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第8話
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やたらと装飾に金を使いたがることといい、古代の都市の公衆浴場を模した大浴場を作らせたことといい、この闘技場のオーナーであるキースチァ・オキャロルは派手好きだ。
その派手好きのおかげで足を伸ばしてもまだまだ余裕のある広い風呂に入れるのだから、文句を言う気にもなれないが。
クエルチアは南棟にある大浴場から城壁の上の通路を通って西棟に向かう。
この道は狭いが西棟までの近道だった。
ここを通らずに西棟に向かうとなると倍以上の時間がかかる。
今は夏も近く暖かいから風が心地よいなどとも思えるが、冬の雪の日などはこの帰り道が寒くてたまらない。
自分がここに来たのは冬だから毎日がそうだった。
距離と時間を取るか、暖かさを取るか、いつも悩みながら足早にここを通り抜けたことが懐かしい。
西棟にも風呂はあるのだが、皆が大浴場に行くためか使われていることを見たことがない。
大浴場の主な使用者となる闘士やその他の関係者が南棟に住むのだから南棟に大浴場があるのは効率的だが、生活に欠かせない風呂に不便を感じるのはどうにもよくない、などとクエルチアは考えていた。
だからといって自分一人のために西棟の風呂を沸かせ、などと言うつもりもないのだが。
西棟に入ると空気が流れることがなくなったからか、微かに腐臭が鼻をつく。
風呂場で念入りに洗ったのだが、鼻に染みついてしまったようだ。
もうしばらくはこの匂いと付き合わなければならないだろう。
明日にはとれるといいと思いながらホールの階段を上がり、広間を過ぎて自室に戻る。
ベッドに横になるがまだ八時だ。寝るには早すぎる。
夜も暗くなればやることもない。誰かと酒を酌み交わして語らうこともなければ、特にこれといった趣味があるわけでもない。食事も風呂に入る前に済ませてしまった。
あんな惨状を見れば常人ならば食欲も失せるところなのだろうが、戦場で似たような景色はよく目にするので慣れてしまった。
慣れないものがあったといえば、子供の亡骸だ。戦場に子供はいない。
彼らは荷馬車と共にどこかに行く途中で魔物に襲われたのだろう。
過ぎゆく日常の中の一日であったはずが、彼らはあの日突然に終わってしまった。亡骸すらも地に野晒しのまま、醜く腐っていくだけのものになってしまった。
不意にノックの音がして、クエルチアは思考を現実に引き戻す。
返事をしながらベッドから降りてドアを開ける。そこに立っていたのはディヒトバイだった。
髪が濡れていて、彼も帰ってきて早々に風呂に入ったのだろう。
「酒でも飲まねえか」
言いながら彼は持ってきた酒瓶を掲げた。
度の強いと言われる酒だ。
もう片方の手にはつまみの乗った皿もある。
今まで酒は苦手だったからそういう場から逃げていたが、ディヒトバイがこうして部屋を訪ねてくるのは初めてのことだった。この機会をふいにしたくない。少しの逡巡の後にクエルチアは頷いた。
「いいですよ、飲みましょう」
「すまねえな」
ディヒトバイは一言言うと軽く頭を下げて部屋に入った。
机に置いたままになっていた鞄をベッドに退けると、そこにディヒトバイが酒瓶とつまみの乗った皿を置く。
小さく切ったパンの上に調味料に漬けた鮭の切り身が乗っていて、フォークを使わないでも食べられるものだった。
「ほら」
酒をコップに注がれて渡されると、何でもないがコップの縁を合わせた。
双方が遠慮しているかのように、こつん、と静かな音を立てた。
ディヒトバイはぐっとコップの中身を一息に飲んだ。
それを見習ってクエルチアもマスクを取って酒を一口飲むと独特の苦みが広がり、無理に飲み下すと喉元が熱くなった。
元々酒を飲まない自分には味の判別しようもない。
それを和らげるようにつまみを口にすると、普通に口にするよりおいしく感じた。
クエルチアも元から話すほうではないのだが、こういう時に口数少ない二人ではどうやって過ごしたらいいのだろう。
酒に酔えばそれすら気にならないのかと思った矢先、ディヒトバイが口を開いた。
「そういえば、お前歳はいくつだ」
「歳、ですか」
