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トラブルだらけの学園祭
52.地獄からの天国の代償
しおりを挟むきっと私はこの日のことをずっと忘れないだろう。
そう確信したミスコンは私の望み通りあっという間に終わってくれた。ライトアップされながらの自己紹介が終わったあと写真撮影の時間があって、女子は女子、男子は男子でと時間を分けてアピールもかねた雑談タイム。正直なにを話したかまったく覚えてない。だから最後に司会者が清き一票うんぬんを言ってくれたときは本当に嬉しくて泣きそうで、
「佐奈ちゃんお疲れ様っ!これ参加賞だよっ」
「ううっ、終わったあ……ほんとに終わったんだあ」
「さ、佐奈ちゃん……!?」
いまガチ泣き数秒前の状態だ。
地獄のような時間だったから千代先輩の眩しすぎる笑顔が心にくる。他の人にも参加賞を渡しに行ったり片付けの指示をだしたりと忙しいはずだから邪魔しちゃいけないのに、安心した反動がすごくて参加賞を受け取った手どころか足までガクガク震えてきた。見られるのはがらじゃないってことを痛感した。本当に無理。というかそれ以前に普通に怖かった。大勢に囲まれたあげく自分の発言のひとつひとつに注目がいくってすっごく怖い。紫苑先輩があんなに怖がるわけだ。これからはもうちょっとだけ優しくしよう……でもそのまえに自分がやばい。泣く。これ泣いちゃう。学校なのに泣いちゃう。でもだって凄く恥ずかしかったし怖かったし最悪だったし──
「頑張ったねえ」
ぎゅっ、と抱きしめられる。
しかもメンタルぼろぼろの私を気遣う千代先輩は「もう大丈夫、大丈夫」って天使みたいなことを言って頭まで撫でてくれて。
「佐奈あんた真顔で泣き続けるの怖いからやめなさい。千代さんありがとうございます。佐奈は私が面倒見るので安心してください」
「そう……?それじゃ佐奈ちゃん、これあげる。あとで食べてね」
ぼやける視界の向こうでにこーっと笑った千代先輩が私の手になにかを置いていった。あ!これパイナップルチョコだ!やった!
さっそく包みを開けて口の中にいれたら酸っぱいけど甘いパイナップルの味。うわー幸せー。千代先輩にあとでちゃんとお礼言おう。ああ、やっぱり風紀にも千代先輩みたいな先輩がほしかったなあ。
「さっきまで会場で不気味な笑いをしてたとは思えないほど幸せそうね」
「っう゛!せっかく忘れたところだったのに!」
「はい苺チョコ」
「え?へへーありがとーいただきまーす」
我ながら現金だなとは思うけどお菓子を食べてたらちょっとメンタル安定してきた。なにせ終わったんだ。マイクを向けられた瞬間テンパってふざけて話していたこと全部言って、雑談タイムでは「へへっ」と笑ってばかりだったことももう、終わったことなんだ。終わったんだ!
ハンカチで涙を拭って鏡を見ればメイクは落ちていなかった。今日はずっとこのままでいたかったからよかった。
「ところで……今日の投票で最終的に選ばれた3名は明日も出場なんだけど、毎年そっちのほうが内容は濃いらしいのよ。アンタ曰く嫌がらせで選ばれた人たちが除かれた本命どころが集まるわけだから当然だけど、逆をいえば嫌がらせで選ばれた人がいる前提でミスコン初日の内容はシンプルなものなのよね」
「へー美加は明日も出場するんじゃない?綺麗―って声あがってたのいっぱい聞いたよー?」
「嫌に決まってるじゃない。でも嫌がらせされたら分からないわね?佐奈、アンタ私に投票したでしょ」
「ええー?なんのこと?あ、見てみて参加賞ってミスコンに出場してるときの写真なんだね。結構嬉しい」
「アンタの書き癖知ってるのよ。それで?しらを切るなら東先輩に投票していたことを本人に「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
流せたと思ったらこれだ。平謝りしながらここにいるはずのない東先輩がいないかを確認してしまう。バレたらニッコリ笑いながら無言で見続けられそうで怖いんだよなあ。
「でも……出場したら面白そうだなって思ったのは確かだけど、私にとって美加はいちばん綺麗で可愛いから結局投票したよ?」
「……つまり?面白そうだけどミスコンに出てもおかしくない人を選んだってこと?」
「まあ、そうなるかなあ」
「風紀と生徒会が多く出場してるのも同じ流れよ。付け加えるならこういう事態が考えられるから風紀と生徒会にはいる奴もそれなりに整ってる奴が選ばれるらしいわよ」
「え」
「本当の苛めにならないためにですって。馬鹿らしいわよね。でもまあ一番面白いのがアンタにとって男子でそう思った相手は東先輩なのね?」
「え、その解釈はなんかやだなあ。安牌だったからに決まってるでしょー」
あははと笑いながらにっこり微笑む美加を見上げる。あ……この顔はなにかいろいろ考えてる顔だ……。嫌な予感がして美加の手をひこうとしたら逆に私の手が誰かに引っ張られる。美奈先輩だった。
「もうっ!終わるなりさっさと控え室に戻らないでちょうだいよ。探したじゃない!」
「え?なにか用事ですか?」
「……なによ、随分冷めてるじゃない」
「いやそんなつもりじゃ」
汗まで流して慌てた様子に驚いて聞き返せば美奈先輩は拗ねてしまったように口を尖らせて黙ってしまう。そしてポケットからなにかを取り出すと無言で突きだしてきた。
「これからなにかと会うこともあるでしょうし、連絡先ぐらい聞きたかったのよ。悪い?」
