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第三章
60.殺戮の天使様ってか。そのセンスだけは褒めてやる
しおりを挟む姿はそっくりなのに、目の前にいる男は中身がまるで違う別人に見えて、おかしな質問をしてしまった。
メリージは一瞬、アンジェロを見つめた後、
「お前、この館で暮らして何年だ?階下に降りなきゃ元の位置に戻ってくる回廊型だぞ?」
と言いながら手を伸ばしてきてカットソーの襟首を掴み廊下を引きずり始めた。
アンジェロは、散歩を嫌がる犬みたいに四つん這いになって床で踏ん張る。絨毯に爪を立てて引きずられるのを阻もうとしても無駄な努力だった。
「止めろ!」
ようやくメリージが止まった。すっかり伸びてしまったカットソーの襟首から手を離すと真横のドアにもたれた。
「ここ。入ったことねえだろ」
そして、取っ手を捻る。
再び、床にうずくまるアンジェロに再び手が伸びてくる。
「来るなっ。嫌だっ!」
「そう、言われてもなあ。オレには夢見がちなお前の目を覚まさせる責任があるんだよ。ホラ吹き王の腹黒さ、そして正体もその目でじっくり見てもらわねえと」
メリージは、アンジェロの腕を掴み、引っ立てていく。
メリージが天井に手を向けると、勝手に電気がついた。
「どうなっているんだ、その手?!」
アンジェロが聞いても「そのうち分かる」としか、メリージは答えない。
部屋はとにかく広く、天井が高い。ここは二階。この高さだと三階の床を取り払って吹き抜けにしたようだ。窓もそれに準じてかなり丈がある。
視界に入ってきた衝撃に、アンジェロは胸を押さえる。
「よく見ろ。見ろってっ!!」
メリージが寄ってきて、アンジェロの後頭部の髪を鷲掴みにして顔を上げさせる。目に映るのは、
籐の長椅子に寝そべる肉感溢れる裸婦像。
霧のかかった波打つ海を進む巨大な帆船。
街中でダンスに興じる大勢の男女。
タイトルは分からない。
絵描きの名前も知らない。
だが、どれもよく知っている絵だった。
何故なら、自分が経典を頼りに描かされた絵だからだ。
頭を掴んでいたメリージの手が離され、アンジェロはがっくりと床に膝をついた。
魂までもが出ていきそうだった。
「この絵一枚で、二人が死んでいる。ってことは、この部屋にある絵の枚数掛ける二がお前が殺したガキの人数だ」
「俺は殺していない!描けと言われたから描いただけだ」
「何度言わせる気だ?お前が描けば、他が死ぬ。んなこと、分かってただろ?そんなお前に、天使って名前を付けるホラ吹き王は皮肉のセンスがあるな。殺戮の天使様ってか。そのセンスだけは褒めてやる」
そして、メリージは小馬鹿にしたようなため息。
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