年齢のことを聞いてきたディヒトバイは、まだ子供のことを引きずっているのだろうか。
「に、二十五です」
暗い話題にはならないでほしいと思いながらクエルチアは答えた。
あの風景を思い出しながら酒を飲んでもおいしくなるとは思えない。
「ディヒトさんは何歳なんですか」
話題を出される前にこちらから聞けばいいのだと思い直し、クエルチアは先手を打った。
ディヒトバイのことはわかっているようで全くわかっていないのだ。
年齢も、生まれた場所も何も知らない。
自分は彼について何も知らないから、今まで特別に良いこともなかったが悪いこともなかったのだとクエルチアは思った。
「俺は……、三十四か」
三十四歳。初めて知らされたディヒトバイの情報にクエルチアは心を躍らせて喜んだ。
落ち着いた雰囲気からすると四十でもいいのではと思ったが、戦うときの軽やかな動きを思い出すとそれくらいなのかもしれない。
この調子で色々聞けるのではないかと思い質問を考えたが、考えている間にディヒトバイが口を開いた。
「酒は苦手か?」
言われて、最初の一口しか口をつけていなかった手のコップを思い出す。
無理に酒を飲む気にもならず、ここは誤魔化すよりも素直に言っておいたほうがいいような気がした。
「実を言うと、あんまり得意じゃなくて……。つまみのほうが嬉しいです」
「正直だ」
ディヒトバイが笑ったような気がした。酒が入っているからだろうか。
「夕に採れたばっかの鮭だ。うまいだろう」
「はい、おいしいです。ここの厨房係は腕がいいですね。こんなにおいしいものを毎日食べられて、幸せです」
「週に一度しか仕事のねえ身には上等すぎる」
「でも力仕事を手伝ったり、手合わせをしたりしてますよ」
「そりゃそうだが、誰に言われたわけでもねえしな……」
「そうやって体を動かすことも、おいしいご飯を食べるのも体作りの一環ですよ。それで作った体で戦うんですから、仕事のうちです」
「いい屁理屈だ」
「屁理屈も理屈のうちです」
「自分で言うのか」
言ってディヒトバイはつまみを口にする。
それからは何でもないようなことを話していたと思う。風呂が遠くて困るとか、ディヒトバイも同じことを感じていたのかと知れて嬉しかった。
彼ばかりに飲ませるのも悪いと思い、少しずつだが酒を舐めるように飲んだ。
いつもより楽しく人と会話できたのは酒のせいか、ディヒトバイが珍しく部屋を訪ねてきたことに浮ついていたせいだろうか。
そのどちらでもあるような気がする。
持ってきた酒瓶は小さいもののそれでも一瓶を粗方飲み、つまみも全部食べ、互いに話すこともなくなってきた頃合いだった。
「なあ」
ディヒトバイは不意に立ち上がると部屋のベッドに腰掛けた。
「しないか」
言葉の意味がわかったのと劣情を持つのはほぼ同時だった。
立ち上がり、物欲しげに自分を見つめるディヒトバイに口づけをする。
もどかしいように互いに服を脱ぎ捨て、首筋に、胸に唇を降らせた。
ディヒトバイが部屋を訪ねてきたことも初めてだし、二人で酒を飲んだのも初めてだ。
彼がこうして直接行為に誘ってきたのも、無論初めてだった。
初めてだらけの夜を味わうかのように、クエルチアはディヒトバイの体を求めた。
「入れますよ」
言ってクエルチアは丹念に解した後孔に陰茎を宛てがって挿入した。
「んぅっ、あぁ、んっ……っ!」
貫かれながら固くなった乳首を摘まむように弄られて声をあげ、その様子にクエルチアは嬉しそうに目を細めた。
「あ、あぁっ、ふ……、うっ、んっ」
何もしなくても達しそうなほどに強く締め付ける体内は、乳首を強く刺激すると一層強くぎゅうと締まる。
乳首を刺激しながら彼の陰茎を扱いてやると、普段からは考えられないほどに乱れるのがクエルチアは好きだった。
女との経験もなく、行為に及ぶのはディヒトバイが初めてだった。
最初に怒られてからは香油を使って後孔を解しているが、それ以外行為について何を言われたことはない。
自分の愛撫や陰茎で彼がちゃんと快楽を得られているのだと思うと胸に安堵の気持ちが湧く。
ディヒトバイが体を震わせて達し、その締め付けにクエルチアが何度目かの精を体内に吐き出すとゆっくりと陰茎を引き抜く。
「……もっと」
耳元で囁くようにねだられ、返事の代わりに未だ熱を保つ陰茎を彼の中に埋め込んだ。
長い交わりの後、ディヒトバイは静かに口を開いた。
「……前に、なんでこんなところにいるのか聞いたろ」
そういえば出会った当初に尋ねたことがある。
魔鎧を持つ者といえば大体は貴族やそれに召し抱えられた騎士といった者たちで、傭兵になるというのは少ない。
戦場で戦う栄誉を捨てて見世物の戦いをするなど、自分には考えられない。
それをそのまま聞いてみたことがあった。
「お前と戦った戦のあと、別の街に向かってるときだ。道に賊だか魔物だかに襲われた家族の死体が転がってた。まだ小さい子供の死体もあった。それを見たときにわからなくなった」
「……わからなくなった?」
言いながら、また子供の亡骸だ、とクエルチアは思った。
「何かを守るためじゃねえ、金のために傭兵やってんだが、この家族のところに俺がいたら何かが変わってたんじゃねえか。そう思うと、何のために剣を持ってるのかわからなくなった。何かを斬るしか能のねえくせに」
なんと真面目な男なのだろう。
戦場で正確無比に人を殺す剣捌きをしていながら、名前も知らない通りすがりの家族を守れたはずと嘆くなど。
戦場で数多の死を目にしながら、彼の目は依然色褪せぬまま死を映すのだろう。
だから死に心を揺さぶられるのだ。
「それで、ここに?」
「ああ。丁度酒場で絡まれてるところを助けてもらったのもあって、一回だけのつもりで魔物と戦った。弱い魔物だったが、それを倒すだけで人が喜んだ。十年以上も戦場にいたが、そんな経験は初めてだった。それで、ここは腰を据えるにはいい場所だと思った」
「それまでは、ずっと一人だったんですか。どこか正規の軍とか、傭兵団に入るとか……」
「一人だ。ずっと」
そう答えるディヒトバイがそのまま消えてしまいそうに見えて、クエルチアは思わず手を伸ばしそうになった。しかし、そんな資格はないと思い留まる。
「一人がいい。誰かがそばにいるなんて、耐えられねえんだ」
その言葉は、まるで自分に言い聞かせるように。
ディヒトバイはそう言ったきり目を閉じて眠ってしまった。
今日の彼はいつになく饒舌だった。
酒のせいか。
亡骸のせいか。
そばに誰かがいるのが耐えられないなら、今こうして隣にいる自分は何なのだろう。
心を開かれているのか、何とも思われていないのか。
何だっていい、彼の近くにいられるのなら。
そう思いながらクエルチアも目を閉じた。
その派手好きのおかげで足を伸ばしてもまだまだ余裕のある広い風呂に入れるのだから、文句を言う気にもなれないが。
クエルチアは南棟にある大浴場から城壁の上の通路を通って西棟に向かう。
この道は狭いが西棟までの近道だった。
ここを通らずに西棟に向かうとなると倍以上の時間がかかる。
今は夏も近く暖かいから風が心地よいなどとも思えるが、冬の雪の日などはこの帰り道が寒くてたまらない。
自分がここに来たのは冬だから毎日がそうだった。
距離と時間を取るか、暖かさを取るか、いつも悩みながら足早にここを通り抜けたことが懐かしい。
西棟にも風呂はあるのだが、皆が大浴場に行くためか使われていることを見たことがない。
大浴場の主な使用者となる闘士やその他の関係者が南棟に住むのだから南棟に大浴場があるのは効率的だが、生活に欠かせない風呂に不便を感じるのはどうにもよくない、などとクエルチアは考えていた。
だからといって自分一人のために西棟の風呂を沸かせ、などと言うつもりもないのだが。
西棟に入ると空気が流れることがなくなったからか、微かに腐臭が鼻をつく。
風呂場で念入りに洗ったのだが、鼻に染みついてしまったようだ。
もうしばらくはこの匂いと付き合わなければならないだろう。
明日にはとれるといいと思いながらホールの階段を上がり、広間を過ぎて自室に戻る。
ベッドに横になるがまだ八時だ。寝るには早すぎる。
夜も暗くなればやることもない。誰かと酒を酌み交わして語らうこともなければ、特にこれといった趣味があるわけでもない。食事も風呂に入る前に済ませてしまった。
あんな惨状を見れば常人ならば食欲も失せるところなのだろうが、戦場で似たような景色はよく目にするので慣れてしまった。
慣れないものがあったといえば、子供の亡骸だ。戦場に子供はいない。
彼らは荷馬車と共にどこかに行く途中で魔物に襲われたのだろう。
過ぎゆく日常の中の一日であったはずが、彼らはあの日突然に終わってしまった。亡骸すらも地に野晒しのまま、醜く腐っていくだけのものになってしまった。
不意にノックの音がして、クエルチアは思考を現実に引き戻す。
返事をしながらベッドから降りてドアを開ける。そこに立っていたのはディヒトバイだった。
髪が濡れていて、彼も帰ってきて早々に風呂に入ったのだろう。
「酒でも飲まねえか」
言いながら彼は持ってきた酒瓶を掲げた。
度の強いと言われる酒だ。
もう片方の手にはつまみの乗った皿もある。
今まで酒は苦手だったからそういう場から逃げていたが、ディヒトバイがこうして部屋を訪ねてくるのは初めてのことだった。この機会をふいにしたくない。少しの逡巡の後にクエルチアは頷いた。
「いいですよ、飲みましょう」
「すまねえな」
ディヒトバイは一言言うと軽く頭を下げて部屋に入った。
机に置いたままになっていた鞄をベッドに退けると、そこにディヒトバイが酒瓶とつまみの乗った皿を置く。
小さく切ったパンの上に調味料に漬けた鮭の切り身が乗っていて、フォークを使わないでも食べられるものだった。
「ほら」
酒をコップに注がれて渡されると、何でもないがコップの縁を合わせた。
双方が遠慮しているかのように、こつん、と静かな音を立てた。
ディヒトバイはぐっとコップの中身を一息に飲んだ。
それを見習ってクエルチアもマスクを取って酒を一口飲むと独特の苦みが広がり、無理に飲み下すと喉元が熱くなった。
元々酒を飲まない自分には味の判別しようもない。
それを和らげるようにつまみを口にすると、普通に口にするよりおいしく感じた。
クエルチアも元から話すほうではないのだが、こういう時に口数少ない二人ではどうやって過ごしたらいいのだろう。
酒に酔えばそれすら気にならないのかと思った矢先、ディヒトバイが口を開いた。
「そういえば、お前歳はいくつだ」
「歳、ですか」
年齢のことを聞いてきたディヒトバイは、まだ子供のことを引きずっているのだろうか。
「に、二十五です」
暗い話題にはならないでほしいと思いながらクエルチアは答えた。
あの風景を思い出しながら酒を飲んでもおいしくなるとは思えない。
「ディヒトさんは何歳なんですか」
話題を出される前にこちらから聞けばいいのだと思い直し、クエルチアは先手を打った。
ディヒトバイのことはわかっているようで全くわかっていないのだ。
年齢も、生まれた場所も何も知らない。
自分は彼について何も知らないから、今まで特別に良いこともなかったが悪いこともなかったのだとクエルチアは思った。
「俺は……、三十四か」
三十四歳。初めて知らされたディヒトバイの情報にクエルチアは心を躍らせて喜んだ。
落ち着いた雰囲気からすると四十でもいいのではと思ったが、戦うときの軽やかな動きを思い出すとそれくらいなのかもしれない。
この調子で色々聞けるのではないかと思い質問を考えたが、考えている間にディヒトバイが口を開いた。
「酒は苦手か?」
言われて、最初の一口しか口をつけていなかった手のコップを思い出す。
無理に酒を飲む気にもならず、ここは誤魔化すよりも素直に言っておいたほうがいいような気がした。
「実を言うと、あんまり得意じゃなくて……。つまみのほうが嬉しいです」
「正直だ」
ディヒトバイが笑ったような気がした。酒が入っているからだろうか。
「夕に採れたばっかの鮭だ。うまいだろう」
「はい、おいしいです。ここの厨房係は腕がいいですね。こんなにおいしいものを毎日食べられて、幸せです」
「週に一度しか仕事のねえ身には上等すぎる」
「でも力仕事を手伝ったり、手合わせをしたりしてますよ」
「そりゃそうだが、誰に言われたわけでもねえしな……」
「そうやって体を動かすことも、おいしいご飯を食べるのも体作りの一環ですよ。それで作った体で戦うんですから、仕事のうちです」
「いい屁理屈だ」
「屁理屈も理屈のうちです」
「自分で言うのか」
言ってディヒトバイはつまみを口にする。
それからは何でもないようなことを話していたと思う。風呂が遠くて困るとか、ディヒトバイも同じことを感じていたのかと知れて嬉しかった。
彼ばかりに飲ませるのも悪いと思い、少しずつだが酒を舐めるように飲んだ。
いつもより楽しく人と会話できたのは酒のせいか、ディヒトバイが珍しく部屋を訪ねてきたことに浮ついていたせいだろうか。
そのどちらでもあるような気がする。
