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第九章

192.これ……。『ユディトの帰還』

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 メリージは、よっこらせっとわざとらしい掛け声をかけて、長椅子から腰を上げる。


「じゃあな。アンジェロ。天地創造リプロジェクトは今を持って終わりだ」


 そして、口が裂ける勢いで笑うと、最後にこう付け足した。


「序章がな」






 少し時間が過ぎた。

 今日は午前中はオレノ村で祖父の葬儀。

 午後からは、フィレンツェ郊外でアレッサンドロとユディトの埋葬。

 なかなかハードな一日だ。

 地下礼拝堂で、皆をせせ笑ったメリージは、あの後すぐに姿を消してしまった。


(じいちゃんを殺したのは自分じゃないとあいつは言い張っている。次に会った時、犯人の存在をちらつかせて、僕を焚き付けるはず。焦るな。チャンスはやってくる)


とサライはあてもなく動き出しなる自分を諌めて、葬儀に集中していた。




 あいつはアンジェロの側にまた姿を表す。

 天地創造リプロジェクトというものにこだわっていて、引き込もうとしているようだから。

 それは、死んだ人間を絵描きが復活させる壮大な計画。

 大麻のように魅惑的で、だからこそ手を出してはいけない。

 本能がそう言っている。





 フィレンツェ郊外の教会の控室には、正装姿のサライ、ヨハネ、アンジェロ。そして、レオとロレンツォがいた。

 アンジェロとロレンツォは一言も喋らない。

 アレッサンドロの最後を、首をはねることで終わらせた父親のことを許せないのだ。

 ピアノにも一切触れていない。

 この状況では、コンクールへの出場は無理かもしれない。




 やがて、レオが重苦しい控室の雰囲気に根を上げ、大嫌いな大親友に話しかけ始める。ずっとピリ付き続ける親子に挟まれて耐えられなかったらしい。


「おい。ロレンツォ。アレッサンドロの懐からとんでもないものが出てきたと先日、言ってやがったな。それは何だ?」

「RCを脅かすものじゃないよ」


 ロレンツォが油紙に包まれた物をスーツの内ポケットから取り出した。


「この場で皆に見せようと思って持ってきた」


 開くと、中身は小さな板絵だった。

 田畑をバスケットに掲げ男の頭部を入れて歩くメイド。その前を気だるい表情で剣を持って歩く青いドレスの女。


「これ……。『ユディトの帰還』」


 無言ストライキをしていたアンジェロがすぐに飛びついてきた。


「でも、ユディトさんが派手に割ってしまったはず。なのに、修理の継ぎ目が見当たらない」
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