83 / 492
第1部
あっつ
しおりを挟む
マフダルは桟橋にゴンドラを係留すると、先にゴンドラから桟橋に降りて、梛央が降りるのに手を貸す。
マフダルに手を借りてゴンドラを降りた梛央の体が左右に揺れていた。
「まだゴンドラに乗ってるみたい」
波に揺られるのに慣れた体が、見えない波に身を任せているようだった。
「海じゃなくて運河ですよ。波なんてほとんどないのに、ナオ様は体の造りが繊細なんですよ」
笑いながらゴンドラを降りるテュコも二、三歩体がよろける。
「テュコも繊細だね」
梛央が笑うと、テュコは照れ隠しにふてくされた表情をする。
ヴァレリラルドは梛央たちを横目に、すたっ、と降り立ち、8歳侮りがたし、と梛央とテュコは思った。
後ろの護衛たちのゴンドラも到着し、マフダルは先導して桟橋から陸にあがる。
そこは芝草の茂る広場で、その周りには樹木が立ち並び、手前には花が咲いている。
広場には円形の白いテーブルと椅子がいくつか配置され、奥には平屋の大きな屋敷が見えた。
「ここで昼食の準備をしております。どうぞお席へ」
マフダルに促され、梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトは白いテーブル席についた。
「ここは?」
「エンロート名物の料理を出す夕凪亭です。今日は無理を言って貸し切りにさせてもらいました」
「おしゃれなところだね。貴族もよく来るお店なの?」
「ええ、よく来ますよ。平民もドレスコードさえ守れば来店できます」
「そうなんだ」
会話をしているうちに護衛騎士たちが合流してきた。
「クランツたち、お疲れ様。ゴンドラからちょっとだけ頭が見えてた」
笑顔の梛央に迎え入れられて、護衛騎士たちも自然と笑顔になる。
「小運河に入ったときにはお姿の見えない区間があって焦りました」
「そういうところがゴンドラに乗ってると見どころの場所なんだよ。すごく綺麗でかわいいところがいっぱいあって楽しかった」
その梛央の言葉だけで報われるマフダルと護衛騎士たち。
「さあさ、できましたよ。アツアツのうちにお召し上がりください」
恰幅のいい女主人が鍋掴みをして両手で持ってきたのは大きな鉄の平たい鍋だった。
それがテーブルの中央にドン、と置かれると、
「パエリア!」
上に貝やエビ、柑橘系のフルーツ、プチトマトのような野菜がのった湯気の立つ料理に梛央が歓声をあげる。
「エンロートではフレッツェンと呼んでいます。貴族の家でもたまに出る郷土料理です」
マフダルが説明したが、梛央の目は具材の下のつぶつぶに釘付けだった。
「お米がある!」
「ライスですね」
「まんまだ。僕のいた国の主食なんだ。こっちでも食べられるんだ」
「嬢ちゃま、ここのマナーをご存知で?」
感激する梛央を微笑ましく眺めながら女主人が尋ねる。
「坊ちゃまだよ? マナー?」
「あらあら、可愛らしい坊ちゃまで。アツアツのエビを手で剥いて食べるんですよ。手についた汁は舐める。包みパンは手で持って食べます。この店の料理を召し上がるのなら、貴族様にもそのマナーは守ってもらってますよ」
「はーい」
梛央が元気よく返事をすると、女主人は梛央の皿にフレッツェンをつぎわける。
エンゲルブレクト、ヴァレリラルドにも行き渡ったところで、3人は一斉に「いただきます」をした。
まず魚介のうまみをたっぷりに吸い込んだライスを一口食べて幸せそうな顔になった梛央は、女主人の言う通りにアツアツのエビを悪戦苦闘しながら剥いて、食べる。
「美味しい!」
笑顔を見せる梛央に女主人も満足そうに頷き、
「これがうちの名物の包みパンです」
梛央の皿にオーブンから出したばかりの包みパンを乗せた。
「あっつ」
熱さに苦労しながらパンを持って口に運ぶ。
中からトマトの酸味と濃厚なチーズが出てきて、
「中、ピザだ」
包みピザはなんという名前だっけ、と思いながらこの世界での初ピザに喜ぶ梛央だった。
「美味しい?ナオ」
ヴァレリラルドが尋ねる。
「うん。前の世界にもあって、大好きだったんだ。ここでも食べられて嬉しい。ね、女将さん?」
