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第四章
54:俺、これから死ぬ流れですかね?あと少し生きたいんですけど
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畳に突っ伏し、尚は呻くように言った。
「酒のせいで昔を思い出しちゃったみたいで」
「救世教団にいたときのことをか?」
尚は顔を上げる。
「俺は時雨さんに、新興宗教組織にいたとは言ったけれど、名前までは告げていない」
すると、時雨が「ふっ」と笑う。
「あの大股開きの罰。脱会した信者が虐待として訴えて、何件も裁判になっている」
「……そんな、いつ?何で、氷雨さんはそんなことを知っているですか?」
尚はニュースをあまり見ることがない。
物心ついた時に、母親が救世教団に入信し、テレビは捨てられてしまった。
脱会してから少しは見ることもあったが、バラエティの馬鹿騒ぎもドラマも楽しめなかった。
携帯にも、政治家の贈収賄やサッカーのワールドカップの話題が流れてくるが、別世界の話は興味が持てない。
「それは、俺が神様だからだ。情報を集めようと思えば入ってくる。だが、救世教団は政治家やマスコミとも繋がっているから、情報統制が容易だ。だから、お前の耳や目には入らなかった」
「裁判、勝ったんですか?」
「ああ。賠償金も相当額だったと記憶している」
「俺以外にも戦ってる人がいたんだ」
尚はその声が漏れないよう口元を覆った。
「お前も物凄いトラウマになっているだろうが、まだマシな方。精神的苦痛で性器が使い物にならなくなったとか、神経組織までぶっ壊されたとか聞いたことがあるからな。虐待を他者と較べて軽い、重い言われたくないだろうし、こういう慰め方もどうかと思うが、俺はこういう言い方しか知らん。時雨は時雨でどうお前を慰めようかと思っているだろうし、翠雨は今頃、医学書でもめくってるんじゃないか?」
「……そんなの……おかしい」
と尚は呻いた。
「時雨さんにも翠雨さんにも言ったけれど、なんで、そんなに優しくしてくれるんですか?今朝のことだって、こいつ、他人の足でオナってって笑えばいいのに。昨晩のことなんて、こいつ、股開いてあそこを叩いてだなんてマゾかよって言えばいいのに」
「言われて喜ぶタイプなのか?」
「……違いますけど」
尚は身を守るようにして両手で頭を抱える。
「せっかく銭湯連れて行ってもらって、左目のことだって心配してもらったけれど、ついてきたら殺すって捨て台詞を吐いて出てきてしまった」
「俺たちは神様で、出会うべくして出会った人間を助ける。それは息を吸って吐くのと同じぐらい意識せずに出来ることだ。お前がそれを、何か裏がある、騙されると思って俺たちの親切を受け取るのを恐れているだけ。でも、それはお前の処世術。だから、今まで生きてこれた。満身創痍でもなんとか」
「あの……満身創痍って何ですか?」
「今のお前みたいの状態。身も心もボロボロな」
伏せたまま顔を上げられずにいると、頭に氷雨の手が置かれた。
犬でも撫でるみたいに、ぐいぐいと撫でられる。
時雨の優しい手とは少し違うが、これもまた気持ちがいい。
「お前は頑張って生きてきた。極論、それだけだ」
「俺、これから死ぬ流れですかね?あと少し生きたいんですけど」
「俺は死神じゃないんだが。あれは、西洋の神の担当領域」
冗談なんか、本気なのか、一定の調子で喋る氷雨の声色では尚には分かりかねた。
「まあ、飲め」
顔を上げると、酒のようにカルピスを勧められた。
一口、飲んで、
「濃っ!」
「俺的にはかなり薄めたはずなんだがな。通報レベルで濃いってよく言われる」
尚のコップに水を足し、氷雨は立ち上がる。
「お前はここでゆっくりしていろ。クレが来てうるさかったら、そこに追いやっておけ」
時雨が示したのは、絞ったホイップクリームみたいな形をし、前面に口のような穴の空いた変な入れ物だった。
「酒のせいで昔を思い出しちゃったみたいで」
「救世教団にいたときのことをか?」
尚は顔を上げる。
「俺は時雨さんに、新興宗教組織にいたとは言ったけれど、名前までは告げていない」
すると、時雨が「ふっ」と笑う。
「あの大股開きの罰。脱会した信者が虐待として訴えて、何件も裁判になっている」
「……そんな、いつ?何で、氷雨さんはそんなことを知っているですか?」
尚はニュースをあまり見ることがない。
物心ついた時に、母親が救世教団に入信し、テレビは捨てられてしまった。
脱会してから少しは見ることもあったが、バラエティの馬鹿騒ぎもドラマも楽しめなかった。
携帯にも、政治家の贈収賄やサッカーのワールドカップの話題が流れてくるが、別世界の話は興味が持てない。
「それは、俺が神様だからだ。情報を集めようと思えば入ってくる。だが、救世教団は政治家やマスコミとも繋がっているから、情報統制が容易だ。だから、お前の耳や目には入らなかった」
「裁判、勝ったんですか?」
「ああ。賠償金も相当額だったと記憶している」
「俺以外にも戦ってる人がいたんだ」
尚はその声が漏れないよう口元を覆った。
「お前も物凄いトラウマになっているだろうが、まだマシな方。精神的苦痛で性器が使い物にならなくなったとか、神経組織までぶっ壊されたとか聞いたことがあるからな。虐待を他者と較べて軽い、重い言われたくないだろうし、こういう慰め方もどうかと思うが、俺はこういう言い方しか知らん。時雨は時雨でどうお前を慰めようかと思っているだろうし、翠雨は今頃、医学書でもめくってるんじゃないか?」
「……そんなの……おかしい」
と尚は呻いた。
「時雨さんにも翠雨さんにも言ったけれど、なんで、そんなに優しくしてくれるんですか?今朝のことだって、こいつ、他人の足でオナってって笑えばいいのに。昨晩のことなんて、こいつ、股開いてあそこを叩いてだなんてマゾかよって言えばいいのに」
「言われて喜ぶタイプなのか?」
「……違いますけど」
尚は身を守るようにして両手で頭を抱える。
「せっかく銭湯連れて行ってもらって、左目のことだって心配してもらったけれど、ついてきたら殺すって捨て台詞を吐いて出てきてしまった」
「俺たちは神様で、出会うべくして出会った人間を助ける。それは息を吸って吐くのと同じぐらい意識せずに出来ることだ。お前がそれを、何か裏がある、騙されると思って俺たちの親切を受け取るのを恐れているだけ。でも、それはお前の処世術。だから、今まで生きてこれた。満身創痍でもなんとか」
「あの……満身創痍って何ですか?」
「今のお前みたいの状態。身も心もボロボロな」
伏せたまま顔を上げられずにいると、頭に氷雨の手が置かれた。
犬でも撫でるみたいに、ぐいぐいと撫でられる。
時雨の優しい手とは少し違うが、これもまた気持ちがいい。
「お前は頑張って生きてきた。極論、それだけだ」
「俺、これから死ぬ流れですかね?あと少し生きたいんですけど」
「俺は死神じゃないんだが。あれは、西洋の神の担当領域」
冗談なんか、本気なのか、一定の調子で喋る氷雨の声色では尚には分かりかねた。
「まあ、飲め」
顔を上げると、酒のようにカルピスを勧められた。
一口、飲んで、
「濃っ!」
「俺的にはかなり薄めたはずなんだがな。通報レベルで濃いってよく言われる」
尚のコップに水を足し、氷雨は立ち上がる。
「お前はここでゆっくりしていろ。クレが来てうるさかったら、そこに追いやっておけ」
時雨が示したのは、絞ったホイップクリームみたいな形をし、前面に口のような穴の空いた変な入れ物だった。
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