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絆編

飛び出してクロノ死す

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 ファウストが行方不明になった。ハゲからその話を聞いても、俺は慌てなかった。


「激務すぎて逃げたか。しばらく休んだらまた顔を出すんじゃないか」

「……違う。冒険中に、ファウストを含むCランクパーティーが、マンティコアに遭遇したらしい。ファウストは、他の連中を逃がすために時間稼ぎを引き受けたそうだが……」

「どういうことだっ!?」

「落ち着け。まずは座れ。話すんじゃなかった、俺にそんなことを思わせるなよ」


 テーブルに手を置き、座る。俺は黙ったぞ。さっさと聞かせろ。


「王都ギルドからの定期連絡で届いた知らせだ。事務的なもので詳しいことは書かれていなかった。すぐに討伐隊が組まれ、マンティコアは討伐された。だが、ファウストは見つからなかったらしい。今日も探しているとは思うが……」

「……死んだって言うのか?」

「あの小僧はBランク。一握りの実力者だ。相手がBランクの魔物だろうと、そう簡単に死にはしない」

「だったら、今頃は助けを待ってるかもしれない。休みをくれ。今すぐ王都に行く」

「待て。イゼクト大森林は、Cランクパーティーでもかなりの難所だ。頭に血が上がったお前が行ったところで、五分の確率で死ぬぞ。捜索隊の続報を待つべきだ」

「捜索隊が見つけてくれるってか? それは構わんよ。俺は王都に行く。着いたときには保護されているかもな。その時は、間抜けな俺を笑ってくれればいい」

「人の話を聞かないやつだな。話すんじゃなかったぜ。一応、ライオネルにも伝えたんだが――」


 帰り支度を始めようとすると、ギルドの扉が開き、息を切らしたライオネルが入ってきた。


「いいタイミングだ。頼むからブサクロノを止めてくれ」

「止めるって、何を……? そんなことより、ファウストが行方不明って――」

「なぁ、ライオネル。俺とパーティーを組まないか。王都ギルドに出向いて、要救助者1名を探し出す冒険だ」

「……あぁ、行こうぜ。俺も言おうと思ってたんだ」

「やっぱお前、イケメンだわ。そんじゃハゲ、後を頼む」

「はぁ……分かった。紹介状を渡しておく。捜索隊に参加できるはずだ。くれぐれも、現地の指示に従えよ。そして、ちゃんと帰ってこい」


 ハゲに見送られ、ライオネルと揃ってギルドを出る。ちゃんと帰ってくるさ。ファウストを連れて、3人でな。


 王都に行くには、徒歩では遠すぎる。乗り物としてふたつの選択肢がある。ひとつは、馬車だ。安いやつなら各町に止まり、夜が明けたら再び出発する。王都に到着するには、3~4日はかかるだろう。


