55 / 169
第四章
55:宗教臭いって、そもそもここ神社か
しおりを挟む
「何ですか、このスライムみたいなの」
「スライム?お前、表現が独特すぎるな?猫ちぐらという。稲わらを編んで作った猫のゆりかごだ」
氷雨が社務所を出ていきかけたので、尚は慌てて聞いた。
「俺、本当にここにいていいんですか?」
「どうせ、帰り方も分からんだろうが。俺はこれから御神地で茄子の呪いと戦ってくる」
「御神地?茄の呪い?」
氷雨がいなくなり、尚は少しずつ落ち着いてきた。
「知られなくていいことを三人には知られちゃったなあ」
そのことに深く自分は傷付いているようだ。
新興宗教の二世というだけでも、恥ずかしいのに。
脱会してからも、地べたを這いずり回るような情けない生き方しかしてこれなかったのに。
たぶん、自然体で物が言える彼らが羨ましいのだ。
ひもじさを知らない、情けをかける側の彼らが憎らしいのだ。
起き上がるのも億劫で、畳に根が生えて同化してしまえばいいのにと思ってしまう。
決行日まであと五日。
なのに、ナイフすら用意出来ていない。
行き先は飛騨。
相手がその日、そこにいるのは分かっている。
尚の事を利用したくて堪らないだろうから、絶対に派手な演出をしてくるはずだ。
お涙頂戴のクソみたいな演出を。
そうしたらそのとき、自分は……。
何度と想像してきたことだが、飽きること無く楽しい。
こんな想像を神社の社務所でしてはいけないだろうが、止まらないのだ。
特に今日みたいな日は。
ヒーローになりたいわけじゃない。
ただ、自分の気持ちをナイフを使って態度で示したいだけだ。
「もうちょっとたったらアパートに帰ろう」
そこで深海より深く落ち込めばいい。
いつもの携帯いじりで、どす暗い想像をして興奮を味わえばいい。
時雨とももう顔を合わさないで済む。
神様スタンプとか救済チャンスとか、新興宗教臭いワードに振り回されずに済む。
親切の押し売りにも辟易としなくていい。
尚は自分の唇に手を押し当てた。
「キスももう無い」
背中を撫でられることも腕枕も。
一緒に御飯を食べることもテレビを見ることも。
暑い暑いと言いながらどこかに出かけることも。
「それは……悲しい……なあ。何でだろう」
早朝からの嵐のような出来事に尚は眠気を覚えていた。
初めてきた場所だが、氷雨が聖域と言ったように、ここはとても安心する。
聖域って宗教臭い言葉、あまり好きではないが。
「宗教臭いって、そもそもここ神社か」
一瞬、深く眠ったらしい。
カリカリと戸を引っ掻く音がして、細く開けると白猫が骨など存在しないかのように隙間をするすると入ってきた。
「クレさん」
猫ちぐらに入りかける白猫に呼びかける自分の声は想像以上に弱々しかった。
異変を察知したのか白猫は尚の側にやって来て、尻尾で顔を撫でてから、隣に手足をしまう香箱座りでまず座る。
「あれ、俺、慰められている?平気だよ。元気になったし」
白猫の小さな頭を撫でると、「グウグウグウ」と面白い音を身体から出す。
「猫ってゴロゴロ喉を鳴らすだけじゃないんだ?俺、本当に物を知らないな。参道もさ、真ん中は神様の通り道だから通っちゃいけないんだって。社務所の品物も売り物じゃなく授与品だって」
白猫を撫で続けると、尚の手が気持ちよかったのかゴロンと身体を投げ出しされるがままになってくれた。
「スライム?お前、表現が独特すぎるな?猫ちぐらという。稲わらを編んで作った猫のゆりかごだ」
氷雨が社務所を出ていきかけたので、尚は慌てて聞いた。
「俺、本当にここにいていいんですか?」
「どうせ、帰り方も分からんだろうが。俺はこれから御神地で茄子の呪いと戦ってくる」
「御神地?茄の呪い?」
氷雨がいなくなり、尚は少しずつ落ち着いてきた。
「知られなくていいことを三人には知られちゃったなあ」
そのことに深く自分は傷付いているようだ。
新興宗教の二世というだけでも、恥ずかしいのに。
脱会してからも、地べたを這いずり回るような情けない生き方しかしてこれなかったのに。
たぶん、自然体で物が言える彼らが羨ましいのだ。
ひもじさを知らない、情けをかける側の彼らが憎らしいのだ。
起き上がるのも億劫で、畳に根が生えて同化してしまえばいいのにと思ってしまう。
決行日まであと五日。
なのに、ナイフすら用意出来ていない。
行き先は飛騨。
相手がその日、そこにいるのは分かっている。
尚の事を利用したくて堪らないだろうから、絶対に派手な演出をしてくるはずだ。
お涙頂戴のクソみたいな演出を。
そうしたらそのとき、自分は……。
何度と想像してきたことだが、飽きること無く楽しい。
こんな想像を神社の社務所でしてはいけないだろうが、止まらないのだ。
特に今日みたいな日は。
ヒーローになりたいわけじゃない。
ただ、自分の気持ちをナイフを使って態度で示したいだけだ。
「もうちょっとたったらアパートに帰ろう」
そこで深海より深く落ち込めばいい。
いつもの携帯いじりで、どす暗い想像をして興奮を味わえばいい。
時雨とももう顔を合わさないで済む。
神様スタンプとか救済チャンスとか、新興宗教臭いワードに振り回されずに済む。
親切の押し売りにも辟易としなくていい。
尚は自分の唇に手を押し当てた。
「キスももう無い」
背中を撫でられることも腕枕も。
一緒に御飯を食べることもテレビを見ることも。
暑い暑いと言いながらどこかに出かけることも。
「それは……悲しい……なあ。何でだろう」
早朝からの嵐のような出来事に尚は眠気を覚えていた。
初めてきた場所だが、氷雨が聖域と言ったように、ここはとても安心する。
聖域って宗教臭い言葉、あまり好きではないが。
「宗教臭いって、そもそもここ神社か」
一瞬、深く眠ったらしい。
カリカリと戸を引っ掻く音がして、細く開けると白猫が骨など存在しないかのように隙間をするすると入ってきた。
「クレさん」
猫ちぐらに入りかける白猫に呼びかける自分の声は想像以上に弱々しかった。
異変を察知したのか白猫は尚の側にやって来て、尻尾で顔を撫でてから、隣に手足をしまう香箱座りでまず座る。
「あれ、俺、慰められている?平気だよ。元気になったし」
白猫の小さな頭を撫でると、「グウグウグウ」と面白い音を身体から出す。
「猫ってゴロゴロ喉を鳴らすだけじゃないんだ?俺、本当に物を知らないな。参道もさ、真ん中は神様の通り道だから通っちゃいけないんだって。社務所の品物も売り物じゃなく授与品だって」
白猫を撫で続けると、尚の手が気持ちよかったのかゴロンと身体を投げ出しされるがままになってくれた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる