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第一章 14歳の真実
10 証明
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「なんだ? それ」
富永は、背後からの岩崎の声にビクッとした。
これじゃまるで、自分が何か隠し事をしているみたいだな……。思わず苦笑いする。
「きのう加藤さんから預かったラブレターですよ。美咲ちゃん宛の。ほとんどは女の子からです」
「いや、それは判るんだが……。お前が今見ているやつもその一つなのか?」
「ああ、これですよね。やっぱり気になりますか?」
「だってよお、証明写真だろ? それ」
「はい。他のは大抵プリントシールですが、これだけは証明写真が貼ってありました」
「なかなかの器量だな。……証明写真か。プリントシールが変な進化をしたおかげで、かえって証明写真が意味を持つようになったな」
「……どういう意味ですか?」
「証明写真が、その名のとおり証明写真になったんだ。つまり『あなたの容姿はこれ以上でもこれ以下でもありません』ってな」
「……ああ、そうですね。プリントシールはもう、本当の顔の面影もないですよね」
「だろ?」
たしかに課長の言うとおりだ。今、証明写真には説得力がある。
容姿に自信があるのなら、ありのままを写したものを貼るべきだ。……しかし。
「……で、それは本当にラブレターなのか?」
「私も疑問です。これはまるで……履歴書、ですよね」
そうなのだ。沢山ある、いわゆる典型的なラブレターの中に何通か、履歴書のようなラブレターがあるのだ。
それらは、住所や生年月日はもちろん、所属している部活での成績、中間テストや期末テストの学年順位、一学期の通知表の内容などが事務的に記載されていて、およそ普通のラブレターの色合いとは異なっているのだ。
目を引くため……の一言で済ませられないほど、それらは異彩を放っている。
とりわけ、いましがた富永が見ていた一通はとびきりだ。両親の勤め先や肩書き、学歴まで書いてある。
そして本人の成績は……中の上、といったところか。両親とも一流と言ってよい経歴を持っているので、この子の成績は、やや見劣りして映る。
そして、この異形の恋文は、結びの言葉も格別だ。
どうか助けてください
……なんだろう、これは。この子は間違いなく、加藤美咲に救いを求めている。
いや、求めているのはあるいは許しか。いずれにしても、切迫感、悲壮感は十二分に伝わる。
この子、そして同じような手紙を書いている子は、加藤美咲に何をしてもらおうとしていたのか。
別の手紙には「私も仲間にしてください」という文面もあった。
仲間……。なんの仲間だろう。
なんの仲間にせよ、加藤美咲がその集団の中で頂点ないしは有力者であったことは疑うまでもないようだ。
「この子、身持ちも固いみたいだが、なにを助けてほしかったんだ?」
課長の疑問も同じらしい。富永は、自分の考えを整理するように答える。
「両親の経歴から考えると、この子の成績はちょっと物足りない気がするので……そうですね……勉強に関することかと」
「勉強? 勉強だったら自分ですりゃいいじゃねえか。勉強ってそういうもんだろ?」
「たしかにそうですが……美咲ちゃんは、私塾かなにかを開いていたのかもしれません」
「塾だと? 中学生が?」
「能力的には可能、だったと思います」
「何のためにだ?」
目的……か。加藤美咲が私塾を開いていたとして、その目的はなんだろう。
お金……か。しかし、中学生が教える私塾に月謝を出す親は奇特だろう。
ましてこれだけの経歴を持つ親ならば。
と、すれば……体か。加藤美咲が同性愛者だったとすれば、勉強を教える見返りに体を求めていたのかもしれない……が、これはおそらく違う。
加藤美咲は勉強など見てやらなくても、それこそ腐るほどのラブレターをもらっていたのだ。……擬似恋愛志向の同性から。
火曜日と木曜日は塾で部活を休むから……か。
加藤美咲はいったいどのような放課後を過ごしていたのだろう。
「でも……そうか。そういえば美咲ちゃんが勉強ができることが知られたのは、最近ですよね」
「そういやそうだな。一学期の期末テストから……だったか、実力を出したのは」
「はい、そう聞きました」
「たしか、それまでは理科だけまともな点をとっていたんだったな」
ん? ……それは初耳だ。
「そうなんですか? 私、聞いてませんよ」
「そうだったか? そうか、これは居酒屋で聞いたのか……」
「なんで理科だけ、点をとってたんですか?」
課長が苦い表情になった。
私に『加藤美咲になれ』と言った手前、言い漏らしを指摘された気分なのだろう。
「加藤は……たしか、好きだったんだろう、と言っていた、と思う」
「好きだった……って、何をですか?」
「だから……理科、だろう?」
「課長、理由になりますか? ……それ」
「……そういや、そうだな」
「……ですよね」
理科だけ……か。以前から、とは一年生の頃からということだろう。
好きだから、というのは、理科以外に得意がない場合にのみ成り立つ理由ではないのか?
少なくとも、私の感覚では、そうだ。
他に動機がある……。富永は直感した。
「……ああ、そうだ。少年の田代が今、東中の三年生を呼び出してるぞ。育成条例で」
富永の表情がよほど険しかったのか、岩崎が話題を変えてきた。
加藤美咲の上級生……。育成条例ということは、出会い系か。話を聞く価値はあるだろうか。
「話を聞くなら自分で上手く割り込め。それと、明日の16時に中間報告だ。加藤も呼んである」
そう言うなり、課長は自席に引き揚げてしまった。
……課長、逃げたな。しかもちゃっかり釘を刺して。
さて、どうしよう。
残り時間は限られている……。明日の報告までに加藤美咲に近かった女の子から話を聞きたい。
机の上にある履歴書の子か、いや、できれば通夜で号泣していた子に会いたい。
理科の件は……これも証明は明日か。
やはり、少年課で取調べを受けているという上級生から取りかかろう。予備知識くらいは手に入るかもしれない。
頭の中で段取りをつけた富永は机の上を片付けて、少年課の部屋へ向かった。
少年課のドアをくぐり、富永は使用中の取調べ室を小窓から覗く。
先輩の田代が、しっかり化粧した女の子と机を挟んで談笑している。……どうやって割り込もうか。
そもそも、この取調べの端緒は何だろうか……。
富永は少年課長席に向かう。
「失礼します」
「うん? ああ、富永さんか。どうした?」
「はい。あの……今、田代先輩が調べている女の子ですが、端緒は何ですか?」
「ああ、万引きだよ。3人共犯のね」
「……この子は逃げ遅れた、ということですね?」
「そう。逃げた二人を特定するために携帯を調べてみたら……ってやつだよ」
「何を万引きしたんですか?」
「化粧品だ。駅ビルのドラッグストアで」
「……いつ、ですか?」
「万引きは、たしか……ひと月ほど前だったかな?」
「名前は?」
「松野花梨」
「分かりました。田代先輩のあと、ちょっと借ります」
「え? ……あ、例の事故の件か?」
「はい」
「じゃあ仕方ないか。……富永さんなら大丈夫と思うけど、機嫌を損なってうちの事件を潰さないでくれよ」
「分かりました」
よし、だいたい話は分かった。
つまりこの子は友達と3人で万引きをしていて一人だけ逃げ遅れたのだ。
逃げた二人を特定するために携帯電話を調べたら、出会い系で男を釣っていた記録が出てきたのだ。
少年課長の心配そうな顔を尻目に富永はもう一度取調べ室に向かう。
再度、取調べ室の小窓を覗く。
まだ楽しそうに話をしている……。
まあ、育成条例については、この子はあくまで「被害児童」なのだから気楽なものだろう。不運はむしろ、こんな脇の甘い子に釣られた男の方だ。
黒髪で見た目は清楚……。今どきの子はみんな同じだ。
造られた清楚感……。外見で腹の色は判らない。
呑めるか……私に。いや、呑まなくてはならないのだ。
そろそろ終わりそうだ……。富永はタイミングを見計らってドアをノックした。
部屋の中の田代が振り返ってドアを少しだけ開く。
「……あれ? 富永? なんの用?」
「すみません田代先輩、ちょっとその子……話を聞いてもいいですか?」
「……ああ、構わないよ。ちょうど終わろうとしてたところだし。……おい花梨、お前また何かやらかしたのか? 刑事が話があるらしいぞ」
「はぁ? してねえし」
やはり偽りの清楚だ。第一声で判る。
「じゃあ富永、バトンタッチだ。俺の方は終わったから、帰していい。じゃあな花梨、なんだか知らんが正直に話せよ」
「だから、なんもしてねえしって言ってんだろ」
富永は田代と入れ替わる。松野花梨の警戒した目が富永に向けられた。
さっきまでの雰囲気とは一変している。
「……あんた、誰?」
「私は富永っていうの。刑事課よ」
「で、刑事が何の用?」
「心配しないでいいわ。ちょっと確認したいだけだから」
「確認?」
「うん。うちにあがってきた被害届から、防犯カメラの確認をしていたんだけど……花梨ちゃん、捕まる前にもやってない? ……万引き」
「は? 覚えてねえし」
「つまり、やったかもしれない?」
「だから覚えてねえって」
「そう。……じゃあいつか思い出すことになるかもね」
「……いつの分だよ」
