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恋ってウソだろ?! 80
しおりを挟むACT 6
年明けに老舗ホテルで行われる日本橋呉服問屋大和屋の着物ショーは、その前日にホテルのホールでもリハーサルを予定しているが、忙しい文化人の中にはスケジュール調整がつかない者もいるため、この日四谷のスタジオを借りて衣装合わせを兼ねたリハーサルを行うことになっていた。
息が白い。
この冬一番の冷え込みとなった朝、スタジオの地下駐車場に車を滑り込ませると、佐々木はエレベーターで三階に上がる。
「おはようございます」
ちょうど藤堂が、綾小路小夜子や大和屋の広報部長岩永と打ち合わせをしているところだった。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
相変わらず品よく薄紫の着物を纏った小夜子は佐々木ににっこり微笑んだ。
「よろしくお願いします」
「佐々木さん、先にスタジオ、チェックしてくれるかな」
藤堂が手にしたファイルを佐々木に渡した。
「わかりました」
スタジオをドアを開けた佐々木は、はっとして足を止めた。
ガランとしたスタジオには、沢村ただ一人しかいなかった。
「佐々木さん」
沢村は佐々木を認めて歩み寄る。
「……おはようございます」
佐々木はファイルを取り出し、何とか平静を保とうと努めた。
「佐々木さん、いい加減俺の話を聞いてくれないか?」
沢村の言葉に、佐々木は身を硬くする。
「ここで仕事以外の話をする気はありませんから」
しっかり釘を刺したつもりで、佐々木は自分の動揺をも抑えてチェックを始めた。
その時ドアが開いたので幾分緊張を解いた佐々木だが、入ってきた人物を見て佐々木はまた驚いた。
「あ、おはようございます。はじめまして、私、岡田マリオンといいます。先日、藤堂さんからご紹介いただくことになっていたんですけど、よかったわ、ここで会えて」
「……はじめ…まして」
唐突な彼女の出現に、佐々木の思考はストップした。
「沢村さん、おはよう、ねえ、こないだの………」
彼女がそう言って沢村に近づいていくヒールの音が、佐々木の頭の中で異様に大きく響いた。
次の瞬間、佐々木は衝動的にスタジオを飛び出していた。
「あ、佐々木さん、おはようございます」
にこにこと声をかけてきたのは浩輔だ。
あれ、浩輔、いたのか?
だが、浩輔におはようも返さず、足は勝手にエレベーターに向かう。
仕事を放り出して逃げ出したことなど、あったためしがない。
というより、自分がコントロールできずに勝手に動いてしまうことなど、佐々木にしてみれば自分でも信じられないことだった。
早く戻らなければ。
そう思う傍から、このまま逃げてしまおうという思いが勝ちそうだった。
歩いていないと足元から崩れそうな気がした。
自己喪失、自己崩壊、そんな感じだった。
とにかく、この場から立ち去らなければ思考がバラバラになっていく。
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