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第三章

57.お前は馬鹿だから、ホラ吹き王はさぞかし扱いやすいだろう

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 アンジェロが震え声で言うと、スリーナインが下品に鼻で笑う。


「お前に会いに。寂しかったろ?」

「俺はっ、用はないっ!!」

「いいなあ、そのみっともない悲鳴。お前のそういうとこ、好きだわ」

「ど、どんなに脅されたって、俺、え、絵なんて描かないからなっ!」


 スリーナインが静かに唇の端を引き上げる。

 そして、アンジェロの耳元で囁いた。


「お前を使って小遣い稼ぎするためにオレがやってきたって?」

「そ、それ以外考えられないだろっ?俺らがいたところは、宗教施設じゃなく、贋作組織だったって知っている」


 そこは年端も行かない子供らが大勢いて、三人一組になって強制的に模写をさせられるところ。

 見本の絵は経典と呼ばれ、本物そっくりに描く行為は神の声を聞くため。

 この世の地獄みたいに酷い場所だった。

 出来がいい一人には生き残る権利が与えれ、残る二人には死が与えられていたのだから。

 その死のレースは子供一人になるまで続き、アンジェロはその生き残り。スリーナインは絵の判定をする子供らの生殺与奪を握る側の人間だった。

 通称、死の審判。

 アンジェロの襟首から手を離したスリーナインが、ゆっくりと拍手する。


「じゃあ、話は早いな」


 スリーナインが再び、アンジェロの襟首を掴む。そして、寝室の方へと無理やり連れて行く。

 アンジェロは情けない声を上げた。


「頼むから帰ってくれ」

「帰れ?せっかく迎えに来てやったのに?オレを見捨てたお前を、オレは見捨てちゃいないのに?」


 まるで、言葉遊びだ。


「あのとき、スリーナインも助けてくれって、俺、父さんにちゃんと言った。でも、あの場にいなかったそうじゃないか」

「重度の火傷を負っていたなら死んだはず。そう聞かされたか?あの場にいなかったってのも、死んだってのもホラ吹き王の嘘な。だって、手下がライフルを向けて突撃してきた。もちろん、オレを蜂の巣にするために」

「……嘘だ」

「お前は馬鹿だから、ホラ吹き王はさぞかし扱いやすいだろう。でも、馬鹿は馬鹿なりに知恵が付いたようじゃないか」

 窓辺まで行ったスリーナインは、勉強机の袖に手をかけた。

 袖机の一番上から厚みのある茶封筒を取り出し、紙の束を取り出す。


「俺の周辺を嗅ぎ回ってたのか?いつから?」

「ずうっっっと前から。まあ、他にも野暮用があってな、フィレンツェにはしょっちゅう来ていた」


 スリーナインが、皮肉っぽい笑顔で片手で束を持ち、白紙の表紙をめくった。

 そこには『養子縁組解消の届出書』と書かれていて、


「あれ?アンジェロ・ディ・メディチってサイン入りだ」
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