「ワイバーンしかないか……」


 ワイバーンなら、何事もなければ一日とかからず王都に到着するだろう。馬と違って魔物だし、何日も休まず飛び続ける体力がある。足を選ぶなら、ワイバーン一択である。


 あまり乗り気ではないが、背に腹は代えられない。仕方なく、ワイバーンを扱っている業者を訪ね、貸して貰えることになった。


 黒みがかった緑色の肌をペチペチと叩いて、ため息をつく。


「ワイバーンに乗ったことないのか? 心配すんなって。落ちたりしないぜ」

「一度だけ乗ったことがあるんだけどな……」


 俺にとってワイバーンは、死を連想させる。だからあまり好きになれない。それでも、こいつに頼るしかない。3度目の正直だ。


「よろしくな、ワイバーン。王都まで最速で届けてくれ」


 空から見下ろす非日常の景色は、胸の内の不安を和らげてくれた……。



 日が傾きかけた頃、石造りの外壁が見えてきた。アルバの外壁の何倍も立派だが、年季を感じる。ようやく王都に到着したらしい。


 ワイバーンを現地の業者に引き渡す前に、予め渡されていた干し肉をネトっとした口の中に放り込み、別れの挨拶とした。


 巨大な門をくぐると、歩道は人で溢れ返り、広い道路は馬車が行列を成し、これまた年季の入った建物がこれでもかと視界に入る。広いはずの王都が手狭に感じるほどの活気だ。


「おいライオネル。現地ガイドは居るのか? 王都ギルドまでの道が分からん」

「俺が知ってるから安心していいぜ。夜になる前にささっと行くぜ!」


 ライオネルの背中を頼りに、人が行き交う道を進んでいく……。


「凄い人の数だな。良い服を着ている人も多いし、流石は王都だな……」

「ここは玄関みたいなものだから、商店やら立派な建物が多いのさ。居住区は一般市民も多いぜ」

「そうかぁ? ほら、あの冒険者を見てみろよ。高そうな装備してるぞ。俺なんて田舎もの丸出しって感じ……」

「あれは買ったばかりなだけだぜ。冒険の予定が少し先だけど、待ちきれなくて着込んで歩いてるんだ。慣らしって言ったほうがいいか」

「意外と人間臭いな。つーか、王都に詳しいな。何度も来てるのか?」

「いや……俺も少し前はそうだった。赤龍戦でパァになったけど」

「ルーククオリティだから仕方がない。それでも、負け犬を犠牲にして勝利を掴み取ったんだ。悪くないプレゼントになったんじゃないか?」

「今でも複雑だぜ。それより、ルーク本人にばったり出会っても、あんまり煽るなよ?」

「分かってるさ。時間が惜しいんだ。この人混みも鬱陶しくて仕方がないほどにな。人の少ない道はないのか?」

「裏道は治安が悪いぜ。どうしてもって言うなら、通ってもいいけど?」


 華の王都は、きらびやかなだけではないらしい。ちらりと横目で路地裏を拝むと、くたびれた服を来た人々が、ギラついた目をしていることも少なくなかった。


「……近道は止めておくか。余計に時間がかかりそうだ」

「それがいいぜ。厄介事の面倒臭さは、嫌というほど知ってるもんな」


 人の波をつまりながら進み続けると、巨大な建物が見えてきた。大きさはアルバギルドの倍近い。ややくたびれているといえば聞こえが悪いので、歴史ある建物だ。最大の特徴は、巨大な扉だ。もはや門と言っても過言ではない。


「……どうしたライオネル? 入らないのか?」

「あー、二手に分かれないか? イゼクト大森林に向けて装備を揃えたいんだ。俺はほら、赤龍戦でパァになっちまったし」

「あぁ、呪いの装備は修復できなかったか。俺が話を聞いておくから、ライオネルは装備を揃えてきてくれ。時間がかかりそうなら、待ち合わせの場所を決めておくか?」

「んー、そんなに時間はかからないと思う。念の為にここで待ち合わせってことで。そんじゃ、また後でな!」


 アクセルを使って軽快に去っていくライオネル。いつもより余裕がなかった気もするが、非常時だし不思議はないか。


 さて、行くとしよう。実力者が集う王都ギルドの内部へ……。


 ギルドに入ると、まず人の多さに驚いた。席に座った冒険者で広い空間が手狭に感じるほどだ。各々が打ち上げなり作戦会議なりをしているせいか、雑音も相当なものである。


 そのせいか、入ってきた俺に気づくまで少しの時間があった。こんなときまで命乞いから始めるわけにもいかないし、先手を打とう。声のデカさなら、自信があるんでね。


「俺は人間だ。アルバギルドからやってきた。行方不明になっているファウストの捜索隊に参加させてくれ」


 大半の連中は反応を示さない。ただ、俺の近くに居たやつが、顎を向けて受付を差した。まともな人が居て何よりだ。


 アルバと違って受付はたくさんあるが、どこも混んでいる。なるべく人の少ない場所に並び、ようやく自分の番がやってきた。


「ファウストの捜索隊に参加させてくれ。これ、紹介状だ」

「申し訳ありません。ファウスト様の捜索は、先日打ち切られました」

「周りが騒がしくて聞こえなかった。もう一度、言ってくれるか?」

「ファウスト様の捜索は、打ち切られました」

「……理由を聞いても?」

「捜索隊は有志の冒険者で結成されます。マンティコアは討伐されましたが、その影響は今もイゼクト大森林に残っています。並の冒険者では、捜索もままならないとの報告を受け、ギルドは捜索を打ち切り、一時的に立ち入り禁止エリアとなりました」

「だったら、こっちで勝手に探すよ。地図をくれるか」

「先程も申し上げた通り、今は立ち入り禁止です」

「俺はギルド職員だ。他の冒険者と一緒にされても困る。環境の調査はギルド職員の職務のはずだが?」

「ここは王都ギルドです。アルバギルドの管轄外ですよ。それに、入ったところで満足に捜索もできないでしょう」


 受付嬢が冷ややかな目で俺を見てくる。普段なら、そういうの歓迎するんだけどね。今は無駄な時間が何より嫌いだ。


「何が言いたい?」

「そんな装備で大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。問題ない」

「アルバは良いところのようですね。イゼクト大森林は危険地帯です。そのような粗悪な革鎧と、円盾では5分と持たずに死にますよ」


 装備が問題なのか。言われてみれば俺の装備はしょぼい。この場に居る冒険者たちは、どいつもこいつも強そうである。一番弱そうなやつでも、上質な金属が使われた防具を身に着けている。


