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第三章

59.メリージ……だよな?

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「分かった。メリージって呼ぶって」

「あのクソみてえな組織のことを、オレは一日足りとも忘れたことはねえ。神の声を聴くために絵を描けと教え込まれた。精度を高めるために、命だって賭けるんだと。オレだって最初から死の審判だったわけじゃねえからな」

「知っているよ。死のレースの生き残りだってことは。……いずれ俺もそっち側に、回るんだと思っていた」

「よかったじゃねえか。やらずに済んで。実際、ガキどもに死を告げるのは辛いぜえ」


 メリージが組織を恨んでいるのは本当に思えた。しかし、死の審判は楽しげにやっていたように見えた。


「あの組織が、カルトや新興宗教組織だったならまだ高尚だ。本当のところは、お前が言うように贋作組織で、作品は本物と偽ってオークションに流れていた。今では大手オークションハウスでもよく見る。フランズのザザとかな。イギリスのリチャード・クリスティンは、お抱えの鑑定士が無能じゃねえらしいからまだ落札記録はねえ。でも、それも時間の問題だ」


 黙り込むとメリージが含み笑いをした。


「お前さ、こう思ったことはねえか?俺は、あそこで誰よりも絵を多く描かされてきた。じゃあ、それは今どこに?」


 そして軽く小首をかしげてみせる。

 オレは知っているぜ、と言いたいようだ。


「どうでもいいじゃないか」


 そう撥ね付けても、メリージは話し続ける。



 とても、楽しそうに。



「不思議なことに、お前が描いた最後の一枚以外の贋作は、美術マーケットからいっさい消えちまってんだよ。欲深なコレクターが一切合切集めて、人の目に晒らされないところに閉じ込めたみたいに」


 アンジェロは無言のまま、目を見開いた。


「気になるだろ?その謎を突き止めてから、せいせいした気持ちでこの館を去ろうぜ?え?パパに別れの挨拶をしたいからちょっと待って??安心しろ。そんなこと、絶、対、に、言いたくなくなるから」


 メリージの顔に邪気いっぱいの笑顔が広がる。

 この笑い方、忘れもしない。死の審判を告げるときの表情と同じだ。

 アンジェロは渾身の力でメリージを振り払った。部屋の扉を開け、廊下を走る。

 館のどこをどう駆けたのかはわからない。階下に降りたいのに、階段が見つからない。

 自分はそれほどまでにパニックを起こしているのだろうか。

 修復作業中の壁画や赤い鉄の梯子の傍を通り過ぎる。

 いつもは、最短で二階から一階へ行くから、こっち側の廊下は通ることがないのだ。

 目の端が、踊る民衆らを捉える。


「あっ」


 前のめりに転び、再び起き上がろうとしたときには、目の前に……。 


「メリージ……だよな?」


 鳥の巣頭が唇の端を上げ、嘘くさく笑っている。

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