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2章 赤ちゃんと孤児とオークキング

第18話 vsオーク

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 一瞬が一生に感じるぐらいの緊張感。
 オークAが少年少女に手を伸ばした。それは机の上のスナック菓子を手に取るように。
 息をするのも難しい恐怖のなか、昔のことがフラッシュバックした。
 
 俺の父親は鐵工所で働くオヤジだった。中卒で、ガサツな人だった。勉強を教えてもらった記憶もないし、父親に何かを注意された記憶もない。もしかしたら放任主義だったのかもしれない。
 そんな父親の数少ない教えのなかに、というモノがあった。
 父親は大震災の被災者だった。その時に体験したのは、子どもは大人に助けを求めないと死んでしまう、というものだったらしい。
 大人に対して迷惑とか考えなくていいから助けを求めろ。誰かに助けられた分だけ、大人になった時に子どもを助けてあげたらいい。
 
 そんな父親の教えが、フラッシュバックした。
 父親の教えのおかげで、世界はそんな風に回っていると思っていた。
 なかには助けを求めても拒絶する奴もいるだろうし、変なことをしようとする奴もいるだろう。
 だけど大抵の大人は子どもが助けを求めて来たら、動く。
 俺は今まさに、助ける側の大人になっていた。
 だからこそ、まだニキビが残る少年少女を置いて逃げ出すことが出来なかった。

 気づいた時には少年少女を守るように、オークAの前に立っていた。
 オークの太い腕がコチラに伸びて来ていた。その腕は本来、少年少女を掴むために伸ばされた腕だった。

「サンダーボルト」と俺は叫んだ。

 声は震えていた。
 スキルの威力次第では、今日は家に帰れない。
 美子さん、本当にごめん。


 俺の手の平から雨雲のような煙が飛び出す。  
 魔力をいっぱい使った。たぶん、この感じだと、2、3回サンダーボルトを出したら魔力が枯渇すると思う。
 手の平から出た雨雲はゴロンゴロン、と音が鳴っていた。
 そして目の前がピカッと一瞬だけ光った。

 気づいた時には、目の前のオークAが倒れていた。
 でも完全に倒しきったわけではない。
 倒れたオークAが立ち上がろうとしている。

 次のサンダーボルトを出そうとした。
 美子さんのミルクを飲んで魔力の溜めが早くなったはずなのに、サンダーボルトで使用した魔力量に対して溜めの時間が必要だった。

 少年の肉を食べているオークBと目が合った。その瞬間、木々を揺らすような大声で「ゴォーーー」と鳴き声が上がった。

 鳴き声が鼓膜を揺さぶる。
 もしかして、この鳴き声は仲間を呼んでいるのか?
 もし仲間を呼ばれたら、詰みである。
 少年少女を守りながら、倒せない魔物と対峙する。
 無理ゲーである。
 
 鳴き声が終わる前に、俺は腰に付けていた巾着を取っていた。

 オークAは倒れている。
 オークBとは距離がある。

「これを食べろ」と巾着を少年少女に投げようとして、やめた。
 大きな音のせいで耳が使えなくなっていた。
 巾着を少年少女に投げたところで俺の意図を読み取ってくれない可能性がある。
 読み取ってくれない場合、巾着を拾って1人づつ口に放り込むことになる。そしたら時間のロスになるだろう。
 今は1秒の時間のロスも許されない。

 巾着に手を突っ込み、3つの団子を取り出す。
 俺は、その団子を少年少女の口に入れた。

 そしてオークに向き直った。
 少年の肉を食べていたオークBがドシドシと大地を揺らしながらコチラに走って来ていた。

 サンダーボルトで倒れていたオークAも立ち上がっていた。
 サンダーボルトでは、わずか10秒間ぐらい倒れているだけだった。

 初めからオーク達を倒すことは考えていない。今の自分ではレベル不足。少年少女を逃すことが出来たら、それでよかった。

「逃げろ」と俺は叫んだ。

 耳鳴りが酷くて、彼等には聞こえていないだろう。
 だけど3人は立ち上がり、元に戻った足で逃げようとした。

 サンダーボルトで足を封じれられるのは一体だけ。
 俺もこのまま逃げた方がいいかもしれない。
 
 3人が逃げることが出来たのか、後ろを確認した。
 1人の少女が転んでいた。
 腰を抜かしているようだった。
 
 脳内で選択肢が浮かぶ。
 倒れた少女を担いで逃げる。
 少女を担いでオークから逃げ切れるのだろうか?
 サンダーボルトで一体の足を封じて、もう一体はどうにかする。どうにかするってどうするんだよ? 
 もし、どうにかできたとしても、次のサンダーボルトを出すまでに、もう一体のオークが立ち上がってしまう。
 
 詰んだ。

「助けて」と少女の震えた声が聞こえた。
 
 助けたい、と思う。
 自分自身も助かりたい、と思う。

「ウォーターボール」と俺はスキルを叫んでいた。
 さほど魔力は使わない。
 攻撃力も低い。
 俺は連続でウォーターボールを出す。
「ウォーターボール」
「ウォーターボール」
「ウォーターボール」
「ウォーターボール」
 オークに、そして地面に。
 辺りを水でビショビショにした。

 そして叫んだ。
「サンダーボルト」

 水は電気を通す。
 一撃で二体のオークが倒れた。

 だけど、これも時間稼ぎにしかならない。
 俺は倒れた女の子をお姫様抱っこした。

 逃げたはずの少年少女が、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「どうしたんだ?」
 どうして逃げたはずのお前達が立ちつくしているんだよ?

 真っ青な顔の少年が森の中を指差した。
 木々を倒しながらオークがコチラに向かって来ていた。
 周りを見渡す。
 色んな方角からオークが木を倒しながら、コチラに向かって来ている。
 ようやく耳に音が戻り始めた。
 ドシンドシン、と木々が倒されている音が死の宣告のように聞こえた。


 いつかしたように俺は魔法で地割れを作り、横穴も作って4人で隠れた。
 オークは鼻が効く。
 意味が無いかもしれない。
 だけど何もせずに殺されたくなかった。もしかしたら鼻が効くオークでも地面の中までは見つけ出すことは出来ないかもしれない。

「私」
 と少女は言った。
 俺がお姫様抱っこした少女である。
「隠密が使えます」

「隠密?」と俺は尋ねた。
「隠れるためのスキルです」
「無理だよ」と少年は言った。「隠密でも匂いは消せない」
「使ってくれるかい?」と俺が言う。
「はい」と暗闇の中で声が聞こえた。
「ちょっと待って」と俺が言う。
 そして少女がいる暗闇に向かって俺は手を伸ばした。彼女の頭を撫でた。金箔のような光が彼女の頭から溢れ出した。初めて見たから俺も驚く。
 これはパパは戦士のパッシブスキルの『愛情』である。

「コレは?」と少女が尋ねた。
「ステータスを向上させる魔法」と俺が言う。
 ありがとうございます、と女の子が言った。
 そして「隠密」と彼女はスキル名を呟いた。

 ドシンドシン、という音が近づいて来る。俺達は殺されるかもしれないという恐怖に心臓を鳴らした。
 俺は名前も知らない見知らぬ3人の子どもを守るように抱きしめた。
 少年少女は震えていて、俺の服をギュッと掴んで離さなかった。
 生きて家に帰りたい、と俺は切に願った。
 3人を生きて家に帰したい、と俺は切に願った。
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