「はいな、坊ちゃま」
「みんなの分、ある? すごく美味しいから、みんなにも食べてもらいたい」
後ろで待機している護衛騎士たちを見ながら言うと、女主人はますます満足そうに頷いた。
「たくさん焼いてますよ。坊ちゃまのお気持ちですよ、騎士のみなさんも交代でたくさん召し上がれ」
女主人の言葉に護衛騎士からも歓声があがる。
「ナオ様はお優しい」
エンゲルブレクトが目を細める。
「美味しいものはみんなで食べるともっと美味しくなるって、母さんが言っ……」
梛央は琉歌を思い出して言葉がつまった。
「ナオ……」
ヴァレリラルドが労わるような眼差しを向ける。
泣きそうな顔になったことで梛央の置かれている状況を察した女主人が、
「それは料理が美味しくなる一番の秘訣ですよ。坊ちゃまのお母様は料理がお上手だったんですね」
柔らかな声音で話しかける。
「うん、上手だった」
「じゃあ、お母様の秘訣の加わったお料理を温かいうちに召し上がれ」
梛央は黙って頷いて、大きく口を開けて包みパンを食べる。
「あっつ」
言って笑った瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちて、
「熱かったですねぇ。たくさん召し上がれ」
女主人の言葉に、涙をごまかすように梛央は懸命に口を動かした。
「さあさ、騎士様たちも侍従の坊ちゃんも、こっちのテーブルで召し上がれ」
店の給仕たちが待機場所近くのテーブルに料理を運ぶと、交代しながら護衛騎士たちもエンロートの名物料理に舌鼓を打った。
マフダルに手を借りてゴンドラを降りた梛央の体が左右に揺れていた。
「まだゴンドラに乗ってるみたい」
波に揺られるのに慣れた体が、見えない波に身を任せているようだった。
「海じゃなくて運河ですよ。波なんてほとんどないのに、ナオ様は体の造りが繊細なんですよ」
笑いながらゴンドラを降りるテュコも二、三歩体がよろける。
「テュコも繊細だね」
梛央が笑うと、テュコは照れ隠しにふてくされた表情をする。
ヴァレリラルドは梛央たちを横目に、すたっ、と降り立ち、8歳侮りがたし、と梛央とテュコは思った。
後ろの護衛たちのゴンドラも到着し、マフダルは先導して桟橋から陸にあがる。
そこは芝草の茂る広場で、その周りには樹木が立ち並び、手前には花が咲いている。
広場には円形の白いテーブルと椅子がいくつか配置され、奥には平屋の大きな屋敷が見えた。
「ここで昼食の準備をしております。どうぞお席へ」
マフダルに促され、梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトは白いテーブル席についた。
「ここは?」
「エンロート名物の料理を出す夕凪亭です。今日は無理を言って貸し切りにさせてもらいました」
「おしゃれなところだね。貴族もよく来るお店なの?」
「ええ、よく来ますよ。平民もドレスコードさえ守れば来店できます」
「そうなんだ」
会話をしているうちに護衛騎士たちが合流してきた。
「クランツたち、お疲れ様。ゴンドラからちょっとだけ頭が見えてた」
笑顔の梛央に迎え入れられて、護衛騎士たちも自然と笑顔になる。
「小運河に入ったときにはお姿の見えない区間があって焦りました」
「そういうところがゴンドラに乗ってると見どころの場所なんだよ。すごく綺麗でかわいいところがいっぱいあって楽しかった」
その梛央の言葉だけで報われるマフダルと護衛騎士たち。
「さあさ、できましたよ。アツアツのうちにお召し上がりください」
恰幅のいい女主人が鍋掴みをして両手で持ってきたのは大きな鉄の平たい鍋だった。
それがテーブルの中央にドン、と置かれると、
「パエリア!」
上に貝やエビ、柑橘系のフルーツ、プチトマトのような野菜がのった湯気の立つ料理に梛央が歓声をあげる。
「エンロートではフレッツェンと呼んでいます。貴族の家でもたまに出る郷土料理です」
マフダルが説明したが、梛央の目は具材の下のつぶつぶに釘付けだった。
「お米がある!」
「ライスですね」