 それに比べて、俺の装備は何の素材なのかも分からない革鎧だ。確かに、防御力は期待できないが……。


「サイズは規格外だぞ。条件は満たしたな。イゼクト大森林の場所を教えてくれ」

「お帰りください。あなたのためでもあるんですよ」

「つまらんやつだ。話にならん。責任者を出せ」

「留守にしております」


 いや、ここの受付って冷たくない? 人の皮を被った悪魔かな。ファウストは今も助けを求めているというのに……。


「お前さ、大事な人は居るか?」

「脅しですか。衛兵を呼びますよ」

「ファウストは、俺の友達なんだ。友達が今大変な状況で、助けを待ってる。一刻の猶予もない。俺が自己責任で助けに行くことさえダメだと?」

「心中お察しします。しかしながら、決まりですので」


 まるで話にならない。まいったな。脅しのネタを探している時間もないし、ここは切り札を使おう。


「とにかく責任者に取り次いで欲しい。断るのなら、あんたは明日にはクビだ」

「バカバカしい。もうおかえりください。本当に衛兵を呼びますよ」

「そうか。なら仕方ないな。後悔しても遅い。俺はしないけどな。おーい、称号の習得条件を知りたいやつは――」


 俺の切り札は、称号の習得条件を王都の冒険者に話すことである。ただし、ファウストの捜索に協力する見返りとして話す。何も一緒に来いとは言わない。場所さえ教えてくれればいい。


 これで俺は捕まるかもしれないが、その場合は偉い人には会えるだろう。どこに居るか分からない責任者が、すっ飛んでくるはず。どっちに転んでも必ずイゼクト大森林の場所を聞き出す。


――あんた、ファウストの知り合いなのか?


 覚悟を決めて、撒き餌を使おうとしたそのとき、ガタイはいいが、少し疲れた顔をした男の冒険者が話しかけてきた。


「ファウストの友達だ。探しに行きたいんだが、あそこの受付嬢が口を割らなくてね」

「本当にすまない!」

「うん? あの子の父親か? 娘さん、顔はいいけど、少しばかりお堅いね」

「俺はファウストと一緒にパーティーを組んでいたものだ。本当に申し訳ない」


 頭を下げられてもなお目立つ巨体。こいつ、タンクか。


「ひとつ聞かせてくれ。なぜファウストを見捨てて逃げた? 即席だろうと仲間じゃないのか?」

「仕方がなかったんだ! あのときは、他に手がなかった! 他の仲間を守るためには、ああするしかなかったんだ……」

「違うだろ。お前が弱かったからだろ。あとお仲間もな」


 タンクはパーティーの要にして、心の拠り所だ。それがくだらない理屈を並べて、逃げた。たとえファウストの提案だったとしても、たったひとり残されて、どれだけ心細かったことか……。


「イゼクト大森林の場所を教えろ」

「それは出来ない。あんたじゃ確実に死んでしまう。罵倒してくれて構わない。殴ってもいい。本当にすまない……」

「だったら、一発殴らせて貰うよ。【ウィスパー】【闇の感覚】」


 下半身の感覚を奪い、その力を上半身に移し替える。俺を支えろ、シャドーデーモン。仲間を見捨てて逃げた腑抜けタンクに喝を入れてやる。


 感情を乗せた全力の拳を、打ち込む。派手に吹き飛んで壁までぶち壊してしまったが、タンクだから死なないだろう。重装じゃなければ、意外と飛ぶんだな。


「ここは老朽化が酷いな。建て直しをおすすめするぞ。組織ごとな。あっ、これ修理費ね」


 これだけのことをすれば、注目が集まる。手間が省けて都合が良い。さて、称号を餌に口の軽いやつから聞き出し――。


「なんだか騒がしいにゃあ。喧嘩なら外で……げぇぇっ!?」

「おーい、キャリィ。厄介事には関わらないで、さっさと報告を……お、お前は……っ」


 見覚えのあるそいつらは、負け犬ルークとあへあへキャリィだった……。
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