32 / 121
第16話 工房長の孫の絵の具職人②
しおりを挟む
玄関とは別に、外にも2階に上がる木の階段が、家の左側についていた。
アルベルトが鍵を取り出して、引き戸をグイと引っ張ると、ガタガタと音がした。
「掃除はしてるから、綺麗だよ。」
そう言われて中に入ると、
「……わあ!」
1階すべてが広い作業場のようなスペースになっていて、ここがアトリエらしい。
奥に2階に通じる階段があり、住居からも降りてこられるようだ。アルベルトに住居スペースも見るかと聞かれて、私は一も二もなくうなずいた。2階に上がり、アルベルトが階段の上のドアのノブを回して中に入る。
ドアのどこにも鍵穴がなかったから、鍵がかからないのかと思ったけれど、内側からのみ鍵のかけられる仕様なのだそうだ。
住居部分はもともと家族用に建てられたのか、いくつか部屋があって、リビング兼広々としたキッチンまでついている。1人暮らしでこれはだいぶ贅沢なんじゃないかしら?
一見こじんまりとして見えた家は、採光の為に少し縦長に建てられていたようで、実際1階の作業スペースから考えても、かなり広いつくりの建物だった。
お風呂場には猫足のバスタブが置かれていて、床にタイルが貼られていた。
「素敵……!とても気に入りました。」
私がそう言うと、
「──たぶん、もっと気にいる。」
と言って、アルベルトが私に外についてくるよう促した。家の裏は森だと思っていたのだけれど、木々の間を少し抜けると、そこは広く開けたスペースになっていた。
おまけに日当たりのよいところに、ポツンと可愛らしいガゼボがある。外敵がいないからなのか、ガゼボには何羽もの小鳥が羽を休めていて、開けたスペースの草の上をウサギが何羽か、はねて遊んでいるようだった。
色とりどりの花も咲き乱れて、ここで絵を描いたらどんなに素晴らしいことだろうか。
「なんて素敵なの……!」
「前の住人も、ここで絵、描いてた。」
「わかるわ。こんな素敵な場所に暮らしていたら、ここで絵を描きたくなるもの。」
私がガゼボに行ってみたいと言うと、アルベルトはこっくりうなずいて、先にガゼボの1段高くなっているところに上がると、私に手を差し伸べてくれた。
「──あっ!!小鳥が……!!」
アルベルトがガゼボに入った時は逃げなかった小鳥たちが、私がガゼボに入ろうとした瞬間、一斉に飛び立ってしまい、私は少しショックだった。あの子たちを描くのは無理そうね……。私が落ち込んでいると、
「大丈夫、すぐ慣れる。」
とアルベルトが言った。
「──チイ。怖くない、おいで。」
アルベルトがそう言って手を差し出すと、一羽の小鳥がアルベルトの伸ばした指先に舞い降りてとまった。その手を顔の前に近付けて、小鳥を見つめて優しく微笑む。ザジーのことといい、小動物が好きなのかしら?
「……よく懐いているのね。」
私がそう言うと、
「小さい時、巣から落ちて、親から見捨てられてたの、拾って育てた。小鳥は命が短いけど、ラカン鳥は長生き。このまま死んだら可愛そうだと思った。……ずっと友だち。」
「へえ……。」
チイと呼ばれた小鳥が、チチチチ……と鳴くと、安全だと思ったのか、他の小鳥たちも再び戻って来て、ガゼボにとまった。
風が優しく吹いて、アルベルトの前髪をサラリと後ろに流す。アルベルトはとても爽やかで、工房長に似た優しい眼差しの青年だった。私はこの場所がすっかり気に入ってしまった。いずれここを借りたいと告げると、
「住んでくれたら家も喜ぶ。ここ、俺が昔住んでた家。誰も住まないの寂しかった。」
と言った。
「──アルベルトがこの家に住んでたの?」
「……母さんが生きてた頃、ここでいつも絵を描いてた。俺が小さい時、父さんが母さんの為にこの家を建てた。絵を描いている母さんを見てる父さんは、毎日幸せそうだった。
だけど母さんがいない家を見るのが辛いって、爺ちゃんの家に引っ越した。……俺も父さんが心配だったし、1人では住みたくなかったから。けど、ずっと気になってた。」
「そうだったの……。」
もし住むとなったら、大切に住むわね、と私が言うと、アルベルトは優しく微笑んでくれた。アルベルトが父親と工房長と住んでいる家も、このすぐ近くらしい。引っ越して来たらお隣りさんだね、と言ってくれた。
私は一度アルベルトとともに店に戻ると、工房長にお礼を言って店をあとにした。
帰り道でアンの家に寄った。来ることは事前に告げていなかったから、とても驚いていたけれど、アンは嬉しそうに私を出迎えてくれた。このあたりに引っ越してこようと思うの、と言うとアンは、ついにあの家を出られるんですね!お嬢様がご近所さんになるだなんて、とても嬉しいです!と、既に引っ越しが近日に決まったかのように喜んでくれた。
────────────────────
少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
アルベルトが鍵を取り出して、引き戸をグイと引っ張ると、ガタガタと音がした。
「掃除はしてるから、綺麗だよ。」
そう言われて中に入ると、
「……わあ!」
1階すべてが広い作業場のようなスペースになっていて、ここがアトリエらしい。
奥に2階に通じる階段があり、住居からも降りてこられるようだ。アルベルトに住居スペースも見るかと聞かれて、私は一も二もなくうなずいた。2階に上がり、アルベルトが階段の上のドアのノブを回して中に入る。
ドアのどこにも鍵穴がなかったから、鍵がかからないのかと思ったけれど、内側からのみ鍵のかけられる仕様なのだそうだ。
住居部分はもともと家族用に建てられたのか、いくつか部屋があって、リビング兼広々としたキッチンまでついている。1人暮らしでこれはだいぶ贅沢なんじゃないかしら?