「まんまだ。僕のいた国の主食なんだ。こっちでも食べられるんだ」
「嬢ちゃま、ここのマナーをご存知で?」
感激する梛央を微笑ましく眺めながら女主人が尋ねる。
「坊ちゃまだよ? マナー?」
「あらあら、可愛らしい坊ちゃまで。アツアツのエビを手で剥いて食べるんですよ。手についた汁は舐める。包みパンは手で持って食べます。この店の料理を召し上がるのなら、貴族様にもそのマナーは守ってもらってますよ」
「はーい」
梛央が元気よく返事をすると、女主人は梛央の皿にフレッツェンをつぎわける。
エンゲルブレクト、ヴァレリラルドにも行き渡ったところで、3人は一斉に「いただきます」をした。
まず魚介のうまみをたっぷりに吸い込んだライスを一口食べて幸せそうな顔になった梛央は、女主人の言う通りにアツアツのエビを悪戦苦闘しながら剥いて、食べる。
「美味しい!」
笑顔を見せる梛央に女主人も満足そうに頷き、
「これがうちの名物の包みパンです」
梛央の皿にオーブンから出したばかりの包みパンを乗せた。
「あっつ」
熱さに苦労しながらパンを持って口に運ぶ。
中からトマトの酸味と濃厚なチーズが出てきて、
「中、ピザだ」
包みピザはなんという名前だっけ、と思いながらこの世界での初ピザに喜ぶ梛央だった。
「美味しい?ナオ」
ヴァレリラルドが尋ねる。
「うん。前の世界にもあって、大好きだったんだ。ここでも食べられて嬉しい。ね、女将さん?」
「はいな、坊ちゃま」
「みんなの分、ある? すごく美味しいから、みんなにも食べてもらいたい」
後ろで待機している護衛騎士たちを見ながら言うと、女主人はますます満足そうに頷いた。
「たくさん焼いてますよ。坊ちゃまのお気持ちですよ、騎士のみなさんも交代でたくさん召し上がれ」
女主人の言葉に護衛騎士からも歓声があがる。
「ナオ様はお優しい」
エンゲルブレクトが目を細める。
「美味しいものはみんなで食べるともっと美味しくなるって、母さんが言っ……」
梛央は琉歌を思い出して言葉がつまった。
「ナオ……」
ヴァレリラルドが労わるような眼差しを向ける。
泣きそうな顔になったことで梛央の置かれている状況を察した女主人が、
「それは料理が美味しくなる一番の秘訣ですよ。坊ちゃまのお母様は料理がお上手だったんですね」
柔らかな声音で話しかける。
「うん、上手だった」
「じゃあ、お母様の秘訣の加わったお料理を温かいうちに召し上がれ」
梛央は黙って頷いて、大きく口を開けて包みパンを食べる。
「あっつ」
言って笑った瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちて、
「熱かったですねぇ。たくさん召し上がれ」
女主人の言葉に、涙をごまかすように梛央は懸命に口を動かした。
「さあさ、騎士様たちも侍従の坊ちゃんも、こっちのテーブルで召し上がれ」
店の給仕たちが待機場所近くのテーブルに料理を運ぶと、交代しながら護衛騎士たちもエンロートの名物料理に舌鼓を打った。
107
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
使用人と家族たちが過大評価しすぎて神認定されていた。
ふわりんしず。
BL
ちょっと勘とタイミングがいい主人公と
主人公を崇拝する使用人(人外)達の物語り
狂いに狂ったダンスを踊ろう。
▲▲▲
なんでも許せる方向けの物語り
人外(悪魔)たちが登場予定。モブ殺害あり、人間を悪魔に変える表現あり。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。
ゆう
BL
八代秋(10月12日)
高校一年生 15歳
美術部
真面目な方
感情が乏しい
普通
独特な絵
短い癖っ毛の黒髪に黒目
七星礼矢(1月1日)
高校三年生 17歳
帰宅部
チャラい
イケメン
広く浅く
主人公に対してストーカー気質
サラサラの黒髪に黒目
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる