そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第1部

えーと、うーん。いいよ?(2回目)

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 「もうお腹いっぱい。すごく美味しかった」

 フレッツェンを一皿と包みパンを1つ、それにフルーツを使ったプリンのようなデザートを食べ終わった梛央はごちそうさまをした。

 「ナオにしてはよく食べたね」

 「まずまず、ですね」

 ヴァレリラルドとエンゲルブレクトも梛央の食事量を気にしていたらしく、ほっとしている。

 「ナオ様、私たちもいただきました。お気遣いありがとうございます」

 エンゲルブレクトの護衛騎士のヤルヴィが代表して梛央に挨拶にきた。

 「いつも護衛ありがとうって、他の騎士さんたちにも伝えてね」

 「恐れ多いことです。ありがとうございます。護衛騎士の励みになります」

 90度に腰を折るヤルヴィは、

 「ナオ様。食事をふるまっていただいた上にこのようなお願いをするのは厚かましいのですが」

 上体を起こしながら、言いづらそうに切り出す。

 「なに?」

 「さきほど、小運河沿いの通りで警護にあたっていた際にナオ様のお歌が聞こえてきました。少し距離がありましたのと移動していたということで、わずかしか聞こえませんでしたが、とても素晴らしかったです。よろしければもう一度お聞かせ願えないでしょうか」

 「いいよ」

 即答する梛央に、

 「少しくらい考えないと、護衛騎士も肩透かしくらっていますよ。相当な覚悟で話しかけたのでしょうから」

 テュコが苦笑しながら言った。

 「前もテュコに言われたのに、この国の慣習に慣れなくてごめんなさい。えーと、うーん。いいよ?」

 儀礼的に考えたふりをして、梛央は立ち上がる。

 言いたかったこととは少し違うが、そこが梛央の可愛いところなのでテュコは何も言わずに温かな目で見守っている。

 「あ、さっきの歌の前にね、カルムで聞いた歌をうたうね。雰囲気は違うけど、船つながりで」

 そう言うと梛央はみんなの前で一礼すると、リータの村で男衆たちが歌っていた歌を歌った。


 
 ようそろーようそぉーろー

 風がきたぞ 帆をあげろ

 ゆうべの酒が背中おす

 行く手は遥か水平線

 かもめ いるか クラーケン

 波に乗って 俺は行くぜ


 ようそろーようそぉーろー

 月の灯りで 波光る

 船乗りたちは夢のなか

 見張り台のてっぺんで

 可愛いあの子の夢を見る

 マリア リリー パトリシア

 いつかは帰る 待ってろよ



 梛央が歌い終わると、どっ、と歓声と拍手が起こる。

 「カルムには行ったことないけど、その歌は知ってますよ。海沿いの街でよく歌われていて、街ごとにちょっとずつ歌詞が違うんですよ。それにしても上手だねぇ、坊ちゃま。声もいいけど、坊ちゃまの歌は気持ちを楽しくさせてくれますね」

 女主人が絶賛すると、店の給仕たちも頷きながら拍手を続けている。

 「いつの間にそんな歌を習ったの?」

 リータの村ではほとんど一緒に行動していたヴァレリラルドが首を捻る。

 「習ってないよ。BBQしてた時に男の人たちが歌ってたのが聞こえてただけ」

 「確かに歌が聞こえてたような……。それだけで覚えられたんですか?」

 「うん。耳コピは得意なんだ」

 「ミミコピ……BBQやTPOといい、ナオ様のお国の言葉は難しいですね」

 顎に手を当てるエンゲルブレクト。

 「簡単だよ。正式には耳でコピーアンドペーストだから」

 「ミミデコピーアンドペースト、ですか。本当に難しいですね」

 そう言いながら笑うエンゲルブレクトに、梛央はもう一度息を整えて胸の前で手を組み、空を見上げる。


 ゆたかな水に 精霊のよろこびを

 おどれ かぜ まえ はなよ

 みなもにうつる月

 てらせやみを ひかりあるかぎり


 いとしい子らに 精霊のしゅくふくを

 うたえ とり ゆけ そらへ

 ふなでのあさの海

 みちびけあすを いのちあるかぎり


 梛央が組んだ手をほどき、両方の手のひらを上に向ける。

 フォルシウスにはそこからキラキラが現れてゆっくりと空に昇っていくのが見えた。

 愛し子は泉を浄化して、清浄な気から精霊が生まれる。

 そう言われていたが、愛し子そのものが精霊を生み出すことができることを目の当たりにしていた。

 「尊い……」

 フォルシウスは思わず、騎士ながら跪いて聖職者の礼を執っていた。

 神聖で清らかな空気があたりを満たしていた。

 「心が洗われるようですよ」
 
 女主人はエプロンで涙をぬぐいながら言う。

 「素晴らしい」

 エンゲルブレクトは立ち上がって拍手した。

 「エレクはさっきも聴いてたよ?」

 「ナオ様のお歌は何度聴いても素晴らしいですよ。何度称賛してもしきれないくらいです」

 「私もそう思うよ、ナオ」

 ヴァレリラルドも拍手を惜しまなかった。

 「ありがとう」

 はにかみながら、琉歌がリサイタルのラストで観客に向けてしていたように、左手を胸に、右手を人々に向けてゆっくりと左に流しながらお辞儀をする。

 それを見てさらに拍手が起こった。
 

 
 ゆったりとした昼食が終わると、再びゴンドラに乗りこむ。
 
 夕凪亭の女主人や給仕たちが手を振り、梛央も手を振りながら、ゴンドラはオルヘルス運河に戻る。やがて馬車を待たせている最初の地点に到着した。

 「マフダル、案内ありがとう。すごく楽しかった」

 梛央がお礼を言うと、

 「いい思い出になったよ、マフダル」

 「ご苦労だった。礼を言う」

 ヴァレリラルドとエンゲルブレクトもマフダルを労った。

 「ナオ様。古城までの道のりは馬上から街並みを眺めてはいかがですか? サンノキが張り切っています」

 馬車に乗り込もうとして少し躊躇した梛央にクランツが声をかけた。

 「サンちゃんに? 乗って帰ってもいい? 遠足は、家に帰るまでが遠足だから!」

 テュコに力強く宣言する梛央。

 「遠足ですか? 帰るまでですか?」

 「楽しいお出かけは、帰るまで楽しくていいはずだ、ってことだよ。テュコはミトちゃんに乗せてもらってね」

 「よくわかりませんが、ナオ様が望まれるならそうしましょう」

 「望む! ヴァル、僕サンちゃんと帰るから、古城でね」

 手を振られて、自分も馬で帰りたかったが、
 
 「わかった。私は叔父上と帰るから、古城で」

 ここは我慢して手を振り返すヴァレリラルド。

 梛央がエンゲルブレクトと馬車に同席して緊張するよりは、楽しそうに馬で帰ってくれた方がヴァレリラルドも嬉しかった。

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