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 数日後。『トルト』としてやってきたエストラント様は、しっかり変装をしてきていた。そう簡単にエストラント様だとは気が付けないだろう。
 ましてや、エストラント様がこんなところで働いているとは、貴族の誰もが想像しないだろうから、ソルヴェード様以上に正体がバレないかもしれない。
 逆に、ソルヴェード様が変装してこういう場所で働いている、と言われても、そこまで驚かれないかもしれない。だからといって、バレてもいいということにはならないが。

「『シル』がこの方がよいと言っていたからな」

 見た目が変わっていることにわたしが驚いたと勘違いしたのか、エストラント様がそう言ってきた。
 ……この感じ、情報の共有はされているのかな?
 今日はソルヴェード様が休みなので、確認をすることができないけれど、なんの準備もなしにここへ来た、ということは考えにくい。

 ただ、わたしのことを知っているのかは分からない。
 ……わたしのことをソルヴェード様が意図的に黙っていてくれたのなら、その方が面倒もないし、余計なこと聞くの、やめとこ。

「今日はシルくんいなくて残念でしたね」

 『イケメン兄弟店員』というのを売りにしたいらしい店長は、同じ日になるべくシフトを入れようとしていたようだが、初日からシフトが被らなかった。必要最低限の公務しかしていない、と言い切るソルヴェード様と違って、彼自身の公務や自主的な仕事、果ては婚約問題でも忙しいだろうから、そう簡単に時間を捻出できないのだろう。
 とはいえ、次回からは、ほぼ一緒にシフトが入っているんだけど。

 ちなみに、彼の教育係もわたしだ。
 わたし自身は今、店で働いている店員の中でも古株、というわけではないのだが、いかんせんシフトがほぼ毎日入っているため、一番教育係として融通が聞いてしまうのだ。

「構わない。店にも店の都合があるだろうからな」

 少し圧のある仏頂面のままだったが、言っていることはまともだった。ソルヴェード様のような愛想の良さは期待できないけれど、仕事自体ができない、ということはないだろう。元より、王族らしい――悪く言えば偉そうなところがあるエストラント様だが、割と上手くやれそうではないだろうか。

「それに、兄として、情けないところを弟に見られるわけにはいかない」

 成り行きのような形で働き始めたとはいえ、真面目に仕事をするつもりはあるようで何よりだ。

「分かりました。では、わたしも頑張って教えますね。次にシルくんが来たときに仕事ができるところを見せて驚かせましょう」

 わたしがそう言うと、彼はうなずいた。

「とりあえず、笑ってみてください。客商売ですから、愛想がいいことに越したことはありませんので」

 いつでもにこにこしているソルヴェード様ほどでなくとも、多少は笑って朗らかに接客できたほうがいいだろう、と思ってエストラント様に言ってみたのだが――。

「――こうか」

 随分と凶悪な笑みを浮かべていた。まるで悪役のようである。それに、口元は弧を描いているが、目が笑っていないし眉間に皺が寄っているしで、怒っているようにしか見えない。

「すみません、イケメン兄弟で売り出すと店長に言われているので、シルくんに寄せないほうがより広い客層に響くと思うので、やっぱり笑顔はなしの方向でお願いします。きっと不愛想なイケメンの方が硬派で素敵、という人もいると思うので」

 わたしはそうひねり出すのが限界だった。
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