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月で逢おうよ 13
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「こういう車で、サイドシートが犬と男、って面白くない図ですよね」
沈黙に耐え切れず、勝浩は口を開いた。
美利と大杉は猫を連れて垪和のワゴン車に乗り込み、ロクは後部座席に陣取った。
幸也の運転するアウディのサイドシートにおさまったのは、後ろにずらしたシートの前にキャリーケースのユウを置いた勝浩だ。
後部座席には犬用ペットシートの上にシートベルトで固定されたビッグがおとなしく乗り込んでいる。
「やっと口きいた。勝浩、何か怒ってただろ?」
「別に」
「とかいいながら、目が笑ってないし」
「こういう顔です」
くっくっと笑う幸也を横目に、勝浩はまたムッとする。
「そういえば、犬とか猫とか飼ってるんですか?」
そんな話聞いたことはなかった。
いや、そもそも幸也について噂や聞いた話以外に自分が知っていることなどないのだと、勝浩は改めて思う。
「おや、知らなかったっけ? 俺んち、物心ついた頃から、たくさんいたぜ」
「知りませんよ、長谷川さんちに伺ったこともないんだから。でも、じゃ、検見崎さんとこと一緒ですね」
「ああ、やつんとこもいるな……」
軽いハンドルさばきで、幸也は車を走らせる。
「何だ、何だ? そんな難しい顔して。俺の運転は折り紙つきだぜ、心配しなくても」
「そりゃ、高二の時から運転してれば、うまくもなるでしょ」
「おい、そんなのもう時効だろ?」
苦笑いを浮かべて、幸也は勝浩を横目で見やる。
「検見崎さんとは、随分親しいお友達なんですね」
「お友達ってほどのもんじゃないがな」
ほどなく車は世田谷の老人ホームに着いた。
残暑は厳しいが天気にも恵まれ、参加者は誰もが嬉しそうに動物たちに触れ、メンバーとも親しげに言葉を交わしている。
思った以上に幸也は一生懸命老人たちに応対していた。
そんな姿を見ると、車に乗っているうちずっとふてくされてしまったことを、勝浩はちょっと後悔した。
俺、何やってんだろ。
何やら可笑しなことだが、せっかくこんな風に幸也とまた一緒にいられるっていうのに。
二匹の猫は室内で、犬たちは戸外で入居者たちに愛想を振り撒いている。
「こら、クロ!」
そろそろ時間かな、とぼんやり幸也の方を見ていた勝浩は、窓の隙間から飛び出してきた黒い塊を認めた。
慌てて大杉があとを追いかけて出てきたが、かえってクロは彼から逃げようと、犬と戯れている女性の足元をすり抜けた。
そのとき、驚いたお年寄りが振り上げた手がユウの頭に当たった。
「あ! ユウ! だめ、戻れ!」
こちらも驚いたユウが、クロを追うように駆け出した。
勢いでリードが勝浩の手からはずれ、ユウは勝浩の静止も聞かず、あっという間に門から飛び出してしまった。
「すみません、垪和さん、ちょっと俺、見てきていいですか?」
内心焦りながらも、気を落ち着けて勝浩は言った。
「いいわよ、こっちは気にしなくて」
大杉のクロはしばらくしてよその家の塀の上にいるのが発見され、勝浩と大杉とで捕まえるのに成功した。
だが、もしやホームに戻っていないかとかすかな期待も空しく、ユウの姿はない。
「俺も行こう」
肩を落としてまた探しに行こうとする勝浩に、ビッグを連れた幸也が声をかけた。
「二手に分かれよう。俺、こっち行くから」
「お願いします!」
一時間ほど探したろうか、依然ユウの影も形も見あたらない。
携帯が鳴り、幸也が見つかったか、と聞いてくるのだが、見つかりません、と勝浩は力なくうなだれる。
二人は一旦老人ホームに戻ると、ビッグも他の犬や猫と一緒にワゴンに乗せた。
「すみません、もう少し、探してみますので、ビッグ、お願いします」
そう言って、ワゴンを見送ったのだが、勝浩はすっかり落ち込んでいた。
「勝浩、そうがっかりすんな。らしくないぞ、いつもの負けん気はどうしたよ」
ぽん、と幸也は勝浩の肩を叩く。
「だって、俺が悪い…」
俺が、他のこと考えてたから……
勝浩は唇を噛む。
「とにかく車であたりをまわってみようぜ。ほら、乗れよ」
促されて勝浩は、幸也の車に乗り込んだ。
「なんだっけ、犬ってさ、帰巣本能とかあるだろ。家に向かってんじゃないか?」
窓から辺りに目を凝らしながら必死でユウを探す勝浩を励ますように、幸也は快活に言って車をゆっくり走らせる。
「ええ、そうですね…」
「と、じゃあ、ホームから見てお前んちの方角に、走ってみるからさ」
「すみません」
三十分ほど車でホームの周囲をあちこち流してみたが、やはりユウの気配はない。
車がホーム近くの公園に差し掛かった頃には、あたりは夕暮れの色が濃くなり始めていた。
その時、勝浩は木蔭に茶色い影が動くのを見た気がした。
「停めてください!」
「いたか?」
幸也が車を路肩に寄せて停めるなり、勝浩はドアを開けて公園に走りこむ。
後ろから幸也も追ってくる。
それほど大きな公園ではないが、鬱蒼とした木立の間を遊歩道が続いている。
「ユウ!」
周りに目を配りながら、勝浩は必死にユウの名前を呼ぶ。
遊歩道の向こうの方で、わん、わんっと犬の鳴く声がした。
勝浩は走った。
だが勝浩が見つけたのは、やがて遊歩道が終わるあたりで、ユウと同じ柴犬を連れた男の姿が道路に出て行こうとしているところだった。
噴き出す汗を手の甲でぬぐいながら、勝浩はがっくりと息をつく。
沈黙に耐え切れず、勝浩は口を開いた。
美利と大杉は猫を連れて垪和のワゴン車に乗り込み、ロクは後部座席に陣取った。
幸也の運転するアウディのサイドシートにおさまったのは、後ろにずらしたシートの前にキャリーケースのユウを置いた勝浩だ。
後部座席には犬用ペットシートの上にシートベルトで固定されたビッグがおとなしく乗り込んでいる。
「やっと口きいた。勝浩、何か怒ってただろ?」
「別に」
「とかいいながら、目が笑ってないし」
「こういう顔です」
くっくっと笑う幸也を横目に、勝浩はまたムッとする。
「そういえば、犬とか猫とか飼ってるんですか?」
そんな話聞いたことはなかった。
いや、そもそも幸也について噂や聞いた話以外に自分が知っていることなどないのだと、勝浩は改めて思う。
「おや、知らなかったっけ? 俺んち、物心ついた頃から、たくさんいたぜ」
「知りませんよ、長谷川さんちに伺ったこともないんだから。でも、じゃ、検見崎さんとこと一緒ですね」
「ああ、やつんとこもいるな……」
軽いハンドルさばきで、幸也は車を走らせる。
「何だ、何だ? そんな難しい顔して。俺の運転は折り紙つきだぜ、心配しなくても」
「そりゃ、高二の時から運転してれば、うまくもなるでしょ」
「おい、そんなのもう時効だろ?」
苦笑いを浮かべて、幸也は勝浩を横目で見やる。
「検見崎さんとは、随分親しいお友達なんですね」
「お友達ってほどのもんじゃないがな」
ほどなく車は世田谷の老人ホームに着いた。
残暑は厳しいが天気にも恵まれ、参加者は誰もが嬉しそうに動物たちに触れ、メンバーとも親しげに言葉を交わしている。
思った以上に幸也は一生懸命老人たちに応対していた。
