桜色の女神 -S.A.K.U.R.A. Android records-

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第十九話 ひとつとなった友、決めた姉

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「合体してジン・クエルってとこか?
 大昔のロボットアニメで似た名前があったようにも思うが、まあいいか」

 ジンは少し乾いた声で笑った。
 やはりクエルが同化して以降、ジンの話し方、振る舞いがかなり丸くなっていた。
 クエルの芽生えた人格が影響を与えたのだろうか、顔つきすらも柔和な印象になっていて、とても以前と同一人物には思えないレベルの変貌だった。
 しかし、あくまでもジンの姿は変わらぬまま。
 似た姿をした別物にも捉えらえる。

「ジンだよね・・・?それともクエル?」

 サクラはようやく泣き止んでいたが、やはりジンの変貌ぶりにさすがに落ち着かされた、と言ったところだった。
 アザミもどう言えば良いかわからず目を丸くしている。

「俺は俺だ。ジンだ。
 変わったと言えば、クエルの記憶が俺の頭の中にある。
 サクラ、お前かなり大事にされていたな。
 サクラが休眠モードになっていた時は、クエルも休む必要があったろうに、ずっと見張っていたりサクラのメンテナンス状態を管理していたりで、人間の親以上に世話を焼いていたぞ。
 ホントにいいヤツだな」

 ジンの顔に笑みが浮かぶ。
 ここまで自然に出すのもいつ振りだろう、と言うより、本来のジンは、安らぎを忘れていたと言っていた。
 しかし、その忘れていた自然な笑顔をして見せた。
 クエルが最期に残したもののひとつは、ジンの安らぐ心だったのだろうか。

「クエルはしっかり、やるべき事を俺に伝えてくれたぞ。アザミを治さないとな」

 そう言ったジンは、アザミに近づき、アザミを抱きかかえた。

「え、何?」

 アザミは突然の事に少し慌てた。

「もうこれ以上歩いては体がもたん。
 だからヤツらのいる施設のどこかに、ヤツらが干渉出来ない設備があるとクエルが情報を遺してくれた。そこへ向かうぞ」

 あの悪魔染みた顔の面影なく、ジンは屈託なく笑った。

「・・・ジンのホントの顔、やっと見れた」

 サクラは少し寂しげな、和んだ笑顔を見せた。

「どうしてだ?」

 ジンはゆったりとした口調で聞く。
 クエルが人間になったらこうだったのだろうか、と言う想いも過ぎるが、サクラはクエルとの思い出を頭の中で反芻させ、また涙目になりながら答えた。

「ジンの足りなかった何かを、クエルが埋めてくれたんだね」

 再びサクラは耐え切れなくなり、泣き出した。

「ホントに相変わらず感情豊かだな」

 ジンは変わらず笑って見せる。
 アザミを片手で抱えなおし、ジンは指でサクラの涙を拭った。

「俺はジンだが、クエルと思ってもいい。クエルもこれからも一緒にいるってよ」

 サクラは、ジンの表情の影に、無骨なクエルの面影が見えたような気がした。





 サクラ達は、初めてその場所に訪れた。
 サクラの眠っていた場所でもなく、クエルと共に巡った商業区や工業区、居住区でもなく、行政区と呼ばれた場所だった。
 行政区とは言いつつ、人類は最後には自身の統治、法治を放棄し、本当の意味で総てを機械に丸投げした為、行政区の区域は実質、一つの巨大な建造物だけと言ったシンプルな場所だった。
 外観は今まで見て来たどの建造物よりも無個性で特徴がなく、様々な巨大な鋼鉄の箱を結合させただけのような、ただそれだけの建造物だった。
 この中は居住レベルはまるでなく、メンテナンス通路以外は全てコンピュータで埋め尽くされている、さながら機械要塞、という側面も備えている。
 そしてジンが先導する形で三人は潜入した。

 クエルの遺した情報では、北側から入るほとんど使用されていなかったメンテナンス通路があるとの事で、そこを通れば修復室がいくつかあるエリアに到達するとの事だった。
 通路自体は一応立ったまま通用出来るが、壁にびっしりと何らかのケーブルが血管のように張り巡らされて奥に続いており、その厚みのせいで避けなければならず、通路を抜けきるまで数十分は要した。
 そして天井の高い、抜けた空間に辿り着く。
 ここもおそらくメンテナンスブースになるだろうが、異様に広く、壁際を見ると幾つか扉のない通用口があった。

「私、ここまでかも」

 ずっと喋っていなかったアザミが突然口を開いた。

「ちょっと、どうしたの?」

 サクラは不安そうに聞き返した。嫌な予感といったところだろうか。

「私がここに用事あるの。もちろん、終わったら追いかけるから」

 薄く笑ったアザミは、ジンの腕から離れて軽い音を立てて着地した。

「どうするつもりだ?」

 ジンも流石に察したのだろう、クエルと融合前の以前の荒い語気になっている。
 わざとそうしたのだろうか。

「ツバキが来るよ。
 今度はサクラではなく、私だってさっきから私に通信して来てる」

 アザミは薄いながらまだ笑みを浮かべたまま答えた。

「いや、お姉ちゃんを治すんだよ?そんな身体で、ここで何をする気・・・?」

 駆け寄ろうとするサクラを、ジンが腕を突き出して静止した。
 ジンも険しい貌になっていたが、どうやらアザミの心情を理解したようだ。

「止めても、無駄だろ?」

 ジンは険しい貌をしたまま、あの優し気な口調に戻った。
 かなりアンバランスな雰囲気だったが、理解した事をアザミに伝えるには充分な表情だったようだ。

「お姉ちゃんらしい事、何も出来なくてごめんね?」

 ここでアザミは初めて、サクラの笑顔に引けを取らない眩しい笑顔を見せた。

「え、何言ってるの、お姉ちゃん・・・?」

 サクラがそう言いかけた時、

「行って!」

 険しくなった顔をしたアザミは踵を返し、掌に光弾を瞬時で生成、一番奥の通用口に向けて放り投げた。
 同時に空間は爆ぜ、吹き飛ばされたサクラをジンがさっと抱きかかえ、空間を抜け出した。

「待って、待って!何で置いていくの!?」

 サクラはジンに掴まれて成す術なく叫んだ。
 ジンはサクラの叫びを無視し、そのまま通って来たメンテナンス通路を走り抜け、十分もしない内に外へ出た。

「何で!!何で!!?」

 ジンに離されたサクラは、すぐさまジンの胸を拳で叩きまくり、泣き出した。
 これにジンは特に止める事なく、サクラの殴りを無防備に受け続けた。

「・・・俺だってな、俺だってな!!」

 ジンは叫び、サクラの胸倉を掴んで顔を近づけた。
 サクラはジンの目を見て、責める動作を止めた。
 ジンも、泣いていた。
 怒りの表情だが、涙を流している。
 哭いている。

「俺だってホントはイヤなんだよ!
 何千年と、死を覚悟して来たヤツを見て来たよ!
 そのどいつもこいつも、ダチや仲間、大切なヤツだったんだよ!
 その時も死ぬなって!何度も言って止めた!
 だけどな・・・あんな顔したヤツは、決意と言って、決めたヤツは絶対に譲らねえ、どんなに止めてもな!」

 捲くし立てたジンの顔は、やはり以前のジンとは違っていた。
 クエルとの同化の結果でもあろうが、感情を素直に吐き出すようになっていた。
 しかし、その素直に出せた感情が、別離と言う事なのが如何に皮肉な事か。

「・・・す、すまん」

 ジンは我に返り、サクラの胸倉を離して皴着いた上着を丁寧に整え、背中を向けた。

「アザミと別れたくないのは分かる。
 だがな、あんな顔したヤツの想いは、敢えて受け入れてやれ」

 背中でしか見えなかったが、ジンはわなわなと震えていた。

「これが悔しいって感情だ。無理にでも止めればよかっただろう。
 無理にでも連れて来るべきだっただろう。
 でもあんな顔をしたヤツに、やめろなんて言えない・・・」



 爆ぜた後、アザミは反動で自身に致命的なダメージを受けていた。
 胴体の抉れが更に広がり、下半身と左腕を喪失していたが、それでもぎりぎりの状態で稼働していた。
 アザミの両目がそれぞれ違う色に点滅している。
 表情はサクラに見せた、あの薄い笑みだった。

「ひょー、思いきった事してくれちゃうねー」

 冷ややかな、だが軽薄な声が響いて来た。
 オトギリソウがアザミを舐め回すように見て、しゃがみ込む。

「前も思いきった事してくれたよねー、あれはさすがにコチラもやばかったよ。
 お礼したかったんだけどそれも無理そうだね」

 嫌味な笑みを浮かべてオトギリソウは挑発するが、アザミは無言のまま表情を変えなかった。

「へ、何だかムカつく顔してるね。
 ま、こんなにまでボロボロになったらどうでもいいんだけどさ」

 アザミを一瞥してオトギリソウは、背後にいつの間にか立っていたツバキに向き直る。

「アンタが好きにしな。
 これからサイボーグ野郎とDBA-03Aを壊してくるから。
 これが最後だからね」

 そう言ってオトギリソウは駆けた。
 すぐに姿を消し、荒れた空間にはツバキと停止寸前のアザミが残された。

「・・・何て無様な姿になっちゃったのよ」

 努めていつも通りの挑発的な声色を取り繕い、ツバキはアザミに話しかける。
 だが、アザミは薄い笑みを崩さなかった。

「サクラの・・・、為、だもの」

 アザミは途切れ途切れに答えた。
 満足しきった、これ以上望むものはないと、表情で応えていた。

「ツバキが・・・、サクラを守って、あげて」

 加えて、アザミはお願いをした。
 これにツバキは侮蔑するように、だが気まずそうに鼻を鳴らした。

「は、今更、アタシが何するって言うの」

 ツバキの応えに、アザミは弱々しく、残された右腕を上げた。

「最期だから・・・、私も、戦うね」

 アザミのか細い答えに、ツバキは先程の応えに反し、アザミに駆け寄り、手を取った。

「無理するなっての・・・」

 ツバキの応え方に、アザミは弱々しくも、一層笑みを深めた。
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