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七章 恋は曲者、あなたは変わり者
恋は曲者、あなたは変わり者【1】
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諏訪くんが帰宅したのは、夕方だった。
篠原さんと入れ違いで彼から【遅くなる】と連絡をもらったため、ふたりで食べるつもりで用意していた昼食はひとりで食べ、味気のないランチタイムになった。
「諏訪くん、話があるの」
ソファに移動して神妙に切り出した私に、諏訪くんが首を傾げる。決心が鈍らないうちに言ってしまおうと、間を置かずに続けた。
「私、やっぱり少しでも早くここを出ていこうと思う。ずっと諏訪くんに甘えちゃってたけど、今のままおんぶに抱っこの生活ってダメだなって感じて……」
目を見開いた彼が、私を見つめたまま静止している。
「約束では仕事に慣れるまでって話だったけど、具体的にいつまでなのかは相談してなかったよね。だから、もうそろそろ――」
「でも、香月はまだ仕事に慣れてないだろ」
諏訪くんの口調は、らしくなく厳しさを孕んでいた。優しい彼のこんな声音は初めてで、だからこそ想定外の反応だった。
確かに、約束では『仕事に慣れるまで』ということだったけれど……。それでも私が出ていくと言えば、諏訪くんは賛成してくれると思っていた。ここにいても、彼にとって私はお荷物でしかないと自覚しているから。
「それはそうだけど……でも、もう仕事を始めてから二ヶ月以上が経ってるし……」
立場上、そう強くは言えない。ただ、おかしな主張をしているつもりはなかった。
「期間は関係ないよ。約束は〝香月が仕事に慣れるまで〟だっただろ?」
それなのに、明らかに不満げにされて戸惑う。
同時に、はたと気づく。〝仕事に慣れるまで〟という約束が、あまりにも曖昧すぎたのかもしれない、と。
私自身は、ある程度慣れれば……くらいの気持ちでいたけれど、諏訪くんは篠原さんや木野さんのレベルで仕事をこなせることを求めていたのかもしれない。
そうだとしたら早急に意見をすり合わせる必要があると考えていると、彼がため息混じりに眉を下げた。
「香月、もしかして俺と暮らすのが嫌になった?」
どこか寂しげな雰囲気を見せられて、慌てて首を横に振る。
嫌になったなんてとんでもない。むしろその逆で、自分の想いを自覚した今、諏訪くんと一緒にいられるのはとても嬉しい。今の生活が快適すぎて困る反面、今だけは無条件で彼の傍にいられる幸福は離しがたい。
ただ、どれだけ一緒にいても、諏訪くんと肩を並べて夢を話した青く眩しい日には戻れない。彼はもう、私なんかの手の届かない人になってしまっている。
今はただ特例だ。ゲームで言う無敵になれるボーナスタイムみたいなもので、その時間が長ければ長いほど元の生活に戻るのが難しいのは明白。
正直に言うと、本当はもう手遅れかもしれない。だって、諏訪くんがいない生活を想像するだけで寂しくてたまらないから……。
「じゃあ、どうして急に出ていくなんて言い出したんだよ」
けれど、そんな自分勝手な理由は許されない。
彼にはたくさん迷惑をかけているし、私の存在が負担になっているはず。くつろげない、というのだって当たり前のことだ。
今すぐに返せるものはないものの、せめてきちんとけじめをつけたい。
「諏訪くんのことも、諏訪くんと暮らすのが嫌になったなんてこともないよ。たくさん助けてもらったんだもん。恩は感じても、そんな風に思ったことは一度もない」
「それなら、なおさらわからないんだけど」
「私、諏訪くんに頼ってばかりだし、さすがにそろそろ自分でどうにかしなきゃって思ったの。仕事ではこれからもお世話になってしまうけど、それとは別にちゃんとけじめをつけないといけないなって」
「そんなことない。俺だって、香月に助けてもらってるよ」
きっと、諏訪くんは食事のことを言っているんだろう。
もちろん、できる範囲で頑張ってきたけれど、私が彼にしてもらっていることに比べれば料理くらいたやすい。それに、外食するときはご馳走してもらっている。
「ギブアンドテイク、持ち持たれつでやっていけてると思わない?」
