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第二章

30.なんで、そこまでボロクソに言われなきゃならないんだ

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 そして、高いヒールをカツカツとせわしなく鳴らしてサライの側を通り過ぎ、ロレンツォのネクタイをぐいと掴んだ。そして、こちらを冷徹な目で睨みつけてくる。


「ロレンツォ。何なの、この生ゴミは?」


「もしかして、それ僕のことか?」


 サライは呆気に取られる。


「初対面だぞ。失礼すぎるだろ!?なんで、そこまでボロクソに言われなきゃならないんだ」

 ロレンツォに訴えると、女は、サライをギロっと睨んでさらに続ける。

「まだらな金髪はまるで、熟れすぎたとうもろこしの房。手触りはきっと手入れされてない短毛の犬並。それに酷い格好。裸の方がまだマシよ」

「やあ。イザベラ・デステ。いい夜だね」

 ロレンツォはネクタイを引っ張られながらも、胸に手を当て恭しく礼をする。

 誰にだってそんな姿、ふざけているようにしか見えない。


 イザベラが冷たい声を出す。

「何故、連れてきたの?」

「私の大親友がそう望むだろうからさ」


 ふんと、イザベラは鼻を鳴らし、ロレンツォのネクタイを力任せに離した。


「連れてくるならそれなりの格好をさせてきてちょうだい」

「安心して欲しい。サライはこれから着替えさせる」

「貴方のそのニヤケ面、本当に腹が立つわ。それに、何なの!そのだらしのない格好は!!」

 イザベラは自分でロレンツォのネクタイを引っ張り出したのに、ぶりぶり怒りながら直し出す。

 ロレンツォは「困ったもんだねえ。この御婦人はいつもこんな調子なんだ」というようにサライに視線を送ってくる。


 気づかないふりをした。


 どう見ても大嫌いなスノッブ層。きっと、日常会話で平気でシェイクスピアとか話題に出してくる。

 うわあ。鳥肌。

 一ミリも共通項が無さそう。


 サライは声を潜めて、ロレンツォに聞いた。

「あんた、オークションの参加者だろ?ここはどうみてもスタッフの部屋っぽい。でかい取引がある夜にこういうところに入り込んで良いのか?裏工作しているとか疑われないか?」

「問題ない」

 くだらない質問だねえというように、ロレンツォが肩をすくめる。


(こっちは、何も知らない部外者だっつの)


 心の中で怒っていると、イザベラの視線がサライに向けられた。

「勝手に入り込んでいるのはあなたでしょ!そんなみすぼらしい格好で!!」

「まあまあ、社長。いいじゃないですか。ロレンツォ公がサライをここに連れてきたってことは、遅かれ早かれオレらの同僚になるってことでしょうし」

とチャールズがイザベラをなだめると、彼女が鋭く返す。

「まだ、違うわ。だからこの子に余計なことは言わないように」
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