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第二章

31.僕までブラックタイ?断固として断る。こんなの着たくない

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(知りたくもねえわ。金持ち相手に商売している会社の秘密なんて。それに、ぶっといコネが無ければこんな会社、入れないだろ。ロレンツォ公が僕の就職先まで世話するとは思えないし)


と思っていると、


「そういえば、あなたもエヴァレットも数年前は見られたもんじゃなかったわね。今だって多少マシになったぐらいよ。自覚して頂戴」


とイザベラが見栄えだけは一級品といって差し支えない社員らに皮肉を言い始める。 


(パワハラだ。訴えてやった方がいい)


と二人に目だけで訴えると、先程のロレンツォみたいに軽く肩をすくめてくる。

 慣れっこのようだ。

 名物社長のパフォーマンスぐらいの感覚なのかもしれない。


(それにしても何なんだ、この会社)


 ここでは、誰しもがイタリア語だ。

 イザベラは母国語っぽいが、エヴァレットとリチャードは正統過ぎる発音と言葉遣いで違うと分かる。

 二百年以上前からイギリスにあるこのオークション会社の統括責任者はリチャード・クリスティン・ジュニアというイギリス男だし、イタリア語は英語や中国語と違ってものすごいメジャーな言語ではない。


 エヴァレットが肩先で振り返って、「ごめんね。騒がしくて」というように片目を瞑って見せる。軽く頷くとイザベラに気づかれないように軽く後ずさりして傍にやってきて、

「観衆からの脅迫電話にメール。放火予告に劇薬の送り付けと、今、社内はめちゃくちゃな状態でさ」


(なるほど。記録を塗り替えるオークションの上に、愉快犯らの対応でキリキリ舞いってことか)


 言いたいことだけいってイザベラが消え、サライは、エヴァレットとチャールズにとある部屋に連れて行かれた。

 白い長机に淡いライト付きの鏡。

 俳優のメイク室みたいだ。


 手渡されたのは細身のタキシード。


「これ着て。外で待っているから」

「僕までブラックタイ?断固として断る。こんなの着たくない」

「オークションが終わるまで、社長にこんこんと、私の城を汚さないで頂戴。とうもろこしの房野郎と言われ続けられてもいいのなら」

「……うぐっ」

「着替えるね?」


 黙って部屋に入る。

 ノロノロ着替えて、最後に苦労してタイを付けようといると、ノック音。


「できた?」


とエヴァレットが顔を覗かせる。彼の頭の上からはチャールズが、


「完全にスーツに着られているな」


 なんで、服ぐらい満足に着られないんだ、君はというような顔でエヴァレットが入ってきて、
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