「え、ツンデレ……とは違うけど可愛い……」
「可愛いじゃなくて私は美女よ」
「うわあ」
気になるところはそこかと思いながらも携帯をとりだす私の口は勝手に緩んでいく。なにせ連絡先を交換しているあいだ美奈先輩は鼻から息をだしながら満足そうに笑っていて残念美人に拍車をかけている。
正直、面倒ごとがふりかかりそうだから関わりたくないとか思っていたけどそれを差し引いても美奈先輩は面白い。もっと仲良くなれたらいいなあ。
「明日の決勝戦頑張ってくださいね」
「もちろんよ!佐奈も私に投票しなさいよ!」
「美加が出場しなかったら絶対に美奈先輩を応援します」
「美加!?そいつね!そいつが園田美加でしょ!?」
隣でスッと温度が下がったのが分かって距離をとる。詰め寄ってくる美奈先輩を見る美加は笑顔を作っているけど目は完全に笑っていない。あれだ、刀くんと話してるときと同じテンションだ……。これはなにかあとで捧げものをしないと尾をひきそう……。
幸いないことに戻ってきた花先輩たちに宥められて美奈先輩は美加にからむのを止めてくれた。そして城谷先輩の提案で始まった服を着替えるまえの撮影会の楽しい時間にちょっとは流されてくれたのか、美加はツーショットを撮るときに「しょうがないわね」って激レアスマイルを見せてくれた。幸せ……。
しかも、だ。ウィッグと花飾りはさよならだけど、記念にと演劇部の先輩たちが可愛いヘアピンを駆使して髪を編み込みなおしてくれた。それがもう可愛くて先輩たちとまた写真撮影会。
地獄からの天国に私のテンションはどんどんあがっていって、控え室を出て合流した風紀委員面子ともまた写真撮影会。
「しーおーんっ!紫苑は私の隣っ!」
「城谷さんあのっ抱き着くのは」
「園田おまえもう少しミスコン盛り上げるために貢献してもよかっただろ」
「そういう糞野郎も毎年出てるわりに大して貢献したように思えなかったんですけど」
「辰!またあなた仏頂面して!適当でもいいから愛想ふりまいておきなさいって言ったでしょっ」
「五月蠅い」
「賑やかでいいねえ」
「もう引退するからって他人事かあ?東」
「え、だいちゃんそれ本当??」
「えー!じゅうちゃんまだ僕いろいろ途中までしか教えてもらってないよ!?」
「じゅうちゃんって東先輩のことー?刀ってセンス独特だねー」
「ちょっとおさないでくれませんか」
「あははーごめんなさーい。でももうちょっと詰めてくれないと入れないんですよー」
わいわいがやがや。
みんな思い思いに色んなことを話していて、でも「はいチーズ」の言葉にカメラを向いてパシャリ。そんな思い出の一枚が入った携帯を見れば今日だけでたくさん増えた色んな人の連絡先を見つけた。演劇部の先輩たちからはお疲れさまとか楽しかったねとか嬉しいハッピーな言葉がたくさん。花先輩と亜紀先輩はさっそくオススメのプチプラコスメをリンクつきで教えてくれていて、美奈先輩からは明日のミスコンの抱負を語る意味の分からないメッセージ、真奈は私がミスコンで冷や汗かきながらへらへら笑ってる写真を送って≪打ち上げで待ってるよ≫とからかってきてる。きっと打ち上げでも真奈とだったらミスコンのことを楽しく話せるだろう。そう思うと行くのを止めようかと考えた打ち上げが楽しみになってきた。
終わってしまったら楽しい思い出になるし、今日があってよかったって思うから不思議だよなあ。
波多くんからの返信を見つけたいまはすぐに打ち上げに行きたくなってしまった。
今日私が送った写真のお返しにとアップされていた秘蔵と思われる猫の肉球がアップになっている写真。これが送られてきたのは真奈の連絡から数分後だ。きっと打ち上げ中で、いろんな人に囲まれるもなにを話したらいいか分からず難しい顔をしながらなんとか距離をとって誰にも見られないように気をつけながら癒しを求めて猫の写真を眺めて、ついでに私に返信したというところだろう。波多くんも私のようにミスミスターが終わった瞬間まっすぐ控え室に向かって、そのあと打ち上げに行ったはずだ。もしかしたら誰かに連行されて行ったのかもしれない。
自分のことでいっぱいいっぱいだったけど他の人のを見るのは面白いかも。真奈ならミスミスターの一部始終をしっかり撮ってそう……やっぱり早く打ち上げに行こっと!
「──それじゃ、私そろそろ打ち上げに行ってきます」
「え!?佐奈ちゃんそれなら明人もつれてってあげて!」
「え……?でも打ち上げって……ああ!それじゃ藤宮くん行こっかー」
「あなた同じチームだということを忘れてましたね」
「ええー?藤宮くんは参加したいか微妙なところだなって思っただけですよー」
「ええ、参加するつもりはありません」
「またそんなこと言って!佐奈ちゃん明人つれてって。明人ってすぐ一人になろうとするんだよねー」
「おかんがいる……それならまあ、行こっかー」
意外と面倒見がいいらしい刀くんの願いを叶えるべく眉をひそめて駄々をこねる藤宮くんの手をひいて移動する。
「それじゃあまた明日です!」
「ちょっと手を離してください。ちょっと!」
わいわいがやがや。
みんな思い思いに色んなことを話していて、でも、私は頭のなか浮かぶ楽しそうな打ち上げに響くチッチッチッチッの音がおかしくて重たい荷物を引っ張りながら呑気に笑っていた。
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