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絆編

封印されしタンクヒーラークロノ死す

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 俺がタンクを名乗り出ると、ふたりは驚愕の顔を俺に向ける。それほどおかしいことは言ってないのだが。


「ブサクロノさん、冗談を言っている場合では――」

「俺が不甲斐ないばかりに、すまねぇ!」


 キレるファウストと、謝罪するライオネル。あれ? こういうときって、暗黙の了解で、頷くもんじゃねーの? あっ、即席パーティにはムリか!!


「信じろ! 俺が、タンクをやる!!」

「あなたのことは信じています。けれど、タンクとしては信用できない! 今の状況を崩すくらいなら、援軍を待つべきです!」

「敵の狙いは、俺だ。俺が自分の身を守りつつタンクをこなせば、一石二鳥じゃないか」

「それは理想の話です! 現実は残酷だ。気持ちだけで敵に勝てるわけじゃない!!」


 まったく、即席パーティってのは、嫌なもんだねぇ。こんな土壇場で、赤龍の攻撃を避けたり支援しながら口喧嘩しなきゃならんとは。


「どっちでもいいから、俺と代われ。見せてやるよ。クロノ流タンクってやつをな!」


 本当はタンクなんざやりたくない。まさかこんなにも早く、封印していたアレをすることになるとは……!


「少年! クロノは本気らしい。このままじゃジリ貧なのは見ての通りっ。本当に通用するのか、見極めてからでも遅くないんじゃねぇの。不甲斐ない、話だけどよ……っ」

「分かりましたよ! 僕が下がります。ライオネルさんはブサクロノさんのバックアップをお願いします!」

「言われなくとも守るさ!」


 あーあ、もうすっかりダメな子を見守る保護者じゃんか。心外だなぁ、俺だって、やれば出来る子なんだぞ!


「おい、赤龍! 目的の俺が出てきてやったぞ。さっさとかかって来い!!」


 赤龍の尾が動く。低レベルの魔術師では絶対に見えない攻撃か。ゆっくりとした動きでタイミングを悟らせず、ただでさえ早い尾を、さらに早く見せるテクニック。おまけに巨体を隠れ蓑にしているから厄介だ。


 だが、見える攻撃なら、シャドーデーモンの力を借りて、円盾で受け止める!


「……ごっ、はぁ……っ!?」


 ありえない。攻撃は見えていた。確実に盾で受けた。それなのに、何故……腹部に激痛が走り、俺は血を吐いているんだ……?


 地面を転がる俺を、誰かが背中から支える。


「生きてるか!? あれは初見じゃキツい。退くなら今だぜ?」

「……しなり、か」


 尻尾による攻撃は、確実に防いだ。けれど、尾という特性を分かっていなかった。盾で尻尾を受け止めても、その先が弧を描くようにしなる。真横から攻撃を受けてしまったわけだ……。


「大したもんだ。まだやるか?」

「当たり前だろ。【ヒール】」


 盾はまだ大丈夫だ。普通なら一発で粉々になるので、僅かにシャドーデーモンで包み、耐久性を上げている。新しい作戦である。


 それでもなお表面となる木の部分には、ハッキリと尾の後が残っているが、砕けていないのなら問題はない。砕けた肋骨はもう治した。


 俺は走り出す。幸いにも、ライオネルが受け止めてくれたおかげで、すぐに前衛に復帰できた。ここで足は止めない。俺はタンクだが、闇の魔術師だ。ゼロ距離ダークネスを、このクソトカゲにぶち当ててやらないと気が済まない。


――小賢しいッ。


 長く太く強靭な尻尾が、再び俺を襲う。その技はもう見た。尻尾の特性を頭に入れれば、受ける場所はひとつ!


「尻尾の……先端っ!!」


 両手持ちの盾で、尻尾の先端をガードした。これで追撃はない。けれど、満足な結果にはならなかった。


 俺はタンクとして信頼を勝ち取らないといけないのだ。攻撃を受け止めるつもりだったのに、大きく押し返され、俺の間合いが遠のいて行く。反応は出来ても、筋力が足りないか……っ。


「理屈は分かった。次はもっとうまくやれる」


 龍が僅かに苛立つ。口の端から炎を漏らし、懲りずに尻尾をしならせる。恐るべき尻尾も、今となってはハエ叩きにしか見えないぜ。


 受ける場所は尻尾の先端だ。衝撃と同時に腕の力を抜く。筋力が足りない俺では、受け止められない。だから、衝撃を殺しつつ、いなせばいい!


「はっはっは! 尻尾など恐るるに足らず!」


 受け流された尻尾が、反転して俺に襲いかかる。何度やったところで無駄無駄。じゃれてるんですねぇ――。


「避けろクロノッ!!」


 盾で受ける寸前、尻尾が軌道を変えた。まるで盾を避けるように、ストンと落ちて、がら空きになっていた足の側面にぶち当たる。


 激痛を感じるより早く、視界が揺らぐ。混乱の中、俺が見たのは、ありえない方向に曲がる両足だった。


「うぐ……っ、ふーっ、フーッ!!」


 痛い。うまく呼吸が出来ない。立ち上がれない。頭が回らない。けれど、追撃は確実にやってくる。どうにかして防がなければ――。


――脆いものだ。我が糧と成れッ。

「させるかよ……ぐぅっ!!」


 振り下ろされた尻尾を、ライオネルが受け止める。ずしりと地面が窪んでいる。金属の中盾がひん曲がった。


 これが本来の尾の威力か。俺は遊ばれていた。またしても、俺の得意分野でしてやられた。


――尾など恐るるに足らぬのでは? ちっぽけな仲間に助けられて、安堵するようなら、いっそ首を差し出せ。


 この……クソ野郎っ!!


 怒りが闘志を呼び戻す。俺がやるべきことは、地面に倒れて仲間に守られることじゃない!!


「【ハイヒール】」


 へし折れていたはずの両足が、瞬時に治る。自分の足で立ち上がり、御高説を垂れるトカゲ野郎に中指を立てた。


「大した攻撃じゃあ、ねぇなぁっ!! 俺を殺したきゃ、一撃でやってみろ!」


 忘れていた感は取り戻した。受けた怪我を治し、前線を維持する。ヘイトを取るスキルは使えずとも、言葉と行動で相手の注意を引きつける。これがタンクヒーラー本来の立ち回りだ。


 いかに赤龍が強くとも、即死させなければ俺は決して殺せない。そもそも、足は最初から防御が薄かった。纏ったシャドーデーモンは、急所を重点的に守っているのだから。


「尊大な赤龍様が、まさか隙間を掻い潜るなんて小技をしてくるとは夢にも思わなかったよ! 男なら、正面から、ぶち破って来いや!! どっかでママが泣いてるぜ!?」


――調子に、乗るなァァァッ!!


 吠えた赤龍が、怒りのままに、右手を振り下ろす。バカ正直に俺の言った通りの行動をしてきたわけか……ちょっと待って!?


 その攻撃は、見てないぞ!?


 やけくそで盾を掲げると、なんとか振り下ろし攻撃を受け止めることが出来た。なんだ、見た目の割に、随分と軽い攻撃だな――。


「違うクロノ!! 逃げろっっっ!!」


 ライオネルの鬼気迫る声。爪の隙間から見えた赤龍は、笑っている気がした。大口を開け、喉の奥が燃えている。


「まさか……っ」


 その瞬間、俺はすべてを察した。俺は攻撃を受け止めたのではない。押さえつけられているのだ。


 全力を尽くして、やっと持ちこたえられている。力を抜けば押しつぶされ、逃げなければ消し炭にされる。


――夢心地のまま、塵と成レッ。


 ブレスが来る! 直撃は即死する。この至近距離では、バリアは吐息で破られる。


「【ナイトスワンプ】」


 自慢じゃないが、俺の体重は規格外だ。おまけに赤龍に押さえつけられたこの状況なら、とっさに叫んで作り出した沼に、一瞬にして沈み込む!


 まだ安心はできない。至近距離での文字通りの高火力を受けている。魔術で作り出した沼など一瞬で干上がるだろう。【ナイトスワンプ】を、何度も唱えて、地獄からの脱出に成功した。


「……ぶはっ! し、死ぬかと思った!!」

「生きてたかぁ!! よくやったぜお前はぁ!!」


 頼むから抱きつくなライオネル。地獄を抜けたと思ったらまた地獄じゃねーか。


 ともかく、俺は生きている。いつもなら派手に喜ぶところだが、今の俺はタンクを自称している。仲間の信頼を勝ち取れたのか……?


「ダメ、ですね。危なっかしくて見ていられませんよ」


 ですよねー。しょうがない。とっておきを使うか。援軍の到着と同時に使って、戦況を畳み掛けるつもりだったんだがな……。


「【ウィスパー】【エンチャント・ダークネス】」


 円盾が黒く染まる。俺がタンクを自称できる根源であり、何度も何かを守ってきたスキルだ。


「ブサクロノさん……その、スキルは……?」

「見てりゃ分かるよ。きっと合格だぞ」


 よそ見をしていた俺の死角から、尾が迫る。完璧な不意打ちであるが、俺は無数の目を持っている。


 ダークネスを纏った円盾に、尾が触れた瞬間……黒い稲妻が走り、尾を弾き返す!!


――ギャオオオオオォォッ!?

「おやおや、生き物らしい声も出せるじゃないか。手加減していたのは、お前だけじゃないんだよ。ご自慢の尻尾が、台無しだな?」


 びっしりと生えていた龍の鱗は、一枚一枚が鋼を超える硬度を持つ。けれど、盾に触れた部分は、鱗は消し飛び、赤い肉から血が滴っている……。


 防戦一方だった俺たちが、初めて赤龍にダメージを与えた。攻撃に転じるきっかけになったんじゃないか。


「念のために聞きます。弱点などは?」

「死角? とくにありません。無敵です」

「認めましょう。前衛は任せましたよ!」


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