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2章 赤ちゃんと孤児とオークキング
第19話 慟哭
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ドシンドシン、と地面が揺れるたびに生きた心地がしなかった。
オーク達は俺達のことを探している。
俺は自分が食べられることを想像した。3人が食べられることを想像した。
少年の頭部が転がっているのが頭に焼き付いている。
息をすることさえ躊躇われる闇のなか、俺達はオークが去って行くのをジッと待っていた。
すごく長い時間だった。
オーク達が地面を歩く振動が無くなっても、しばらくは怖くて外に出ることが出来なかった。
穴から出たのは振動が無くなり、ずいぶん経ってからの事だった。
太陽が傾き始めている。
運が良かった、としか言えない。
女の子の隠密は俺達を隠した。俺の愛情のスキルが効いたのかもしれない。
3人を連れて門を抜けて街に戻った。
それは慟哭《どうこく》だった。
少年少女は森の中で必死で泣くのを我慢していたんだと思う。
街に戻った瞬間に3人は地面にへたり込んで慟哭した。声を張り上げて泣いたのだ。仲間が殺された悲しみや、恐怖や、何も出来ない自分の弱さや、色んなモノが溢れ出して泣かずにはいられないという風な泣き方だった。
そこで俺は3人の少年少女を直視した。
初めの印象よりも3人とも幼く見えた。
少年はつぎはぎだらけのズボンを履いていた。もともと緑色だったようなくすんだ色をしている。上着だってボロ雑巾をつぎはぎしたような服である。それらの服が豪快に破れていた。
腰にぶら下がっている鞘もボロボロだった。
2人の少女は黒い厚手のワンピースを着ていた。ボロボロだし、破けている。
俺がお姫様抱っこして助けた女の子は、癖毛がクルンクルンで、髪が知恵の輪のように絡まっていた。
もう1人の女の子はストレートの髪だけど、自分で切ったとわかるような髪型になっていた。
彼女達が持っていたのは杖ではなく、ただの木の棒だった。
街に戻って来ると3人が到底冒険者に見えなかった。
俺は2人の少年の頭部すらも持って帰ってあげられなかった。
そこにオークがいるのではないだろうか、という恐怖から戻る事が出来なかったのだ。
日本人なのに、俺は弱い。
勇者として召喚されたはずなのに、俺は弱い。
彼等を守るのがやっとで、オークすらも倒すことが出来なかった。
俺の体には恐怖がこびり付いていた。街に戻って来ても体が震えていた。
3人が泣き止むまで、俺は待った。
やはり彼等は孤児だった。
3人が泣き止むと孤児院まで送った。
孤児院というより、廃墟のようだった。木で作られた家。手入れはされておらず、家は腐り、窓は割れていた。
最後に「ありがとう」と3人は小さく言った。それ以外の会話を俺達はしなかった。だから3人の名前すら知らない。
もう3人は冒険者として森に入ることは出来ないだろう。
もう俺は3人に会うことはないだろう。
『魔物の場所』を3人は作ってしまったのだ。
魔物の場所、というのは自分よりも強い魔物と遭遇して死にかけた時、その場所が怖くて行けなくなってしまう場所のことである。
3人は2度と森に入れないかもしれない。
もしかしたら2度と門をくぐることも出来ないかもしれない。
恐怖は人に制限をかける。
大人の俺ですら2度と門から出たくなかった。
だけど生活するために門を出なくてはいけない。
魔物の場所が出来てしまった時の対処法を俺は知っていた。
次の日には、恐怖に取り憑かれた場所に行かないといけないのだ。
1日でも休めば2度と俺は森に入ることができなくなってしまう。
俺は冒険者ギルドに寄った。そして森に大量のオークを目撃したことを伝えた。報告することで警戒度が上がり、この国の騎士団が討伐に向かってくれたりする。