持ってきた酒瓶は小さいもののそれでも一瓶を粗方飲み、つまみも全部食べ、互いに話すこともなくなってきた頃合いだった。
「なあ」
ディヒトバイは不意に立ち上がると部屋のベッドに腰掛けた。
「しないか」
言葉の意味がわかったのと劣情を持つのはほぼ同時だった。
立ち上がり、物欲しげに自分を見つめるディヒトバイに口づけをする。
もどかしいように互いに服を脱ぎ捨て、首筋に、胸に唇を降らせた。
ディヒトバイが部屋を訪ねてきたことも初めてだし、二人で酒を飲んだのも初めてだ。
彼がこうして直接行為に誘ってきたのも、無論初めてだった。
初めてだらけの夜を味わうかのように、クエルチアはディヒトバイの体を求めた。
「入れますよ」
言ってクエルチアは丹念に解した後孔に陰茎を宛てがって挿入した。
「んぅっ、あぁ、んっ……っ!」
貫かれながら固くなった乳首を摘まむように弄られて声をあげ、その様子にクエルチアは嬉しそうに目を細めた。
「あ、あぁっ、ふ……、うっ、んっ」
何もしなくても達しそうなほどに強く締め付ける体内は、乳首を強く刺激すると一層強くぎゅうと締まる。
乳首を刺激しながら彼の陰茎を扱いてやると、普段からは考えられないほどに乱れるのがクエルチアは好きだった。
女との経験もなく、行為に及ぶのはディヒトバイが初めてだった。
最初に怒られてからは香油を使って後孔を解しているが、それ以外行為について何を言われたことはない。
自分の愛撫や陰茎で彼がちゃんと快楽を得られているのだと思うと胸に安堵の気持ちが湧く。
ディヒトバイが体を震わせて達し、その締め付けにクエルチアが何度目かの精を体内に吐き出すとゆっくりと陰茎を引き抜く。
「……もっと」
耳元で囁くようにねだられ、返事の代わりに未だ熱を保つ陰茎を彼の中に埋め込んだ。
長い交わりの後、ディヒトバイは静かに口を開いた。
「……前に、なんでこんなところにいるのか聞いたろ」
そういえば出会った当初に尋ねたことがある。
魔鎧を持つ者といえば大体は貴族やそれに召し抱えられた騎士といった者たちで、傭兵になるというのは少ない。
戦場で戦う栄誉を捨てて見世物の戦いをするなど、自分には考えられない。
それをそのまま聞いてみたことがあった。
「お前と戦った戦のあと、別の街に向かってるときだ。道に賊だか魔物だかに襲われた家族の死体が転がってた。まだ小さい子供の死体もあった。それを見たときにわからなくなった」
「……わからなくなった?」
言いながら、また子供の亡骸だ、とクエルチアは思った。
「何かを守るためじゃねえ、金のために傭兵やってんだが、この家族のところに俺がいたら何かが変わってたんじゃねえか。そう思うと、何のために剣を持ってるのかわからなくなった。何かを斬るしか能のねえくせに」
なんと真面目な男なのだろう。
戦場で正確無比に人を殺す剣捌きをしていながら、名前も知らない通りすがりの家族を守れたはずと嘆くなど。
戦場で数多の死を目にしながら、彼の目は依然色褪せぬまま死を映すのだろう。
だから死に心を揺さぶられるのだ。
「それで、ここに?」
「ああ。丁度酒場で絡まれてるところを助けてもらったのもあって、一回だけのつもりで魔物と戦った。弱い魔物だったが、それを倒すだけで人が喜んだ。十年以上も戦場にいたが、そんな経験は初めてだった。それで、ここは腰を据えるにはいい場所だと思った」
「それまでは、ずっと一人だったんですか。どこか正規の軍とか、傭兵団に入るとか……」
「一人だ。ずっと」
そう答えるディヒトバイがそのまま消えてしまいそうに見えて、クエルチアは思わず手を伸ばしそうになった。しかし、そんな資格はないと思い留まる。
「一人がいい。誰かがそばにいるなんて、耐えられねえんだ」
その言葉は、まるで自分に言い聞かせるように。
ディヒトバイはそう言ったきり目を閉じて眠ってしまった。
今日の彼はいつになく饒舌だった。
酒のせいか。
亡骸のせいか。
そばに誰かがいるのが耐えられないなら、今こうして隣にいる自分は何なのだろう。
心を開かれているのか、何とも思われていないのか。
何だっていい、彼の近くにいられるのなら。
そう思いながらクエルチアも目を閉じた。
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