そんな姿を見ると、車に乗っているうちずっとふてくされてしまったことを、勝浩はちょっと後悔した。
俺、何やってんだろ。
何やら可笑しなことだが、せっかくこんな風に幸也とまた一緒にいられるっていうのに。
二匹の猫は室内で、犬たちは戸外で入居者たちに愛想を振り撒いている。
「こら、クロ!」
そろそろ時間かな、とぼんやり幸也の方を見ていた勝浩は、窓の隙間から飛び出してきた黒い塊を認めた。
慌てて大杉があとを追いかけて出てきたが、かえってクロは彼から逃げようと、犬と戯れている女性の足元をすり抜けた。
そのとき、驚いたお年寄りが振り上げた手がユウの頭に当たった。
「あ! ユウ! だめ、戻れ!」
こちらも驚いたユウが、クロを追うように駆け出した。
勢いでリードが勝浩の手からはずれ、ユウは勝浩の静止も聞かず、あっという間に門から飛び出してしまった。
「すみません、垪和さん、ちょっと俺、見てきていいですか?」
内心焦りながらも、気を落ち着けて勝浩は言った。
「いいわよ、こっちは気にしなくて」
大杉のクロはしばらくしてよその家の塀の上にいるのが発見され、勝浩と大杉とで捕まえるのに成功した。
だが、もしやホームに戻っていないかとかすかな期待も空しく、ユウの姿はない。
「俺も行こう」
肩を落としてまた探しに行こうとする勝浩に、ビッグを連れた幸也が声をかけた。
「二手に分かれよう。俺、こっち行くから」
「お願いします!」
一時間ほど探したろうか、依然ユウの影も形も見あたらない。
携帯が鳴り、幸也が見つかったか、と聞いてくるのだが、見つかりません、と勝浩は力なくうなだれる。
二人は一旦老人ホームに戻ると、ビッグも他の犬や猫と一緒にワゴンに乗せた。
「すみません、もう少し、探してみますので、ビッグ、お願いします」
そう言って、ワゴンを見送ったのだが、勝浩はすっかり落ち込んでいた。
「勝浩、そうがっかりすんな。らしくないぞ、いつもの負けん気はどうしたよ」
ぽん、と幸也は勝浩の肩を叩く。
「だって、俺が悪い…」
俺が、他のこと考えてたから……
勝浩は唇を噛む。
「とにかく車であたりをまわってみようぜ。ほら、乗れよ」
促されて勝浩は、幸也の車に乗り込んだ。
「なんだっけ、犬ってさ、帰巣本能とかあるだろ。家に向かってんじゃないか?」
窓から辺りに目を凝らしながら必死でユウを探す勝浩を励ますように、幸也は快活に言って車をゆっくり走らせる。
「ええ、そうですね…」
「と、じゃあ、ホームから見てお前んちの方角に、走ってみるからさ」
「すみません」
三十分ほど車でホームの周囲をあちこち流してみたが、やはりユウの気配はない。
車がホーム近くの公園に差し掛かった頃には、あたりは夕暮れの色が濃くなり始めていた。
その時、勝浩は木蔭に茶色い影が動くのを見た気がした。
「停めてください!」
「いたか?」
幸也が車を路肩に寄せて停めるなり、勝浩はドアを開けて公園に走りこむ。
後ろから幸也も追ってくる。
それほど大きな公園ではないが、鬱蒼とした木立の間を遊歩道が続いている。
「ユウ!」
周りに目を配りながら、勝浩は必死にユウの名前を呼ぶ。
遊歩道の向こうの方で、わん、わんっと犬の鳴く声がした。
勝浩は走った。
だが勝浩が見つけたのは、やがて遊歩道が終わるあたりで、ユウと同じ柴犬を連れた男の姿が道路に出て行こうとしているところだった。
噴き出す汗を手の甲でぬぐいながら、勝浩はがっくりと息をつく。
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