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第12章 終焉

208:新世界

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「魔物が…ただの動物だと…?」

 ロザリアの説明を聞いたオズワルドが呻き声を上げる。人族は、ロックドラゴンやケルベロス、ヘルハウンド等、ガリエルの尖兵と言われる凶悪な魔物達から中原を守るために厳しい戦いを繰り広げており、それが騎士にとっての誇りであったのだが、実は本質的には狩りと変わらないものであったという事実に衝撃を受ける。思い悩むオズワルドを捨て置き、ロザリアの説明が続く。

『人類の近隣種である人族、エルフ、獣人は、検査機の存在もあって早い段階でナノシステムを利用できましたが、動物達はMAHOへのアクセス権限を有しておらず、長い間干渉する事ができませんでした。しかし、悠久とも言える長い時間をかけ、突然変異によるトライ・アンド・エラーを繰り返し、ついに動物達の中にナノシステムへの干渉に成功する個体が現れます。
 ナノシステムへの干渉に成功した個体は、他と比べて圧倒的な攻撃力や射程、強靭な防御力を獲得し、過酷な生存競争の中で大きな優位を獲得します。彼らは自分の子孫を他者より多く遺し、彼らの子孫はナノシステムを武器に厳しい自然淘汰を勝ち抜き、繁栄していきます。そして、他の種にも次々とナノシステムへの干渉に成功する個体が現れ、それが繰り返された結果、多くの動物達が新たな力を得て、自然界における生存競争は以前より遥かに過酷なものへと変化しました。
 後に魔物と呼ばれるようになる彼らは生息域を広げ、やがて人族達の住む地域へと侵入します。終わりの見えない戦乱に明け暮れていた人族達は、ナノシステムという同じ武器を手にし、体格に勝る魔物達の前に住まいを追われて衰退し、それまで近代文明に溢れていた地域は次第に魔物の闊歩する緑へと変貌していきました』
「ご先祖様の事を悪くは言いたくないんだが…ほとんど自業自得だねぇ…」

 壁から降り注ぐ声に、ゲルダが下唇を突き出しながら呟く。そのゲルダの耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んで来た。

『そしてそれが、地球の寒冷化へと繋がっていく事になります』



「…な、何だって!?」
「ロザリア様、それは一体どういう事でございますか!?」

 ロザリアの言葉を聞いたゲルダが飛び上がり、レティシアが尋ねる。中原では寒冷化はガリエルの仕業と言い伝えられており、ガリエルとの戦いに勝利すれば防げると考えられていた。それが、ガリエルの仕業ではないというのだ。レティシアの質問にロザリアは答えず、柊也が代わりに質問する。

「ロザリア、それはどういう事だ?詳しく教えてくれ」
『はい、マスター。そもそもMAHOのコンセプトは、地球温暖化に繋がる余剰エネルギーを消費するためのものでした。つまり、人類社会の発達により発散される余剰エネルギーの存在が、根幹にあるのです。
 しかし、今や文明は大きく後退し、遺された人族達が消費・排出するエネルギーは激減しました。それはつまり、MAHOの稼働に必要な余剰エネルギーの減少へと繋がります。そして、その一方で文明の後退によって人族達はナノシステムに頼るようになり、他方魔物の増加によって自然界でもナノシステムが活用されます。その結果、需給バランスが崩れ、エネルギー収支がマイナスへと転じました。本来地球環境を維持するためのエネルギーをMAHOが消費するようになり、地球は寒冷化へと舵を切ったのです』
「そんな…」

 レティシアは絶望的な表情を浮かべ、今度は恐怖から自分の身を守るために美香を強く抱き締める。現在の中原の生活や、中原をガリエルの侵略から守るための戦いに欠かすことのできない魔法。その魔法の行使が、皮肉にも寒冷化を後押ししていたというのだ。

『この事態を受け、MAHOはエネルギー収支の改善に取り組みます。当時人族達が住まいを追われ、管轄地からいなくなったシステム・エミリアとシステム・サーリアをスリープ・モードへと移行しエネルギー消費を抑制しました。システム・サーリアについては、その後管轄地にエルフが入植したためスリープ・モードを維持しましたが、システム・エミリアは更にセーフ・モードへと移行しております。人族達の生活圏についてはAIにモード変更権限が与えられておらず、通常モードを維持する事となります。エネルギー収支は大幅に改善したものの、それでもマイナスのままでしたのでMAHOは更なる対策に乗り出そうとしますが、今から1万年程前にセキュリティ面での問題が発生してエマージェンシー・モードが発動。各AI間の連絡が途絶して地球規模での対策が取れなくなり、現在へと至ります』



『現在の地球の様相です』

 ロザリアの言葉とともに、突如何もない空間が光り輝き、スクリーンが浮かび上がる。レティシア達三人は、それを見て思わず浮足立った。

「な、何だい、これは!?」
「…まさか、これが、私達の住む世界!?」
「何だと!?中原は何処なんだ!?」

 背後を守るシモンとセレーネも空中に現れた光景に目を奪われ、警戒を忘れて食い入るように見つめる。柊也は、六人の視線を背中に感じながら、スクリーンに現れた地図を見て呟いた。

「8200万年も経つと、大きく様変わりするものだな…」

 目の前に現れた世界地図は、柊也や美香の知る世界とは、大きくかけ離れていた。ユーラシア大陸とアフリカ大陸は辛うじて21世紀の面影を残していたが、あちらこちらが変形して原型を留めていない。アフリカ東部、エチオピアとソマリアの間を南北に走る大地溝帯には海水が流入し、切り裂かれそうになっている。

