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第四章
53:朝だって、氷雨さんに変なところを見られた。昨晩だって
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今朝のことがあって顔を合わせづらい。
尚は左目を押さえたまま、うつむいてしまう。
「お前、帯は?」
氷雨の声色は少し呆れている。
また、時雨の声が聞こえてきて、尚は辺りを見回しながら、
「ここ、どこですか?俺、アパートに帰りたいんです」
と早口で訴えた。
「時雨から逃げてんのか?」
「その……はい」
すると、参道を歩きながら時雨が尚に向かって手招きする。
時雨と翠雨と氷雨の三人の中で、今、一番、抵抗感少なくついて行けるのは氷雨だ。
一番苦手としていたはずなのに。
それは多分、尚の不幸や痴態に対して感情の揺れ幅が全くないからだ。
後に続くと、急に、脇を抱くようにして腕を回された。参道の左側にぐいっと寄せられる。
「あのっ、何?!」
「参道の真ん中は神様の通り道。人間が通る場所じゃない」
「俺、知らなくて。すみません」
「怒っていない」
鳥居を抜けると、迎えてくれたのは、狐の石像だった。
赤い豪華な着物生地の前掛けをし、首にふわふわの同じ色のマフラーのようなものを巻き、口には稲穂を咥えている。
「こっちだ」
しめ縄が掛けられた小さな建物が見えてきて、そこの扉を氷雨が開ける。
窓辺に棚があり、お守りなどが並んでいる。
体面は、畳が敷かれて横たわるほどの広さがあった。
「ここは、社務所。神社に隣接している聖域。入れ」
氷雨はそこから一旦いなくなると、数分して戻ってきて、尚に帯を渡していた。
彼がまたいなくなったのでその間に急いで帯を巻き、乱れた浴衣を整えた。
ちょっとずつ冷静さは取り戻せている気がする。
まだ、左目からは手は離せないけれど。
翠雨の前以上に、時雨の前ではみっともないほど取り乱してしまったけれど、彼の兄である氷雨の前では、話をできる程度の態度は取れる。
いつも尚に無関心な態度を取ってくるからこそ、今は楽に感じるのかもしれない。
再び戻ってきた氷雨は、盆に氷が溢れそうに入ったコップとカルピスのボトルを持ってきた。
水で薄めて尚に差し出してくる。
でも、左手で目を押さえまま人前でカルピスを飲むのはあまりにも変だ。
その姿勢のまま畳の目地を数えていると、時雨が社務所に並んでいるお守りの隣の列から手ぬぐいを取り出した。
両端を少し割いてから二つ折りにすると、尚の目元に近づけてくる。
後ずさったが狭い社務所ではすぐに行き止まりの壁だった。
氷雨は、左目に添えた左手ごと手ぬぐいで被った。
「手を抜け」
素直に従うと、破った端を互い違いにして結び目を作ってくれた。
ちょっとやそっとじゃ取れそうにない。
「売り物なのに、すみません」
「授与品。神社にある品は、売り買いするものじゃない。神様から渡されるものだ。だから、授与品」
「俺は知らないことばっかりだ。恥ずかしい」
尚は左目が手ぬぐいでしっかり隠された顔を覆った。
木綿のざらりとした手触りが気持ちがよかった。
「朝だって、氷雨さんに変なところを見られた。昨晩だって」
「夜のは、俺が悪い。救済チャンスリストに乗っているのに、やってこなかった奴の身体を調べてみればなにか分かるかもしれないと、翠雨を焚き付けた。食べ物をあまり受け付けられないなどの不具合が出ているみたいだしその理由も知りたかった。でも、時雨は嫌がっていた」
氷雨はそう言いながら、扇風機をぱちんと付けた。
尚は左目を押さえたまま、うつむいてしまう。
「お前、帯は?」
氷雨の声色は少し呆れている。
また、時雨の声が聞こえてきて、尚は辺りを見回しながら、
「ここ、どこですか?俺、アパートに帰りたいんです」
と早口で訴えた。
「時雨から逃げてんのか?」
「その……はい」
すると、参道を歩きながら時雨が尚に向かって手招きする。
時雨と翠雨と氷雨の三人の中で、今、一番、抵抗感少なくついて行けるのは氷雨だ。
一番苦手としていたはずなのに。
それは多分、尚の不幸や痴態に対して感情の揺れ幅が全くないからだ。
後に続くと、急に、脇を抱くようにして腕を回された。参道の左側にぐいっと寄せられる。
「あのっ、何?!」
「参道の真ん中は神様の通り道。人間が通る場所じゃない」
「俺、知らなくて。すみません」
「怒っていない」
鳥居を抜けると、迎えてくれたのは、狐の石像だった。
赤い豪華な着物生地の前掛けをし、首にふわふわの同じ色のマフラーのようなものを巻き、口には稲穂を咥えている。
「こっちだ」
しめ縄が掛けられた小さな建物が見えてきて、そこの扉を氷雨が開ける。
窓辺に棚があり、お守りなどが並んでいる。
体面は、畳が敷かれて横たわるほどの広さがあった。
「ここは、社務所。神社に隣接している聖域。入れ」
氷雨はそこから一旦いなくなると、数分して戻ってきて、尚に帯を渡していた。
彼がまたいなくなったのでその間に急いで帯を巻き、乱れた浴衣を整えた。
ちょっとずつ冷静さは取り戻せている気がする。
まだ、左目からは手は離せないけれど。
翠雨の前以上に、時雨の前ではみっともないほど取り乱してしまったけれど、彼の兄である氷雨の前では、話をできる程度の態度は取れる。
いつも尚に無関心な態度を取ってくるからこそ、今は楽に感じるのかもしれない。
再び戻ってきた氷雨は、盆に氷が溢れそうに入ったコップとカルピスのボトルを持ってきた。
水で薄めて尚に差し出してくる。
でも、左手で目を押さえまま人前でカルピスを飲むのはあまりにも変だ。
その姿勢のまま畳の目地を数えていると、時雨が社務所に並んでいるお守りの隣の列から手ぬぐいを取り出した。
両端を少し割いてから二つ折りにすると、尚の目元に近づけてくる。
後ずさったが狭い社務所ではすぐに行き止まりの壁だった。
氷雨は、左目に添えた左手ごと手ぬぐいで被った。
「手を抜け」
素直に従うと、破った端を互い違いにして結び目を作ってくれた。
ちょっとやそっとじゃ取れそうにない。
「売り物なのに、すみません」
「授与品。神社にある品は、売り買いするものじゃない。神様から渡されるものだ。だから、授与品」
「俺は知らないことばっかりだ。恥ずかしい」
尚は左目が手ぬぐいでしっかり隠された顔を覆った。
木綿のざらりとした手触りが気持ちがよかった。
「朝だって、氷雨さんに変なところを見られた。昨晩だって」
「夜のは、俺が悪い。救済チャンスリストに乗っているのに、やってこなかった奴の身体を調べてみればなにか分かるかもしれないと、翠雨を焚き付けた。食べ物をあまり受け付けられないなどの不具合が出ているみたいだしその理由も知りたかった。でも、時雨は嫌がっていた」
氷雨はそう言いながら、扇風機をぱちんと付けた。
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