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第1部
届きますように
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「3つの環状運河を大運河といい、大運河と大運河を結ぶ細い運河や支流を小運河と言います。今から商業地区の小運河に入っていきます」
マフダルはそう言いながらゴンドラを大運河の半分ほどの幅の小運河に進ませる。
「マフダルはどうしてゴンドリエーレなの?」
後ろを向いてマフダルに尋ねる梛央。
「私はエンロートの貴族の出身なのですが、子供の頃はゴンドリエーレになりたくて、家を抜け出してゴンドラに乗っていました。知り合いのゴンドリエーレにゴンドラの操船を教えてもらったんです。私の親はそんな私に苦言を呈しながらもゴンドラをプレゼントしてくれたのです」
「マイゴンドラ!」
「おかげで今でも部下を乗せて漕いだり、部下に操船を教えたりしています」
「マフダルの親御さんはマフダルが好きなものをちゃんと理解してくれてたんだね。マフダルは、ちゃんとありがとうって言った?」
「はい。大感激してキスの雨を降らせましたよ」
「そか……」
晃成が追いかけてきてくれたのは、少なくとも梛央の好きなことを理解しようとしてくれたということで。
晃成や家族へのたくさんのありがとうを伝えられなかったことが心残りの梛央は、船のへりに左手をのせて、右手を水面に伸ばす。
「冷たいね」
「海に通じていますからね。水門があるので大きな魚はいませんが、小さな魚はいますよ。ナオ様、ここらが商業地区の小運河の見どころです」
マフダルの言葉で梛央が顔をあげると、まるで水面に浮かんでいるような建物が並んでいた。
水面とドアがほぼ同じ高さにあり、水面が地面のような錯覚を起こさせる。
「わぁ。すごいね」
「裏側に通りがあって、ちゃんとした玄関もありますが、ここからゴンドラの乗り降りをすることもできるんです」
「おもしろい、建物がどれもおしゃれ」
ヨーロッパの古い街並みを水上に再現したような光景に梛央が感激する中、ゴンドラは水上の街を通り抜ける。
「ここからオルヘルス運河に戻り、次は平民居住区の小運河に入っていきます」
一旦大運河に戻ったゴンドラは少し進んだところで平民居住区の小運河の1つに進路を取った。
土地が低いせいで視線の先に人々の暮らしが間近に見えて、時折見かける人たちの服装や髪型、庭先の花にも梛央は興味をひかれた。
小運河を挟んで建物と建物の間に渡されたロープにかかる洗濯物や、窓飾りに置かれたプランターの花が、昔の映画に出てくる一コマのようだった。
民家だろう建物は一軒一軒の間口は狭いが縦に長く、色とりどりのパステルカラーで、
「マフダル、どこもかしこもかわいいねぇ」
そう言ってあたりをきょろきょろと見回す梛央の方が可愛くて、エンゲルブレクトもヴァレリラルドもテュコも目を細める。
「エンロートを楽しんでいただけていますか?」
「うん、すごく。遷都した古都っていうから、街全体が歴史遺物なのかなって思ってたんだけど……魔獣に襲われたこともあるって聞いていたし……」
前の愛し子の話を聞いていた梛央は暗くて陰湿な街をイメージしていたが、実際のエンロートは情緒豊かな美しい街だった。
「かつては魔獣に襲われたこともありましたが、早い段階で修復されています。エンロートは王都ではなくなりましたが、美しい王都だった名残りを色濃く残しています。何より、美しい王都だったこの街を誇りに思ってエンロートの者たちは生きています」
「うん。すごくいいところだと思う」
それでも前の愛し子にとっては辛い記憶の街かもしれない。その思いは今の愛し子である自分が胸に残しておこうと思った。
きっと、街や人には罪がないはずだから。
梛央は胸の前で手を組むと、名前を知らない前の愛し子を思った。
ゆたかな水に 精霊のよろこびを
おどれ かぜ まえ はなよ
みなもにうつる月
てらせやみを ひかりあるかぎり
いとしい子らに 精霊のしゅくふくを
うたえ とり ゆけ そらへ
ふなでのあさの海
みちびけあすを いのちあるかぎり
愛し子を思って歌った歌は小運河の両脇の建物の連なりを越えて空へと響いた。
エンゲルブレクトは黙って歌う梛央を見つめ、ヴァレリラルドとテュコはその歌声に聞きほれている。
「美しい……」
その歌声を初めて耳にしたマフダルはオールを漕ぐ手をとめて感動し、梛央たちの後ろのゴンドラに乗るケイレブとサリアンは身を寄せて心地よく聴きいっている。
建物の窓が次々に開き、
「素敵な歌をありがとう」
「綺麗な歌声だったよ」
「すごく上手」
「歌のプレゼントをありがとう」
住民たちが鉢植えの花を摘んでは次々に梛央たちの乗るゴンドラに投げ入れた。
空から降ってくる花たち。
どうか名前を知らない愛し子に届きますように、と、梛央は願いながら見上げていた。
マフダルはそう言いながらゴンドラを大運河の半分ほどの幅の小運河に進ませる。
「マフダルはどうしてゴンドリエーレなの?」
後ろを向いてマフダルに尋ねる梛央。
「私はエンロートの貴族の出身なのですが、子供の頃はゴンドリエーレになりたくて、家を抜け出してゴンドラに乗っていました。知り合いのゴンドリエーレにゴンドラの操船を教えてもらったんです。私の親はそんな私に苦言を呈しながらもゴンドラをプレゼントしてくれたのです」
「マイゴンドラ!」
「おかげで今でも部下を乗せて漕いだり、部下に操船を教えたりしています」
「マフダルの親御さんはマフダルが好きなものをちゃんと理解してくれてたんだね。マフダルは、ちゃんとありがとうって言った?」
「はい。大感激してキスの雨を降らせましたよ」
「そか……」
晃成が追いかけてきてくれたのは、少なくとも梛央の好きなことを理解しようとしてくれたということで。
晃成や家族へのたくさんのありがとうを伝えられなかったことが心残りの梛央は、船のへりに左手をのせて、右手を水面に伸ばす。
「冷たいね」
「海に通じていますからね。水門があるので大きな魚はいませんが、小さな魚はいますよ。ナオ様、ここらが商業地区の小運河の見どころです」
マフダルの言葉で梛央が顔をあげると、まるで水面に浮かんでいるような建物が並んでいた。
水面とドアがほぼ同じ高さにあり、水面が地面のような錯覚を起こさせる。
「わぁ。すごいね」
「裏側に通りがあって、ちゃんとした玄関もありますが、ここからゴンドラの乗り降りをすることもできるんです」
「おもしろい、建物がどれもおしゃれ」
ヨーロッパの古い街並みを水上に再現したような光景に梛央が感激する中、ゴンドラは水上の街を通り抜ける。
「ここからオルヘルス運河に戻り、次は平民居住区の小運河に入っていきます」
一旦大運河に戻ったゴンドラは少し進んだところで平民居住区の小運河の1つに進路を取った。
土地が低いせいで視線の先に人々の暮らしが間近に見えて、時折見かける人たちの服装や髪型、庭先の花にも梛央は興味をひかれた。
小運河を挟んで建物と建物の間に渡されたロープにかかる洗濯物や、窓飾りに置かれたプランターの花が、昔の映画に出てくる一コマのようだった。
民家だろう建物は一軒一軒の間口は狭いが縦に長く、色とりどりのパステルカラーで、
「マフダル、どこもかしこもかわいいねぇ」
そう言ってあたりをきょろきょろと見回す梛央の方が可愛くて、エンゲルブレクトもヴァレリラルドもテュコも目を細める。
「エンロートを楽しんでいただけていますか?」
「うん、すごく。遷都した古都っていうから、街全体が歴史遺物なのかなって思ってたんだけど……魔獣に襲われたこともあるって聞いていたし……」
前の愛し子の話を聞いていた梛央は暗くて陰湿な街をイメージしていたが、実際のエンロートは情緒豊かな美しい街だった。
「かつては魔獣に襲われたこともありましたが、早い段階で修復されています。エンロートは王都ではなくなりましたが、美しい王都だった名残りを色濃く残しています。何より、美しい王都だったこの街を誇りに思ってエンロートの者たちは生きています」
「うん。すごくいいところだと思う」
それでも前の愛し子にとっては辛い記憶の街かもしれない。その思いは今の愛し子である自分が胸に残しておこうと思った。
きっと、街や人には罪がないはずだから。
梛央は胸の前で手を組むと、名前を知らない前の愛し子を思った。
ゆたかな水に 精霊のよろこびを
おどれ かぜ まえ はなよ
みなもにうつる月
てらせやみを ひかりあるかぎり
いとしい子らに 精霊のしゅくふくを
うたえ とり ゆけ そらへ
ふなでのあさの海
みちびけあすを いのちあるかぎり
愛し子を思って歌った歌は小運河の両脇の建物の連なりを越えて空へと響いた。
エンゲルブレクトは黙って歌う梛央を見つめ、ヴァレリラルドとテュコはその歌声に聞きほれている。
「美しい……」
その歌声を初めて耳にしたマフダルはオールを漕ぐ手をとめて感動し、梛央たちの後ろのゴンドラに乗るケイレブとサリアンは身を寄せて心地よく聴きいっている。
建物の窓が次々に開き、
「素敵な歌をありがとう」
「綺麗な歌声だったよ」
「すごく上手」
「歌のプレゼントをありがとう」
住民たちが鉢植えの花を摘んでは次々に梛央たちの乗るゴンドラに投げ入れた。
空から降ってくる花たち。
どうか名前を知らない愛し子に届きますように、と、梛央は願いながら見上げていた。
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