 ユーラシア大陸には、二つの大陸が衝突していた。中国南部からインドシナ半島に渡る広い範囲にはオーストラリア大陸が衝突し、地続きとなっている。そして、東端は北米大陸のアラスカ州と地続きとなり、まるで自動車同士が正面衝突を引き起こしたかの様に、ユーラシア大陸は北米大陸に乗り上げ、極東地域が北極海へと折れ曲がっていた。

 南北アメリカは分断され、南米大陸は北進した南極大陸と衝突して新大陸を形成し、地図の隅の方に新天地を形成している。こうして、ユーラシア・アフリカ・オーストラリア・北米から成る大大陸が東西に長く横たわり、南米・南極から成る小大陸が隅で南北へと伸びる、21世紀とは似ても似つかぬ新世界が、柊也と美香の前に浮かび上がった。地図を見た美香が、力なく呟く。

「…日本が…」

 新世界に日本列島は影も形もなく、一帯には海を示す青色が広がっていた。

「…中原は何処だ?サーリアとエミリアのメインシステムの位置も、教えてくれ」
『はい、マスター。現在人族の間で中原と呼ばれている地域は、こちら。システム・サーリアとシステム・エミリアのメインシステム所在地は、こちらになります』

 柊也の質問にロザリアが応じ、世界地図の一部が瞬き始める。それを見たオズワルドは、思わず呻いた。

「…ちゅ、中原が、こんなにも小さな世界だと言うのかっ!?」

 ロザリアが中原と指し示した地域、それは21世紀で言えば、東南アジアからインド北部にかけてのごく限られた地域だった。エーデルシュタインはアジアと衝突したオーストラリア北部からインドシナ半島にかけて広がり、カラディナはミャンマーからバングラディシュ付近を占めている。セント=ヌーヴェルはインド北部からネパール付近を占め、大草原はヒマラヤ山脈を越えて中国西部自治区に大きく張り出していた。

 エーデルシュタインの首都ヴェルブルグはオーストラリア北部、二つの角に挟まれたカーペンタリア湾の南辺に位置し、21世紀で言えばほとんど人の住まない未開の地。ハーデンブルグは、21世紀では香港が位置的に近いだろうか。カラディナの首都サン=ブレイユはミャンマーの中央に位置し、セント=ヌーヴェルの首都サンタ・デ・ロマハはネパールの首都カトマンズ付近。ちなみこの地図によって、ラディナ湖が塩水湖である理由が判明した。ラディナ湖は、ユーラシア大陸とオーストラリア大陸の衝突によって内陸に取り残された、カーペンタリア湾だった。

 中原と呼ばれる地域から遠く離れた2箇所が、瞬いていた。一つはカスピ海の北にあるロシア西部の都市、ヴォルゴグラードの付近。これが、システム・サーリア。もう一つはアフリカ大陸西部、マリ共和国中西部のサハラ砂漠の真っ只中。そこに、システム・エミリアが存在していた。



西暦8264万4057年の地球




「…良く分かったよ。ありがとう、ロザリア」
『どういたしまして』

 目の前に広げられた地図に魅入られ、食い入るように見つめていたレティシア達の耳に柊也の声が聞こえ、一同は柊也に注目する。一同の視線の前で柊也は首を鳴らしながら後ろを向き、口を開く。

「…という事だ。この世界で声高に叫ばれている寒冷化の危機。それは、ガリエルの侵略に因るものでは、ない。中原でも多用されている魔法、それ自体が元凶なんだと」
「「「…」」」

 何気ない柊也の言葉に、レティシア達は底冷えする恐怖を感じ、身を震わせる。中原の終わりへと繋がる地球の寒冷化。その唯一の解決策だと信じられていたガリエルとの戦いが実は全く無意味なものであり、自分達には滅亡への道しか残されていないという事実を、まざまざと思い知らされた。やがて、レティシアが声を震わせながら、恐る恐る柊也に尋ねた。

「…シュ、シュウヤ殿…私達は…中原は…一体どうしたらよろしいのでしょうか…?」
「…」

 レティシアの怯えたような視線を受け、柊也は頭を掻き回しながら暫くの間黙り込む。レティシア達にとって永遠にも似た沈黙が通り過ぎた後、やがて柊也が口を開いた。

「…とりあえず私がMAHOに命令して、対策を考えてみます、レティシア様。私がロザリアの管理者に就いた事で、エミリア、ロザリア、サーリア、3システムの管理者となり、MAHOを掌握しました。この管理者権限でMAHOの設定変更を行い、帳尻を合わせられるか試してみます」
「…シュウヤ殿、どうか、よろしくお願いいたします」

 柊也の言葉を聞いたレティシアは、深々と首を垂れる。それを見たオズワルドとゲルダも居住まいを正し、深々と一礼した。

「先輩…」
「…ああ」

 首を垂れたまま動きを止めるレティシア達の隣で美香が縋るような目を向け、柊也が重々しく頷く。図らずも地球の未来を背負ってしまう事になった柊也だったが、彼はこの問題から逃げ出すつもりはなかった。地球の未来を救う事は、シモンの、セレーネの、大草原の未来を救う事でもある。壮絶な取捨選択の結果、柊也の手元に残った数少ない宝物を必ず守り抜くと、彼は心に誓っていた。新たな決意を胸に秘め顔を上げた柊也に、ロザリアの声が降り注いだ。



『いいえ、マスター。それは違います』
「…え?」



『――― MAHOのシステムは、3つではありません。4つです』
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