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七章 恋は曲者、あなたは変わり者
恋は曲者、あなたは変わり者【2】
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「それに、異性同士の友人がずっと一緒に住んでるのも変だと思うし、普通に考えて私がここにいると諏訪くんの迷惑になるもん。諏訪くんは優しいから否定してくれるかもしれないけど、私がいることで我慢してることもあるんじゃないかな」
ほんの一瞬だけ、諏訪くんの面持ちが強張った。
それはきっと、よく注意していなければ気づかないほどささやかなもので。私だって、彼と過ごした三ヶ月がなければ見落としていたかもしれない。
(当たり前だよね……)
「ごめんね、きっとこれまでにもたくさん不自由な思いをさせてたよね。くつろげなかったり、なにかを我慢したり……そういうことがたくさんあったんだと思う」
「違う!」
申し訳なさでいっぱいの私に、力強い声が返ってきた。
優しい話し方が常の諏訪くんからは想像できなくて、びっくりしてしまう。
謝罪を紡ごうとした唇は動かせず、訪れた沈黙が私たちを包む。わずかに視線を逸らした彼は、程なくして私を真っ直ぐ見つめてきた。
じっと見据えてくる瞳に、鼓動がトクンと跳ねる。怖くはないけれど、諏訪くんがいつもと違うのは明らかで、どうすればいいのかわからない。
彼は戸惑うように眉を寄せ、そしてなにかを観念するがごとく息を吐いた。
「俺、香月が思ってるような奴じゃないよ。別にいい奴じゃないし、誰彼構わず優しくしたりもしない」
「そんなこと……」
「あるんだよ。俺はいい奴どころか、狡猾なくらいだ」
「なに言ってるの、諏訪くん。諏訪くんは社員をすごく大切にしてるし、ただの友達の私にだって本当に優しくしてくれてるじゃない」
納得できなくて言い募れば、諏訪くんがふっと鼻先で笑った。
「社員を大切にするのは仲間だと思ってるからだよ。タケや篠原、スタッフたちが助けてくれるからこそエスユーイノベーションは成長できたし、一緒に戦う仲間を大切にするのは普通のことだ」
「でも、私のことは無条件で助けてくれたよ」
彼は謙虚すぎるんじゃないだろうか。社員を大切にする理由はわかるけれど、それでもやっぱり私への親切は〝いい奴〟以上の人間であると主張したい。
「……バカだな、香月」
ところが、諏訪くんは納得することもなく、逆に呆れたような笑みを浮かべた。
「本当にわからない? 俺の本心」
バカと言われたことは気にならなかった。ただ、彼が言わんとしていることが理解できなくて、それを知りたいあまり素直に頷く。
すると、諏訪くんが諦めを含ませた微笑みを零し、次いで意を決するように真剣な面立ちになった。
「俺は別に、無条件で香月を助けたわけじゃない。香月の事情を知って力になりたいと思ったのも本音だけど、心の底ではあわよくば……って気持ちもあった」
彼の言いたいことがよくわからない。
私が感じていた優しさは、つまり偽りだったということだろうか。とてもそうだとは思えなくて、にわかに信じがたかった。
「あわよくば、って……?」
「その言葉通りだ。困ってる香月を助けて、とことん甘やかして、香月の居心地を好くして……俺がいないとダメだって思ってくれればいいとまで考えてた」
途中まではただの親切だと受け取っていたけれど、最後の言葉に引っかかった。
だって、それはまるで執着に似た感情でありながら、恋心のようなものを感じたから。けれど、それはありえないと、すぐに心の中で否定した。
「あの再会だって、本当は俺が香月に会いたくて根回ししたんだ」
その数秒後、予想もしていなかった真実に言葉を失くした。
再会はただの成り行きや偶然ではなく、私が知らないところで諏訪くんが仕組んでいた……ということらしい。
「会えるだけでよかったはずだったのに、香月に会ったらそこで終わりたくなくなって、香月の現状を知って利用してやろうと思った」
整理できない思考が、現実に追いついてくれない。
「香月を言い包めて、俺の傍に置いて……甘やかして大切にして、俺だけのものにしたいって」
「……っ」
射抜くような視線を寄越され、たじろいでしまう。鋭く激しい双眸の奥には、私が知らない彼がいる。
目の前の人は友人ではなく、瞳に雄の光を宿したひとりの男性だった。
ほんの一瞬だけ、諏訪くんの面持ちが強張った。
それはきっと、よく注意していなければ気づかないほどささやかなもので。私だって、彼と過ごした三ヶ月がなければ見落としていたかもしれない。
(当たり前だよね……)
「ごめんね、きっとこれまでにもたくさん不自由な思いをさせてたよね。くつろげなかったり、なにかを我慢したり……そういうことがたくさんあったんだと思う」
「違う!」
申し訳なさでいっぱいの私に、力強い声が返ってきた。
優しい話し方が常の諏訪くんからは想像できなくて、びっくりしてしまう。
謝罪を紡ごうとした唇は動かせず、訪れた沈黙が私たちを包む。わずかに視線を逸らした彼は、程なくして私を真っ直ぐ見つめてきた。
じっと見据えてくる瞳に、鼓動がトクンと跳ねる。怖くはないけれど、諏訪くんがいつもと違うのは明らかで、どうすればいいのかわからない。
彼は戸惑うように眉を寄せ、そしてなにかを観念するがごとく息を吐いた。
「俺、香月が思ってるような奴じゃないよ。別にいい奴じゃないし、誰彼構わず優しくしたりもしない」
「そんなこと……」
「あるんだよ。俺はいい奴どころか、狡猾なくらいだ」
「なに言ってるの、諏訪くん。諏訪くんは社員をすごく大切にしてるし、ただの友達の私にだって本当に優しくしてくれてるじゃない」
納得できなくて言い募れば、諏訪くんがふっと鼻先で笑った。
「社員を大切にするのは仲間だと思ってるからだよ。タケや篠原、スタッフたちが助けてくれるからこそエスユーイノベーションは成長できたし、一緒に戦う仲間を大切にするのは普通のことだ」
「でも、私のことは無条件で助けてくれたよ」
彼は謙虚すぎるんじゃないだろうか。社員を大切にする理由はわかるけれど、それでもやっぱり私への親切は〝いい奴〟以上の人間であると主張したい。
「……バカだな、香月」
ところが、諏訪くんは納得することもなく、逆に呆れたような笑みを浮かべた。
「本当にわからない? 俺の本心」
バカと言われたことは気にならなかった。ただ、彼が言わんとしていることが理解できなくて、それを知りたいあまり素直に頷く。
すると、諏訪くんが諦めを含ませた微笑みを零し、次いで意を決するように真剣な面立ちになった。
「俺は別に、無条件で香月を助けたわけじゃない。香月の事情を知って力になりたいと思ったのも本音だけど、心の底ではあわよくば……って気持ちもあった」
彼の言いたいことがよくわからない。
私が感じていた優しさは、つまり偽りだったということだろうか。とてもそうだとは思えなくて、にわかに信じがたかった。
「あわよくば、って……?」
「その言葉通りだ。困ってる香月を助けて、とことん甘やかして、香月の居心地を好くして……俺がいないとダメだって思ってくれればいいとまで考えてた」
途中まではただの親切だと受け取っていたけれど、最後の言葉に引っかかった。
だって、それはまるで執着に似た感情でありながら、恋心のようなものを感じたから。けれど、それはありえないと、すぐに心の中で否定した。
「あの再会だって、本当は俺が香月に会いたくて根回ししたんだ」
その数秒後、予想もしていなかった真実に言葉を失くした。
再会はただの成り行きや偶然ではなく、私が知らないところで諏訪くんが仕組んでいた……ということらしい。
「会えるだけでよかったはずだったのに、香月に会ったらそこで終わりたくなくなって、香月の現状を知って利用してやろうと思った」
整理できない思考が、現実に追いついてくれない。
「香月を言い包めて、俺の傍に置いて……甘やかして大切にして、俺だけのものにしたいって」
「……っ」
射抜くような視線を寄越され、たじろいでしまう。鋭く激しい双眸の奥には、私が知らない彼がいる。
目の前の人は友人ではなく、瞳に雄の光を宿したひとりの男性だった。
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