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シミュレータ
しおりを挟むハルトはベッドの中で目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったらしい。部屋の中にシュイの姿は無かった。床に落ちたラバースーツを拾い上げて時間を見ると、ちょうどお昼時だった。
締め切りの近い実技があったことを思い出して、ノロノロとラバースーツとマントを着込む。
部屋を出るとシュイがソファに座ってゼリィを飲んでいた。ハルトのを飲んだはずだが、足りなかったのだろうか。
「シュイ...」
ハルトがおずおずと話しかけると、シュイは銀色のキューブから口を離して微笑んだ。
「ハルト、起きたのか」
「その、足りなかったのなら、僕もっと...」
「気にするな。まだ体が辛いだろう」
ハルトはそれ以上は何も言えずに曖昧に頷いた。
「...僕、フライトシミュレータの実技に行ってくるね」
「俺も行こう」
シュイが即答する。
「毎度付き合ってもらって悪いよ」
「俺が行きたいだけだ。先に食堂へ寄ってから行こうか」
食堂は混雑のピークを迎えようとして賑わっていた。シュイが空席を見つけて腰を下ろす。ハルトは少し迷ってシュイの隣の席に座った。シュイをちらりと見ると甘く微笑んでいる。
二人でリキッドを飲んでいると、向かい側の椅子がガタリと引かれた。
見上げるとゾルドとロイカが立っていた。
「仲良いね、お二人さん」
ロイカがニヤニヤしながらそう言って、ゾルドと二人で向かいの席に座った。
「見せつけてくれるじゃないか」
二人の視線が自分の首筋に向いていることに気づいて、ハルトは手を首筋に当てた。恥ずかしさに顔が赤くなる。
「シュイ、ずっと人を殺しそうな顔をしていたもんね。エンゲージできて良かったね」
ただのキスマークかと思っていたが、これはエンゲージしたという印なのだろうか。シュイに問いただしたいところだが、ここで聞くのも気が引けた。
「ちょっと失礼」
ロイカが身を乗り出してハルトの首筋に顔を近づける。
「本当だ。匂いが薄い」
「どれ」
ゾルドも同じようにしてハルトの首筋に顔を近づけた。
「確かに」
「俺には、前にも増して堪らなく良い匂いだがな」
シュイがハルトの黒い髪を一筋手に取り微笑んで言う。
「そうなの?あの、シュイと...したから?」
ハルトが更に顔を赤くして言うと、シュイが笑みを深くして答えた。
「そういうことだ」
「おお甘い。胸焼けするぜ」
ゾルドはそう言うとリキッドを飲み干すと席を立った。ロイカも続いて、じゃあねと言って行ってしまった。
「さあ、フライトシミュレータのフロアへ行こうか」
「うん」
そう高くは無い灰色の天井の下に、小部屋程の大きさのドーム型のシミュレータが並んでいる。
ゲームセンターみたいだとハルトは思った。
ドームの間をシュイと二人で歩き回るが、どのシミュレータも使用中のマークが赤く点灯している。
「混んでいるな。貸し切りにするか、後で出直そうか?」
「あ、ここは空いてるよ」
ハルトが指さしたのは旧型のフライトシミュレータだった。
「これで良いのか?」
「うん、カリキュラムをやったことになれば何でもいいよ」
二人乗りのシミュレータに横並びに乗り込むと、目の前のスクリーンにはFlight to Earthと表示されていた。
「地球への飛行?こんなのがあるんだね」
「ずいぶん古そうだが、俺も初めて見た」
ハッチを閉めてセーフティベルトを閉めると、目の前の操作パネルが光を放つ。機械音声とスクリーンの説明に沿って操作すると、上から操縦レバーが降りてきた。
メインの操縦者をハルトに設定し、操縦レバーを引くとスピーカーから轟音が鳴りシミュレータ全体が揺れ始める。そのままレバーを引き続けると、突然浮遊感に包まれた。
スクリーンは一面に砂嵐のような画像を映している。やっと轟音が止むとスクリーンは真っ黒になり操作パネルの明かりも消えて、シミュレータの中が真っ暗になった。
「...故障?」
「いや、宇宙空間に出たということだろう」
少しするとスクリーンの暗闇の中に青い点が現れた。じっと見ていると、点はやがて大きくなり、ようやくそれが地球だと判別できるようになった。
青い地球が近づいてくる。白く渦巻く雲がわずかに動いているのが見える。青い海に茶色と緑の大地。あれはフロリダ周辺だろうか。ハルトはスクリーンを複雑な思いで見つめた。シュイが楽園だと言った地球。だけど、本当は。
旧式のアラームが鳴り響く。再びスピーカーから轟音が鳴りシミュレータが振動を始めた。
シートが強い衝撃で揺れる。どうやら海に着水したようだ。
スクリーンには青色の海と空を背景に、Mission Completeとチープな文字が表示された。
「なんだ、地上には行けないんだね」
「…帰りたいのか、地球に」
「......帰れるなら、ね」
自分にとって決して楽園とは言えなかった地球。それでも、やはり人並みの愛着と懐旧の思いがあった。
ハッチを開けてシートから立ち上がると体がふらりと傾いた。シュイの逞しい腕が背中を支えてくれる。
「ありがとう」
「疲れたか?」
シュイが言いながらハルトの頬にキスを落とす。ハルトも背伸びをしてシュイの頬にキスを返した。
「少しね。部屋に帰ってちょっと休もうかな」
「俺は統制局から呼び出しだ。しばらく出掛けて来る」
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