どう考えても、ギブアンドテイクにはなっていない。それを言葉にはしなかったものの、苦笑を漏らしてかぶりを振ることでしっかりと態度に出した。
篠原さんと入れ違いで彼から【遅くなる】と連絡をもらったため、ふたりで食べるつもりで用意していた昼食はひとりで食べ、味気のないランチタイムになった。
「諏訪くん、話があるの」
ソファに移動して神妙に切り出した私に、諏訪くんが首を傾げる。決心が鈍らないうちに言ってしまおうと、間を置かずに続けた。
「私、やっぱり少しでも早くここを出ていこうと思う。ずっと諏訪くんに甘えちゃってたけど、今のままおんぶに抱っこの生活ってダメだなって感じて……」
目を見開いた彼が、私を見つめたまま静止している。
「約束では仕事に慣れるまでって話だったけど、具体的にいつまでなのかは相談してなかったよね。だから、もうそろそろ――」
「でも、香月はまだ仕事に慣れてないだろ」
諏訪くんの口調は、らしくなく厳しさを孕んでいた。優しい彼のこんな声音は初めてで、だからこそ想定外の反応だった。
確かに、約束では『仕事に慣れるまで』ということだったけれど……。それでも私が出ていくと言えば、諏訪くんは賛成してくれると思っていた。ここにいても、彼にとって私はお荷物でしかないと自覚しているから。
「それはそうだけど……でも、もう仕事を始めてから二ヶ月以上が経ってるし……」
立場上、そう強くは言えない。ただ、おかしな主張をしているつもりはなかった。
「期間は関係ないよ。約束は〝香月が仕事に慣れるまで〟だっただろ?」
それなのに、明らかに不満げにされて戸惑う。
同時に、はたと気づく。〝仕事に慣れるまで〟という約束が、あまりにも曖昧すぎたのかもしれない、と。
私自身は、ある程度慣れれば……くらいの気持ちでいたけれど、諏訪くんは篠原さんや木野さんのレベルで仕事をこなせることを求めていたのかもしれない。
そうだとしたら早急に意見をすり合わせる必要があると考えていると、彼がため息混じりに眉を下げた。
「香月、もしかして俺と暮らすのが嫌になった?」
どこか寂しげな雰囲気を見せられて、慌てて首を横に振る。
嫌になったなんてとんでもない。むしろその逆で、自分の想いを自覚した今、諏訪くんと一緒にいられるのはとても嬉しい。今の生活が快適すぎて困る反面、今だけは無条件で彼の傍にいられる幸福は離しがたい。
ただ、どれだけ一緒にいても、諏訪くんと肩を並べて夢を話した青く眩しい日には戻れない。彼はもう、私なんかの手の届かない人になってしまっている。
今はただ特例だ。ゲームで言う無敵になれるボーナスタイムみたいなもので、その時間が長ければ長いほど元の生活に戻るのが難しいのは明白。
正直に言うと、本当はもう手遅れかもしれない。だって、諏訪くんがいない生活を想像するだけで寂しくてたまらないから……。
「じゃあ、どうして急に出ていくなんて言い出したんだよ」
けれど、そんな自分勝手な理由は許されない。
彼にはたくさん迷惑をかけているし、私の存在が負担になっているはず。くつろげない、というのだって当たり前のことだ。
今すぐに返せるものはないものの、せめてきちんとけじめをつけたい。
「諏訪くんのことも、諏訪くんと暮らすのが嫌になったなんてこともないよ。たくさん助けてもらったんだもん。恩は感じても、そんな風に思ったことは一度もない」
「それなら、なおさらわからないんだけど」
「私、諏訪くんに頼ってばかりだし、さすがにそろそろ自分でどうにかしなきゃって思ったの。仕事ではこれからもお世話になってしまうけど、それとは別にちゃんとけじめをつけないといけないなって」
「そんなことない。俺だって、香月に助けてもらってるよ」
きっと、諏訪くんは食事のことを言っているんだろう。
もちろん、できる範囲で頑張ってきたけれど、私が彼にしてもらっていることに比べれば料理くらいたやすい。それに、外食するときはご馳走してもらっている。
「ギブアンドテイク、持ち持たれつでやっていけてると思わない?」
どう考えても、ギブアンドテイクにはなっていない。それを言葉にはしなかったものの、苦笑を漏らしてかぶりを振ることでしっかりと態度に出した。
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