一見こじんまりとして見えた家は、採光の為に少し縦長に建てられていたようで、実際1階の作業スペースから考えても、かなり広いつくりの建物だった。
お風呂場には猫足のバスタブが置かれていて、床にタイルが貼られていた。
「素敵……!とても気に入りました。」
私がそう言うと、
「──たぶん、もっと気にいる。」
と言って、アルベルトが私に外についてくるよう促した。家の裏は森だと思っていたのだけれど、木々の間を少し抜けると、そこは広く開けたスペースになっていた。
おまけに日当たりのよいところに、ポツンと可愛らしいガゼボがある。外敵がいないからなのか、ガゼボには何羽もの小鳥が羽を休めていて、開けたスペースの草の上をウサギが何羽か、はねて遊んでいるようだった。
色とりどりの花も咲き乱れて、ここで絵を描いたらどんなに素晴らしいことだろうか。
「なんて素敵なの……!」
「前の住人も、ここで絵、描いてた。」
「わかるわ。こんな素敵な場所に暮らしていたら、ここで絵を描きたくなるもの。」
私がガゼボに行ってみたいと言うと、アルベルトはこっくりうなずいて、先にガゼボの1段高くなっているところに上がると、私に手を差し伸べてくれた。
「──あっ!!小鳥が……!!」
アルベルトがガゼボに入った時は逃げなかった小鳥たちが、私がガゼボに入ろうとした瞬間、一斉に飛び立ってしまい、私は少しショックだった。あの子たちを描くのは無理そうね……。私が落ち込んでいると、
「大丈夫、すぐ慣れる。」
とアルベルトが言った。
「──チイ。怖くない、おいで。」
アルベルトがそう言って手を差し出すと、一羽の小鳥がアルベルトの伸ばした指先に舞い降りてとまった。その手を顔の前に近付けて、小鳥を見つめて優しく微笑む。ザジーのことといい、小動物が好きなのかしら?
「……よく懐いているのね。」
私がそう言うと、
「小さい時、巣から落ちて、親から見捨てられてたの、拾って育てた。小鳥は命が短いけど、ラカン鳥は長生き。このまま死んだら可愛そうだと思った。……ずっと友だち。」
「へえ……。」
チイと呼ばれた小鳥が、チチチチ……と鳴くと、安全だと思ったのか、他の小鳥たちも再び戻って来て、ガゼボにとまった。
風が優しく吹いて、アルベルトの前髪をサラリと後ろに流す。アルベルトはとても爽やかで、工房長に似た優しい眼差しの青年だった。私はこの場所がすっかり気に入ってしまった。いずれここを借りたいと告げると、
「住んでくれたら家も喜ぶ。ここ、俺が昔住んでた家。誰も住まないの寂しかった。」
と言った。
「──アルベルトがこの家に住んでたの?」
「……母さんが生きてた頃、ここでいつも絵を描いてた。俺が小さい時、父さんが母さんの為にこの家を建てた。絵を描いている母さんを見てる父さんは、毎日幸せそうだった。
だけど母さんがいない家を見るのが辛いって、爺ちゃんの家に引っ越した。……俺も父さんが心配だったし、1人では住みたくなかったから。けど、ずっと気になってた。」
「そうだったの……。」
もし住むとなったら、大切に住むわね、と私が言うと、アルベルトは優しく微笑んでくれた。アルベルトが父親と工房長と住んでいる家も、このすぐ近くらしい。引っ越して来たらお隣りさんだね、と言ってくれた。
私は一度アルベルトとともに店に戻ると、工房長にお礼を言って店をあとにした。
帰り道でアンの家に寄った。来ることは事前に告げていなかったから、とても驚いていたけれど、アンは嬉しそうに私を出迎えてくれた。このあたりに引っ越してこようと思うの、と言うとアンは、ついにあの家を出られるんですね!お嬢様がご近所さんになるだなんて、とても嬉しいです!と、既に引っ越しが近日に決まったかのように喜んでくれた。
────────────────────
少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。
730
お気に入りに追加
1,565
あなたにおすすめの小説
もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
【完結】断りに行ったら、お見合い相手がドストライクだったので、やっぱり結婚します!
櫻野くるみ
恋愛
ソフィーは結婚しないと決めていた。
女だからって、家を守るとか冗談じゃないわ。
私は自立して、商会を立ち上げるんだから!!
しかし断りきれずに、仕方なく行ったお見合いで、好みど真ん中の男性が現れ・・・?
勢いで、「私と結婚して下さい!」と、逆プロポーズをしてしまったが、どうやらお相手も結婚しない主義らしい。
ソフィーも、この人と結婚はしたいけど、外で仕事をする夢も捨てきれない。
果たして悩める乙女は、いいとこ取りの人生を送ることは出来るのか。
完結しました。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる