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第二章 黄金の魔術師編

EP25 デート <キャラ立ち絵あり>

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 隣町の周辺で突然起きた大地震。
 その復興資金を集めるためのバザーがソントの町で開かれ、朝から大勢の人でごった返していた。

 清也は目が覚めると、花を起こさないように気を使いながら、”浴場へ行く”という書き置きを済ませ、部屋を出ようとした。
 すると、部屋にもう一つ小部屋がある事に気付き、扉を開けてみた。

 そこには小さな風呂があった。
 ギルドは町の最奥、川に面したところにあったので水道が通っていたのだ。

「そういえば、なんで蛇口がここにだけあるのか、ずっと不思議だったんだよな。」

 清也はアルバイト時代を思い出して、納得した。

「まあ、無料で入れるなら、こっちの方がいいよね。」

 そう言って服を脱ぐとシャワーを浴び始めた。

「まさかと思うけどこの水、そのまま垂れ流してないよね・・・。」

 大学の卒業論文で、公害に関することを書いた身としては少し気になったが、川が汚れていた印象が無いので、自分を納得させることにした。

~~~~~~~~~~~~~

 ひとしきり体を洗い、暖まると風呂から出ようとすると、すぐ外から花の声がする。

「あちゃー・・・清也、浴場までわざわざ行っちゃったか。
 ここにもお風呂はあるのに。まぁ、私はここでいいや。」

 外から衣擦れの音がする。ホックを外し、何かを脱ぎ下ろしている。

「おいおいおいおいおい!ちょっと待て!花!僕は中にいる!服を着てくれ!」

 清也は慌てて叫んだ。

 彼女は無防備すぎると清也は再認識した。
 いつも自分の方が慌てているので、彼女が普通かもしれないと思ってしまうが、少なくともこの状況はそうじゃ無いと、はっきりしていた。

「うーん。清也の声がするような・・・気の“せいや”な。なんちって。」

 花は自分で言って、自分で笑っている。
 勢いよく扉が開いて、一糸纏わぬ姿の花が風呂に入ってきた。



 しかし、清也はそこにいなかった。

「あれ?窓が開いてる。閉めとこ。」

 そう言って、花はご丁寧に鍵まで閉めた。

「ちょっ、鍵は閉めんでくれ・・・。」

 外壁にしがみついた清也は、彼女に気付かれないよう小声で言ったが、気付かれなければ意味がない。
 花はそのまま、のんびりとシャワーを浴び始めた。

「それにしても清也、なかなか気付いてくれないわね・・・。
 もしかしたら、って奴なのかな・・・悲しいな・・・。
 でも昨日、寝ぼけてノーブラだった時、顔真っ赤にしてたよね・・・えへへ♡男の子だもんね♡」

 花はを企み始めた。色々と怪しからん奴である。




 一方、清也はーー。

「あかん、これじゃ死ぬぅっ!死ぬねん!」

 生きようとすることに精一杯だった。ちぎれ飛びそうな腕で、何と自重を支えている。
 しかし、辛うじて「悲しいな」だけは聞き取った。

「何が悲しいんだろう。僕がこのまま11階から落ちたら悲しむかな?」

 清也は心を落ち着ける為に、軽口を叩いた。

 しかし、腕はもはや限界に近かった。
 窓を蹴破って入ることも考えたが、覗きをしていたと勘違いされ、流石の花も許してはくれないと思ったので、廃案となった。

 一方、花はと言うとーー。

「いっそのこと、お風呂で待ち構えとくとかどうかな・・・///」

 意外と寛容的だった。
 窓をぶち破って入っても、一緒に入浴してくれるだけの寛容さはありそうだ。

 そんな事とは知らない清也は本当に腕が限界となり、ついにーー。

「うわああああああああああ!」

 清也は仰向けになったまま、11階から落下した。



 そして、いよいよ地面に激突しようとしたとき、目を瞑った。
 しかし、いつまで待っても衝撃は来ない。

 恐る恐る目を開けると、そこにいたのはラドックスだった。

「えぇと・・・どうして服を着てないんですか?」

 清也を抱えながら、ラドックスは不思議そうに聞いた。

「実は風呂から落ちまして・・・。」

「??????」

 ラドックスは、更に不思議そうな顔になった。

~~~~~~~~~~

 その後、清也はラドックスの部屋に連れて行ってもらい、服を貰った。

「どうもありがとうございます。」

「いえいえ、大切なお客様ですから。では、また後ほど。」



 部屋に着くと、花が出迎えてくれる。しかしその表情からして、ご機嫌斜めなようだ。

「清也、あなた随分と長風呂なのね。どこか他の場所にでも行ってたの?」

 花は何かを疑っているようだ。執着心にも似た疑惑の目が、清也に突き刺さる。

「いやぁ、実はバザーの下見に行ってたんだよね。すごい人の数だったよ。マスクが欲しくなるくらい。」

「この世界に“アレ”は無いから大丈夫よ。もしあったら詰みだけどね。」

 清也の不謹慎な冗談は伝わったようだ。花は少し微笑んでいる。

「じゃあ行こうか。朝ごはんはあっちで食べよう。」

 そう言って、清也達は部屋を出た。

 ~~~~~~~~~~~~~~~

「うわぁ、すごい人の数だなあ!」

 バザーには、清也の予想を超えて沢山の人がいた。
 巨大都市ソントの隅々から、あらゆる物を求めて、人々が集まっているらしい。

「下見に来たんじゃ無いの?」

 花は珍しく鋭い。

「さ、さっきよりも増えてるんだよ。」

「そっか、まずはテントね。丈夫なのがいいわよね。」

 なんとか誤魔化せたようだ。

「二手に分かれて探さないか?僕は左に行くよ。
 終わったら、ラドックスさんの人形劇場で待ってて。」

 清也は、自分がテントを買えるだけのお金を、持っていない事に気付かずに、一人で行ってしまった。

「あっ、お金は!?」

 花は呼び止めようとしたが、既に清也は雑踏に呑まれていた。



 花はそのまま右へ行くと、すぐにテント店を見つけた。
 気のよさそうな店主が、多くの客にセールスを掛けている。

「おじさん。これください。」

「はいよ!普通なら5ファルゴってところだけど、うーん・・・お嬢ちゃんなら3ファルゴでいいや。」

「え?本当ですか?ありがとうございます♪」

 花はすぐに3枚の金貨を手渡すと、次に買う物を求めて歩いて行った。

「一人旅、応援してるよ!」

 最後の言葉は花に届かず、自分が”一人用のテント”を買っていることには気付かなかった。



 花は行く先々で妙に多くの人からオマケをしてもらいながら、次々と買い揃えていった。

(あと必要なのは魔法の材料だけ・・・隅々まで回ったけど無かったから、これは左側ね。
 清也を待たせないように、人形劇場へいきましょうか。)

~~~~~~~~~~~~~~

 到着した劇場で、花はチケットを係員に見せる。

「赤、ということは特等席ですね!どうぞ最前列で拝見ください。」

 聞くところによると、赤は賓客用の物らしい。

 花が最前列に座ると、横に座った金髪の男が話しかけてきた。

「ねえ君!めっちゃ可愛くない?このあと俺とバザーを回ろうよ~!」

 どうやらこの男も賓客らしいが、花にとっては迷惑でしかない。

「結構です。連れがいるので。」

 花はピシャリと断った。

「俺、自慢だけど結構コレ持ってるんだ。色々買ってあげるよ!」

 そう言って男は、親指と人差し指で輪を作った。

「お断りします!」

「まあ、そう言わずにさあ!」

 男は擦り寄ってくる。

「きゃっ!あっち行ってよ!気持ち悪い!」

 花は叫ぶが男は聞く耳を持たない。



 次の瞬間、男は後ろ向きに勢いよく倒れた。

「お前、何やってんだ?」

 そこには清也がいた。男の襟を掴んでいる。

「見りゃ分かんだろ!?ナンパだよナ ン パ!」

 男は悪びれる様子もなく言った。

 清也は男を立たせると、男の左頬を右の拳で思いっきり殴った。

「失せろ。」

 清也はそう言ってから、男の襟を離した。



 男が捨て台詞と共に逃げていったあと、清也はいつもの優しい表情に戻った。

「ごめんね。怖がらせちゃって。ただ、何というか、抑えられない怒りが込み上げてきたんだ。
 昨日みたいに、自分でも分からないほど、無性にあいつに腹が立ったんだよ・・・。」

 清也は申し訳なさそうに言った。先ほどの恐ろしい雰囲気は、一切消え去っている。

「いいえ、いいのよ。助けてくれてありがとう。その袋は何?テントではないでしょう?」

 花は嬉しそうに笑うと、話題を変えた。

「ああ、これね。ほら!」

 清也が袋から取り出したのは弁当だった。中に入っているのはグラタンだ。

「この前食べていたから、好きなのかなぁと思って。」

 花は驚いた。そんな事を覚えてくれているとは、夢にも思わなかったからだ。

「ありがとう!そんなことまで覚えてるなんて・・・。」

 花は、清也が自分を意識してくれているように思えて、少し嬉しくなった。

「それだけじゃないよ!ほら、これも!」

 そう言って清也が取り出したのは、綺麗なピンク色の髪飾りだった。
 花は受け取って、その場で付けてみた。

「とても似合ってるよ!」

 清也は正直な感想を述べた。

 悲しいと言っていたなら、贈り物をしようという安易な考えだったが、図らずも花の悩みを解決するのには、最高の方法であった。

「ありがとう♡」

 花は、嬉しそうにウインクした。



 ~~~~~~~~~~~~~

 しばらくすると、トランペットの演奏と共に劇が始まった。

「皆さんこんにちは!人形使いのラドックスです!今日は私の劇にお越し頂き、本当にありがとうございます!
 おや?なんだか足音が聞こえてきますねぇ・・・では、ご紹介しましょう!私の友人!語り部のパラドです!」

 舞台の左袖から、人と同じほどの大きさの巨大な人形が、自らの足で歩いてやってきた。
 よく見ると、細い糸で天井から吊るされており、その糸のもう一端はラドックスに繋がっている。

「はじめまして!僕はパラド!職業は語り部!
 え?人形に職業があるのか?だって?失礼な人たちだなあ・・・。」

 劇場が笑いに包まれた。どうやら声はラドックスの腹話術のようだ。
 凄い技だと清也は素直に感心した。

「じゃあ、僕がこの世界の勇者の伝説を語っちゃうよ~!
 ねえ、ラドックス~この糸邪魔だよ。切っていい?」

 パラドはとんでもない事を言った。

 会場は静まり返ったが、ラドックスは笑って言った。

「もちろんさ!ちゃんと自分で糸は片付けてね!」

「うん!ありがとう!それじゃあお言葉に甘えて・・・。よいしょっ!」

 パラドは糸を切ってしまった。そして、そのまま倒れ込んでしまった。

 しかしすぐに立ち上がるとこう言った。

「もう俺は自由だぞ!ラドックスなんて嫌いだ!どっか行け!」

 そう言ってラドックスを蹴り飛ばした。

「ふぅ~・・・スッとしたぜぇ。
 それじゃあ語っちゃおうかな。おーい!役者達~!」

 パラドがそう叫ぶと右袖から一般的な大きさの人形が7つ出てきた。

 清也にはもはや訳が分からなかった。
 幼い頃、ミステリー漫画で同じようなシーンを見たが、それはマジックショーだった。

 舞台の中央に立つと、7人の人形がそれぞれ違う声で挨拶を始める。

「私は女神。」
「俺は魔王。」
「俺は仲間の1人。」
「上に同じく。」
「上に同じく。」
「上に同じく。私は女だけど。」
「拙者は侍でござる。」

 清也は耳を疑った。

「拙者!?どういうことだ?それに勇者はどこなんだ!?」

「きっと、全員が”勇者で仲間“なのよ。・・・始まるみたい。」

 花と丁寧な説明に、単細胞な清也は少し納得した。
 1人、変なのがいるなあとは思ったが、それほど気にならなかった。
 小さな人形達は、それぞれパラドが操っているようだ。

 話を概略するとこうだった。

 ある日、世界に魔物が溢れ出し、天変地異が頻発するようになった。
 突如として現れた5人の若者が力を合わせて天変地異を収めた。
 そして、侍が魔王を倒し世界は救われ、女神は5人に祝福を与えた。という内容だった。

 驚くべきは話の内容ではなく、劇の完成度だった。

 話はおそらく子供向けにデフォルメされたもので、明らかな粗があった。
 しかしそれとは別に、人形を糸なしで操る謎の技は、ラドックスに天才と呼ぶに相応しい、秀逸な劇を実現させていた。

 人形達も、最初はパラドに操られていた。
 これだけでも凄い事なのだが、ある時を境に全員が糸なしで動いていた。
 そのため、アクションも人形劇とは思えないほど激しく、空中での斬り合いなどは凄い迫力であった。

 人形劇は盛大な拍手の元に、締め括られたーー。

~~~~~~~~~~~~

 劇が終わると、清也は純粋にトリックが気になって舞台を調べた。
 しかし、床下から操る装置も、隠された糸も無かった。

「私の劇、楽しんでいただけましたか?」

 突然、後ろから話しかけられた。

「はい!本当に凄かったです!最前列で見られてよかったです!」

 花は興奮して言った。

「それは光栄です!では私はこれで。あ、私の事はラースって呼んでくれて構いませんよ!」

 そう言って、ラースは楽屋へと戻っていった。

「凄い劇だったわね!それじゃ、魔法の材料を探しにいきましょうか!」

 花にそう言われ、2人は左側の探索を始めた。
 その時、2人は初めて気づいたのだが、時刻は既に5時を回り、多くの店は既に無くなっていた。

「ああっ!黄金の魔術師の居場所を聞くの忘れた!」

 清也は重大なことに気付き、嘆く。

「私もっ!困ったわね・・・とりあえず、急いで材料を探しましょう!」

 花はこういう時の切り替えが早い。

 材料店は人気の店なためか、辛うじてまだ残っていた。しかし既に、周囲から店は無くなっていた。

「はいっ!これで全部だよ!いや~売れた売れた。完売だよ!これで借金も返せるよ。」

 花はなんとか、欲しかった材料を手に入れたようだ。

「おじさん、黄金の魔術師って知ってますか?」

 花は藁にもすがる思いで聞いた。見込みは無いと分かっていた。



 しかし、その問いに思いもよらない返事が返ってきた。

「ああ知ってるとも!ちょうど、うちの町に来てるんだ!いやあ、助かったよ。
 バザーを開いてお金を返すなんて素晴らしいアイディアまで出してくれて。
 お陰で壊れた家の修理を依頼できたし、割れた畑も元に戻せるだけの土が手に入ったし、ダメになった種も買い直せたしね!」

「ええっ!?本当ですか!?」

 2人は同じ反応をした。まさか、こんな簡単に見つかるとは思っていなかった。

 確かに、復興に必要な金を貸してバザーを開き、儲けた金を返させる。筋が通っている。

「お前さん達も金を借りたいのかい?」

「ちっ、違います!その、会ってみたいってだけで・・・。」

「まあまあ、そう恥ずかしがることじゃ無いさ。
 俺も新婚の時は、金が沢山必要だったからな。意地を張って、奥さんに迷惑をかけない方が良い。」

「いえ!違います!彼女とは・・・パートナーです!」

 清也は友達以上、恋人未満という意味でこの言葉を選んだ。

「えっ!?パートナー!?」
(清也、私のこと・・・♡)

 花は恋人以上だと捉えた。

「まあ、どっちにしろ会いたい訳だ。だったらちょうどいい!
 明日からバザー参加者全員で隣町、と言っても300キロはあるんだが、一斉に帰るんだ。
 その護衛を探しててな、道中にはモンスターや、野犬が出るからな。
 ギルドで募集をかけてると思うから、それを受けてくるといい。
 お前さん達にも悪く無い条件のはずだ。」

 清也たちは男に礼を言うと、走り出した。

 ~~~~~~~~~~~~

 清也達はギルドに戻ると、2人で広場に大きく貼ってある「バザー帰還者旅団護衛任務・報酬30ファルゴ」を受注した。

 報酬は良いが、期間が不明であるためか、あまり参加者は多くなかった。

 明日の9時出発なので、2人は早く寝ることにした。

「明日は部屋の風呂に入るよ。」

「え?お風呂があること知ってたの?
 そう言えば、窓が開いてたけど・・・まさか覗きでもしてた?」

「ち、違うよ!浴場で、ラースから存在を聞いたんだ!」

「そう・・・。」

 清也は気づかなかったが、花は少し残念そうにしていた。

 寝る前に2人は、それぞれ違うことを考えていた。

(なんとか誤魔化せてよかった・・・。)

(髪飾りうれしいな♪パートナー♪)
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