「子どもが森にいたんだ」
と俺は言った。
いつもの冒険者ギルドのお姉さんは、「それがどうかしましたか?」と尋ねた。
「子どもにもオークの討伐クエストを受注させているのか?」
受付のお姉さんは、しばらく俺が言った内容を考えた。
「もしかして孤児の事ですか? 普通の子どもには危険な受注はさせてません。今は子どもが街から出ることも禁止されています」
とお姉さんが言った。
「それじゃあ、なぜあの子達は?」
「孤児は死んでもいいじゃないですか」
と受付のお姉さんが笑顔で言った。
そこに一切の悪意は感じられなかった。
孤児は死んでもいいから危険なクエストでも受注させる、という事だろう。
「……」
俺は何も言わなかった。
もしかしたらこの国では、その意見が多数派なのかもしれない。孤児は死んでもいいもの、というのがこの国の価値観なのかもしれない。
俺には孤児達の環境を変えるだけの力もないし、この国の価値観を変える力もない。
俺は敵を作らない曖昧な笑顔を作って、冒険者ギルドを出た。
3人は慟哭していた。仲間が魔物に殺されて息もしないで泣いていたのだ。
俺は少年少女を助けた。
だけど俺は正義のヒーローでも、権力者でもない。たまたまそこにいて、たまたま助ける事が出来ただけである。
彼等の環境を変えてあげるだけの力は無かった。
「ただいま」
と俺は扉を開けて言った。
「おかえり。今日は遅かったね」
と心配そうに美子さんが言う。
「疲れた」と俺が言う。
俺は疲れたのだ。本当に疲れた。
そして俺は水で手を洗い、美子さんからネネちゃんを受け取り、赤ちゃんを抱っこした。
柔らかくて小さい。
上目遣いでネネちゃんが俺の事を見ていた。
今日も生きて帰って来れて本当に良かった。
「愛してるよネネちゃん」と俺が言う。
彼女の背中を撫で撫で。
ゲッポ、と赤ちゃんがゲップしてミルクを吐き出した。
「さっきミルクあげたばっかりなの」
と美子さんが言った。
オーク達は俺達のことを探している。
俺は自分が食べられることを想像した。3人が食べられることを想像した。
少年の頭部が転がっているのが頭に焼き付いている。
息をすることさえ躊躇われる闇のなか、俺達はオークが去って行くのをジッと待っていた。
すごく長い時間だった。
オーク達が地面を歩く振動が無くなっても、しばらくは怖くて外に出ることが出来なかった。
穴から出たのは振動が無くなり、ずいぶん経ってからの事だった。
太陽が傾き始めている。
運が良かった、としか言えない。
女の子の隠密は俺達を隠した。俺の愛情のスキルが効いたのかもしれない。
3人を連れて門を抜けて街に戻った。
それは慟哭《どうこく》だった。
少年少女は森の中で必死で泣くのを我慢していたんだと思う。
街に戻った瞬間に3人は地面にへたり込んで慟哭した。声を張り上げて泣いたのだ。仲間が殺された悲しみや、恐怖や、何も出来ない自分の弱さや、色んなモノが溢れ出して泣かずにはいられないという風な泣き方だった。
そこで俺は3人の少年少女を直視した。
初めの印象よりも3人とも幼く見えた。
少年はつぎはぎだらけのズボンを履いていた。もともと緑色だったようなくすんだ色をしている。上着だってボロ雑巾をつぎはぎしたような服である。それらの服が豪快に破れていた。
腰にぶら下がっている鞘もボロボロだった。
2人の少女は黒い厚手のワンピースを着ていた。ボロボロだし、破けている。
俺がお姫様抱っこして助けた女の子は、癖毛がクルンクルンで、髪が知恵の輪のように絡まっていた。
もう1人の女の子はストレートの髪だけど、自分で切ったとわかるような髪型になっていた。
彼女達が持っていたのは杖ではなく、ただの木の棒だった。
街に戻って来ると3人が到底冒険者に見えなかった。
俺は2人の少年の頭部すらも持って帰ってあげられなかった。
そこにオークがいるのではないだろうか、という恐怖から戻る事が出来なかったのだ。
日本人なのに、俺は弱い。
勇者として召喚されたはずなのに、俺は弱い。
彼等を守るのがやっとで、オークすらも倒すことが出来なかった。
俺の体には恐怖がこびり付いていた。街に戻って来ても体が震えていた。
3人が泣き止むまで、俺は待った。
やはり彼等は孤児だった。
3人が泣き止むと孤児院まで送った。
孤児院というより、廃墟のようだった。木で作られた家。手入れはされておらず、家は腐り、窓は割れていた。
最後に「ありがとう」と3人は小さく言った。それ以外の会話を俺達はしなかった。だから3人の名前すら知らない。
もう3人は冒険者として森に入ることは出来ないだろう。
もう俺は3人に会うことはないだろう。
『魔物の場所』を3人は作ってしまったのだ。
魔物の場所、というのは自分よりも強い魔物と遭遇して死にかけた時、その場所が怖くて行けなくなってしまう場所のことである。
3人は2度と森に入れないかもしれない。
もしかしたら2度と門をくぐることも出来ないかもしれない。
恐怖は人に制限をかける。
大人の俺ですら2度と門から出たくなかった。
だけど生活するために門を出なくてはいけない。
魔物の場所が出来てしまった時の対処法を俺は知っていた。
次の日には、恐怖に取り憑かれた場所に行かないといけないのだ。
1日でも休めば2度と俺は森に入ることができなくなってしまう。
俺は冒険者ギルドに寄った。そして森に大量のオークを目撃したことを伝えた。報告することで警戒度が上がり、この国の騎士団が討伐に向かってくれたりする。
「子どもが森にいたんだ」
と俺は言った。
いつもの冒険者ギルドのお姉さんは、「それがどうかしましたか?」と尋ねた。
「子どもにもオークの討伐クエストを受注させているのか?」
受付のお姉さんは、しばらく俺が言った内容を考えた。
「もしかして孤児の事ですか? 普通の子どもには危険な受注はさせてません。今は子どもが街から出ることも禁止されています」
とお姉さんが言った。
「それじゃあ、なぜあの子達は?」
「孤児は死んでもいいじゃないですか」
と受付のお姉さんが笑顔で言った。
そこに一切の悪意は感じられなかった。
孤児は死んでもいいから危険なクエストでも受注させる、という事だろう。
「……」
俺は何も言わなかった。
もしかしたらこの国では、その意見が多数派なのかもしれない。孤児は死んでもいいもの、というのがこの国の価値観なのかもしれない。
俺には孤児達の環境を変えるだけの力もないし、この国の価値観を変える力もない。
俺は敵を作らない曖昧な笑顔を作って、冒険者ギルドを出た。
3人は慟哭していた。仲間が魔物に殺されて息もしないで泣いていたのだ。
俺は少年少女を助けた。
だけど俺は正義のヒーローでも、権力者でもない。たまたまそこにいて、たまたま助ける事が出来ただけである。
彼等の環境を変えてあげるだけの力は無かった。
「ただいま」
と俺は扉を開けて言った。
「おかえり。今日は遅かったね」
と心配そうに美子さんが言う。
「疲れた」と俺が言う。
俺は疲れたのだ。本当に疲れた。
そして俺は水で手を洗い、美子さんからネネちゃんを受け取り、赤ちゃんを抱っこした。
柔らかくて小さい。
上目遣いでネネちゃんが俺の事を見ていた。
今日も生きて帰って来れて本当に良かった。
「愛してるよネネちゃん」と俺が言う。
彼女の背中を撫で撫で。
ゲッポ、と赤ちゃんがゲップしてミルクを吐き出した。
「さっきミルクあげたばっかりなの」
と美子さんが言った。
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