12 / 25
月で逢おうよ 12
しおりを挟む「くっ、可愛すぎる……!」
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
Tea Time
chatetlune
BL
「月で逢おうよ」の後の幸也と勝浩のエピソードです。
再会してぐっと近づいた、はずの幸也と勝浩だったが、幸也には何となく未だに勝浩の自分への想いを信じ切られないところがあった。それは勝浩に対しての自分のこれまでの行状が故のことなのだが、検見崎が知っている勝浩のことが幸也にとっては初耳だったりして、幸也は何となく焦りを感じていた。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる