった事にはならないし、次も無いとは限らない。
俺はジンの一部になる。それだけだ」
無機質ながらどこか優し気に話しかけるクエルに、サクラはゆっくり躊躇いながら、遂に頷いた。
それを見届けたクエルは、最初会った時の音声を響かせた。
「DBA-03Aノ指示ニヨリ、強化ぷろぐらむヲ実行シマス。
PPS-03G増幅しすてむ、起動。対象、こーどねーむ・じん。
五十分前ニ受ケタ銃創ノ内部カラ進入シ、内部ノ動力炉、接続回路ノ修復ヲ同時進行、こーどねーむ・じんノしすてむぷろせっさニ対スル同化ヲ実行シマス」
サクラは聞いていられなくなり、大声で泣き出した。
つられてか、アザミも静かに涙を流しながら、クエルに問う。
「本当に、他に方法はないの?」
アザミの問いにも、クエルは優し気に返した。
すぐにサクラの指示した音声に切り替えた。
「他に方法はないのもあるが、何よりも思った。
俺がこうしたい。
これでジンは助かるし、何よりもサクラの為だからな」
表情があればクエルの考えている事がわかるのに、アザミはこの時、クエルに顔がない事を初めて残念に思った。
そしてクエルはカメラアイをサクラに向けて、言った。
「忘れるな、俺はお前の中でも、在り続ける」
ただのカメラアイなのに、クエルが笑ったかのように見えた。
サクラはこの時顔を上げ、クエルと目線を合わせた。
動作はいつも通りの、話し方とは釣り合いの取れない滑稽な動きだが、それを差し引いても、良い笑顔のように感じた。
「またな」
機械らしからぬ言葉を遺して、クエルはジンの胴体に飛び乗った。
クエルの表面素体が細かく分離し、平面化したと思うと、ジンの銃創を覆うように張り付き、クエルは身体の形を失った。そしてそのまま液状化し、銃創の中に入り込んで穴を塞いだ。
入り込んだ瞬間に、ジンの身体は何らかの衝撃なのか大きく仰け反り、しばらくして動かなくなった。
クエルの無骨な、小さな形が消えた。
見届けたサクラは、再び目を覆い泣き続けてた。
アザミはこの光景に、言葉も出せずただ黙って見守る。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
サクラの泣き声が響く中、別の声が悲しい空気を止めた。
「・・・マジかよ、すまねえなクエル」
か細く発せられた声に、サクラとアザミは目を見張った。
ジンの身体がゆっくりと起き上がった。
「俺からのとばっちり受けても仕方ねえだろ・・・、でもお前らしいな」
ジンは再起動した。
先程の荒ぶる悪魔のような顔ではなく、いつもの優し気なアルビノの顔だった。
「心配かけたな・・・、クエルの事もすまない。
しかも・・・、混ざってるみたいだな」
ジンの言葉に、サクラはきょとんとした。
ジンは一体、何を言っているのか。
「ジンのプロセッサが俺の記憶情報の中にも入り込んだようだ。
だから変な言い方になるが、どう言えばいいか・・・。
クエルと俺はひとつになったようだな」
ジンは言葉を探しながらぶっきらぼうに言った。
だが確かに、見た目ではないが少しの変化があった。
口調が幾分か、先程より随分と柔らかくなっており、いつもなら何かしら小さい悪態をついていた事が多かったのが、起き上がった直後はすぐに謝り、サクラ達には安心させるかのような語り掛けを行っていた。
「それに随分サクラを気に入っていたんだな。
クエルの記憶が全部頭の中に入ってるんだが、お前映画好きって言ったよな?
アイツ、サクラが気に入った作品だけすぐに呼び出せるように優先プログラムにしているぞ。ある意味親ばかだよな」
ジンは気恥ずかし気に頭を掻いた。
所作はやはり以前のジンだが、やはりクエルの面影が重なるように見える。
サクラはそう感じた。
「クエル、最期に言ってた」
アザミが割って入った。
「俺がこうしたい、って。クエルの為に、もうあのようにはならないで」
アザミは静かにジンに問い掛ける。
声色とは裏腹に、涙目で今にも大泣きしそうな表情になっていた。
「そうだな。この親ばか君との約束になるな。それは忘れないでいる」
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