よし、いけるかもしれない。
「あれ? 覚えてるの?」
「からかってんじゃねえよ! いつの分だよ!」
「…………からかわれてんじゃねえよ、簡単に」
「な……」
静かに口調を変えた富永に、松野花梨が一瞬怯む。
「たしかに今、あなたをからかった。けど、身に覚えがあることはよく分かった」
「なんだよ……。ホントにからかったのか?」
「ええそうよ。でも調べてみる価値がありそうね」
「マジかよ……。勘弁してよ」
「万引きといい、出会い系といい、あなた脇が甘過ぎるわ。悪人には向いてない」
「なんだよ、今度は説教かよ……」
松野花梨がげんなりした顔をする。
よし、攻撃性は削いだ。あとは如何様にもできる。
「そう、説教よ。誰も説教してくれる人いないでしょ、花梨ちゃん。たまには説教されなさい。だいたい貴女ねえ、言葉づかいに品が無さすぎよ」
「うわあ、まじ説教だし」
そうして富永は、延々と説教をしつつ、ときおり松野花梨の境遇に理解を示すフリなどをして、松野花梨と話ができる関係を素早く構築した。
そう、本性は怖がりなのだ、大抵は。
ただ、倫理観に問題があって、性に奔放なだけ。
話の中で松野花梨は体を売ることを「たかがセックス」と言った。そう、たしかに考え方次第だ。
頃合いをみて富永は本題に入る。
「あ、そういえば東中の子が事故に遭ってたよね?」
「……ああ、美咲ね」
おや? 加藤美咲を知っている感じだ。富永はもう少し惚けてみる。
「知ってる子? 同じ学年だったの?」
「いや、美咲はいっこ下、二年だった。でも有名だったよ」
「へえ、なんで有名だったの?」
富永の胸中に期待が芽生える。
「……美咲はボスだよ。二年の」
「ボス? ……つまり、リーダー的なもの?」
「全然違うよ。美咲はそんなんじゃない。……じゃあ、裏ボス、かな?」
「裏ボス?」
「うん。あいつ自身は目立ったことはやらないけど、全部知ってたっていうか、操ってたっていうか……」
「へえ、そんなに。って、知ってるとか操ってるとか、どうやって?」
「私も詳しくは知らないよ。でも、三年生にも結構いたし、美咲のID知ってる子」
「ID……って、SNSの?」
「そうだよ。二年生はほどんどのグループが、美咲のID入れてたみたいだよ。一応美咲に聞いてから」
「一応……ってどういうこと?」
「二年生はみんな、美咲と繋がってないと不安だったんだよ。裏ボスだし。IDはみんな知ってたけど、無断でグループに入れる訳にもいかないし」
「それで、その美咲ちゃんって子は、SNSでみんなとやり取りしてたのね?」
「違ったみたいだよ」
「え?」
「私のクラスの子……三年だけど、グループに美咲のID入れるとき、美咲に言われたらしいし」
「なにを言われたの?」
「『私、なかなか既読つけないし、つけても返事しませんよ』って。さすがにその子も『あいつ何様よ』って怒ってたけどね」
やはり加藤美咲は最新の携帯電話を持っていた。
それは予測してたけど、裏ボスとは……。
「で、なんで裏ボスになったの? その美咲ちゃんって子は」
「それは……分かんない。学年が違うしね。あ、そうだ、でもね富永さん」
「なあに?」
「さっき私に『悪人に向いてない』って言ったけど、美咲を見たら、たぶんそんなこと言わないよ」
「え? その子……悪かったの?」
それはさすがに意外だった。
「ううん、違うけど……なんかこう、危ない感じがしてた。だから私は関わらないようにしてた。……ねえ、もうやめようよ美咲の話は。……マジで怖いから」
富永は、背後からの岩崎の声にビクッとした。
これじゃまるで、自分が何か隠し事をしているみたいだな……。思わず苦笑いする。
「きのう加藤さんから預かったラブレターですよ。美咲ちゃん宛の。ほとんどは女の子からです」
「いや、それは判るんだが……。お前が今見ているやつもその一つなのか?」
「ああ、これですよね。やっぱり気になりますか?」
「だってよお、証明写真だろ? それ」
「はい。他のは大抵プリントシールですが、これだけは証明写真が貼ってありました」
「なかなかの器量だな。……証明写真か。プリントシールが変な進化をしたおかげで、かえって証明写真が意味を持つようになったな」
「……どういう意味ですか?」
「証明写真が、その名のとおり証明写真になったんだ。つまり『あなたの容姿はこれ以上でもこれ以下でもありません』ってな」
「……ああ、そうですね。プリントシールはもう、本当の顔の面影もないですよね」
「だろ?」
たしかに課長の言うとおりだ。今、証明写真には説得力がある。
容姿に自信があるのなら、ありのままを写したものを貼るべきだ。……しかし。
「……で、それは本当にラブレターなのか?」
「私も疑問です。これはまるで……履歴書、ですよね」
そうなのだ。沢山ある、いわゆる典型的なラブレターの中に何通か、履歴書のようなラブレターがあるのだ。
それらは、住所や生年月日はもちろん、所属している部活での成績、中間テストや期末テストの学年順位、一学期の通知表の内容などが事務的に記載されていて、およそ普通のラブレターの色合いとは異なっているのだ。
目を引くため……の一言で済ませられないほど、それらは異彩を放っている。
とりわけ、いましがた富永が見ていた一通はとびきりだ。両親の勤め先や肩書き、学歴まで書いてある。
そして本人の成績は……中の上、といったところか。両親とも一流と言ってよい経歴を持っているので、この子の成績は、やや見劣りして映る。
そして、この異形の恋文は、結びの言葉も格別だ。
どうか助けてください
……なんだろう、これは。この子は間違いなく、加藤美咲に救いを求めている。
いや、求めているのはあるいは許しか。いずれにしても、切迫感、悲壮感は十二分に伝わる。
この子、そして同じような手紙を書いている子は、加藤美咲に何をしてもらおうとしていたのか。
別の手紙には「私も仲間にしてください」という文面もあった。
仲間……。なんの仲間だろう。
なんの仲間にせよ、加藤美咲がその集団の中で頂点ないしは有力者であったことは疑うまでもないようだ。
「この子、身持ちも固いみたいだが、なにを助けてほしかったんだ?」
課長の疑問も同じらしい。富永は、自分の考えを整理するように答える。
「両親の経歴から考えると、この子の成績はちょっと物足りない気がするので……そうですね……勉強に関することかと」
「勉強? 勉強だったら自分ですりゃいいじゃねえか。勉強ってそういうもんだろ?」
「たしかにそうですが……美咲ちゃんは、私塾かなにかを開いていたのかもしれません」
「塾だと? 中学生が?」
「能力的には可能、だったと思います」
「何のためにだ?」
目的……か。加藤美咲が私塾を開いていたとして、その目的はなんだろう。
お金……か。しかし、中学生が教える私塾に月謝を出す親は奇特だろう。
ましてこれだけの経歴を持つ親ならば。
と、すれば……体か。加藤美咲が同性愛者だったとすれば、勉強を教える見返りに体を求めていたのかもしれない……が、これはおそらく違う。
加藤美咲は勉強など見てやらなくても、それこそ腐るほどのラブレターをもらっていたのだ。……擬似恋愛志向の同性から。
火曜日と木曜日は塾で部活を休むから……か。
加藤美咲はいったいどのような放課後を過ごしていたのだろう。
「でも……そうか。そういえば美咲ちゃんが勉強ができることが知られたのは、最近ですよね」
「そういやそうだな。一学期の期末テストから……だったか、実力を出したのは」
「はい、そう聞きました」
「たしか、それまでは理科だけまともな点をとっていたんだったな」
ん? ……それは初耳だ。
「そうなんですか? 私、聞いてませんよ」
「そうだったか? そうか、これは居酒屋で聞いたのか……」
「なんで理科だけ、点をとってたんですか?」
課長が苦い表情になった。
私に『加藤美咲になれ』と言った手前、言い漏らしを指摘された気分なのだろう。
「加藤は……たしか、好きだったんだろう、と言っていた、と思う」
「好きだった……って、何をですか?」
「だから……理科、だろう?」
「課長、理由になりますか? ……それ」
「……そういや、そうだな」
「……ですよね」
理科だけ……か。以前から、とは一年生の頃からということだろう。
好きだから、というのは、理科以外に得意がない場合にのみ成り立つ理由ではないのか?
少なくとも、私の感覚では、そうだ。
他に動機がある……。富永は直感した。
「……ああ、そうだ。少年の田代が今、東中の三年生を呼び出してるぞ。育成条例で」
富永の表情がよほど険しかったのか、岩崎が話題を変えてきた。
加藤美咲の上級生……。育成条例ということは、出会い系か。話を聞く価値はあるだろうか。
「話を聞くなら自分で上手く割り込め。それと、明日の16時に中間報告だ。加藤も呼んである」
そう言うなり、課長は自席に引き揚げてしまった。
……課長、逃げたな。しかもちゃっかり釘を刺して。
さて、どうしよう。
残り時間は限られている……。明日の報告までに加藤美咲に近かった女の子から話を聞きたい。
机の上にある履歴書の子か、いや、できれば通夜で号泣していた子に会いたい。
理科の件は……これも証明は明日か。
やはり、少年課で取調べを受けているという上級生から取りかかろう。予備知識くらいは手に入るかもしれない。
頭の中で段取りをつけた富永は机の上を片付けて、少年課の部屋へ向かった。
少年課のドアをくぐり、富永は使用中の取調べ室を小窓から覗く。
先輩の田代が、しっかり化粧した女の子と机を挟んで談笑している。……どうやって割り込もうか。
そもそも、この取調べの端緒は何だろうか……。
富永は少年課長席に向かう。
「失礼します」
「うん? ああ、富永さんか。どうした?」
「はい。あの……今、田代先輩が調べている女の子ですが、端緒は何ですか?」
「ああ、万引きだよ。3人共犯のね」
「……この子は逃げ遅れた、ということですね?」
「そう。逃げた二人を特定するために携帯を調べてみたら……ってやつだよ」
「何を万引きしたんですか?」
「化粧品だ。駅ビルのドラッグストアで」
「……いつ、ですか?」
「万引きは、たしか……ひと月ほど前だったかな?」
「名前は?」
「松野花梨」
「分かりました。田代先輩のあと、ちょっと借ります」
「え? ……あ、例の事故の件か?」
「はい」
「じゃあ仕方ないか。……富永さんなら大丈夫と思うけど、機嫌を損なってうちの事件を潰さないでくれよ」
「分かりました」
よし、だいたい話は分かった。
つまりこの子は友達と3人で万引きをしていて一人だけ逃げ遅れたのだ。
逃げた二人を特定するために携帯電話を調べたら、出会い系で男を釣っていた記録が出てきたのだ。
少年課長の心配そうな顔を尻目に富永はもう一度取調べ室に向かう。
再度、取調べ室の小窓を覗く。
まだ楽しそうに話をしている……。
まあ、育成条例については、この子はあくまで「被害児童」なのだから気楽なものだろう。不運はむしろ、こんな脇の甘い子に釣られた男の方だ。
黒髪で見た目は清楚……。今どきの子はみんな同じだ。
造られた清楚感……。外見で腹の色は判らない。
呑めるか……私に。いや、呑まなくてはならないのだ。
そろそろ終わりそうだ……。富永はタイミングを見計らってドアをノックした。
部屋の中の田代が振り返ってドアを少しだけ開く。
「……あれ? 富永? なんの用?」
「すみません田代先輩、ちょっとその子……話を聞いてもいいですか?」
「……ああ、構わないよ。ちょうど終わろうとしてたところだし。……おい花梨、お前また何かやらかしたのか? 刑事が話があるらしいぞ」
「はぁ? してねえし」
やはり偽りの清楚だ。第一声で判る。
「じゃあ富永、バトンタッチだ。俺の方は終わったから、帰していい。じゃあな花梨、なんだか知らんが正直に話せよ」
「だから、なんもしてねえしって言ってんだろ」
富永は田代と入れ替わる。松野花梨の警戒した目が富永に向けられた。
さっきまでの雰囲気とは一変している。
「……あんた、誰?」
「私は富永っていうの。刑事課よ」
「で、刑事が何の用?」
「心配しないでいいわ。ちょっと確認したいだけだから」
「確認?」
「うん。うちにあがってきた被害届から、防犯カメラの確認をしていたんだけど……花梨ちゃん、捕まる前にもやってない? ……万引き」
「は? 覚えてねえし」
「つまり、やったかもしれない?」
「だから覚えてねえって」
「そう。……じゃあいつか思い出すことになるかもね」
「……いつの分だよ」
よし、いけるかもしれない。
「あれ? 覚えてるの?」
「からかってんじゃねえよ! いつの分だよ!」
「…………からかわれてんじゃねえよ、簡単に」
「な……」
静かに口調を変えた富永に、松野花梨が一瞬怯む。
「たしかに今、あなたをからかった。けど、身に覚えがあることはよく分かった」
「なんだよ……。ホントにからかったのか?」
「ええそうよ。でも調べてみる価値がありそうね」
「マジかよ……。勘弁してよ」
「万引きといい、出会い系といい、あなた脇が甘過ぎるわ。悪人には向いてない」
「なんだよ、今度は説教かよ……」
松野花梨がげんなりした顔をする。
よし、攻撃性は削いだ。あとは如何様にもできる。
「そう、説教よ。誰も説教してくれる人いないでしょ、花梨ちゃん。たまには説教されなさい。だいたい貴女ねえ、言葉づかいに品が無さすぎよ」
「うわあ、まじ説教だし」
そうして富永は、延々と説教をしつつ、ときおり松野花梨の境遇に理解を示すフリなどをして、松野花梨と話ができる関係を素早く構築した。
そう、本性は怖がりなのだ、大抵は。
ただ、倫理観に問題があって、性に奔放なだけ。
話の中で松野花梨は体を売ることを「たかがセックス」と言った。そう、たしかに考え方次第だ。
頃合いをみて富永は本題に入る。
「あ、そういえば東中の子が事故に遭ってたよね?」
「……ああ、美咲ね」
おや? 加藤美咲を知っている感じだ。富永はもう少し惚けてみる。
「知ってる子? 同じ学年だったの?」
「いや、美咲はいっこ下、二年だった。でも有名だったよ」
「へえ、なんで有名だったの?」
富永の胸中に期待が芽生える。
「……美咲はボスだよ。二年の」
「ボス? ……つまり、リーダー的なもの?」
「全然違うよ。美咲はそんなんじゃない。……じゃあ、裏ボス、かな?」
「裏ボス?」
「うん。あいつ自身は目立ったことはやらないけど、全部知ってたっていうか、操ってたっていうか……」
「へえ、そんなに。って、知ってるとか操ってるとか、どうやって?」
「私も詳しくは知らないよ。でも、三年生にも結構いたし、美咲のID知ってる子」
「ID……って、SNSの?」
「そうだよ。二年生はほどんどのグループが、美咲のID入れてたみたいだよ。一応美咲に聞いてから」
「一応……ってどういうこと?」
「二年生はみんな、美咲と繋がってないと不安だったんだよ。裏ボスだし。IDはみんな知ってたけど、無断でグループに入れる訳にもいかないし」
「それで、その美咲ちゃんって子は、SNSでみんなとやり取りしてたのね?」
「違ったみたいだよ」
「え?」
「私のクラスの子……三年だけど、グループに美咲のID入れるとき、美咲に言われたらしいし」
「なにを言われたの?」
「『私、なかなか既読つけないし、つけても返事しませんよ』って。さすがにその子も『あいつ何様よ』って怒ってたけどね」
やはり加藤美咲は最新の携帯電話を持っていた。
それは予測してたけど、裏ボスとは……。
「で、なんで裏ボスになったの? その美咲ちゃんって子は」
「それは……分かんない。学年が違うしね。あ、そうだ、でもね富永さん」
「なあに?」
「さっき私に『悪人に向いてない』って言ったけど、美咲を見たら、たぶんそんなこと言わないよ」
「え? その子……悪かったの?」
それはさすがに意外だった。
「ううん、違うけど……なんかこう、危ない感じがしてた。だから私は関わらないようにしてた。……ねえ、もうやめようよ美咲の話は。……マジで怖いから」
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