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第三章
56.随分、オ・ト・ナになったなあ
しおりを挟むトンッ。
と勢いよく床に足をつける音がした。
誰かいる。
ざわり、ざわりと空気が揺れて、その人物が近づいてくるのが分かる。
鳥肌が、背中だけではなく全身にまで及ぶ。
―――――――ポーン。
背後から伸びてきた手が鍵盤の一つを押した。
続いて、アンジェロを背後から抱きかかえるようにして、もう片方の手も離れた位置の鍵盤を押す。
「よう」
耳元で、柔らかさとざらつきの混ざった独特の声がした。
反射的に喉が引きつる。悲鳴の欠片すら出てこない。
「随分、オ・ト・ナになったなあ」
息が、耳や頬にかかる。うぶ毛がチリチリと逆立つ。
相手が押し付けてくる上半身の体温を背中で感じる。
生身の人間なはずなのに、やけに冷たい。
それに、不規則な心音。
侵入者が、アンジェロの手の甲に手を重ねてきた。ジャーンという不協和音がピアノ室に響いた。
そして、もう片方の手も。
つるりとした皮膚の感触。それは、指紋が消えてしまったせいだろう。人助けなんてこの世で一番似合わないことをして、アンジェロより重度の火傷を負ったから。
「……ス、スリーナイン。生きていたのか?」
ようやく声を絞り出す。
相手は返事の代わりに、アンジェロのカットソーを襟首の後ろの部分を掴んできた。
喉が絞まる。身体はピアノの椅子から浮き上がり、一瞬で、窓横の壁に叩きつけられる。
眼下十五センチほどの位置に鳥の巣みたいなクセの強い髪型の男がいた。前髪は長く、視界を塞いでいる。
見た感じ、二十代半ばかそれより少し上。
八年前より猫背はひどくなったようで、姿勢の悪さが目立つ。そして、右の手首には999の三つの同じ数字が並ぶタトゥー。
男は記憶の中より遥かに小さかった。
それは、アンジェロが男の身長をこの八年の間で追い越していたからだ。
身体の厚みだって一目瞭然。
でも、男が詰め寄ってくると怖くて身動ぎ一つできない。
「オレの名前はメリージだって、別れ際に教えたよな?」
「わ、忘れていない」
男は、アンジェロの右手首のサポーターを無理やりめくって、9999と掘られたタトゥーを露出させた。
彼は、八年前の仲間……いや、支配者のようなものだった。
「今更、何しに来たんだ?」
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