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第16話 工房長の孫の絵の具職人②

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 玄関とは別に、外にも2階に上がる木の階段が、家の左側についていた。
 アルベルトが鍵を取り出して、引き戸をグイと引っ張ると、ガタガタと音がした。
「掃除はしてるから、綺麗だよ。」
 そう言われて中に入ると、
「……わあ!」
 1階すべてが広い作業場のようなスペースになっていて、ここがアトリエらしい。

 奥に2階に通じる階段があり、住居からも降りてこられるようだ。アルベルトに住居スペースも見るかと聞かれて、私は一も二もなくうなずいた。2階に上がり、アルベルトが階段の上のドアのノブを回して中に入る。
 ドアのどこにも鍵穴がなかったから、鍵がかからないのかと思ったけれど、内側からのみ鍵のかけられる仕様なのだそうだ。

 住居部分はもともと家族用に建てられたのか、いくつか部屋があって、リビング兼広々としたキッチンまでついている。1人暮らしでこれはだいぶ贅沢なんじゃないかしら?
 一見こじんまりとして見えた家は、採光の為に少し縦長に建てられていたようで、実際1階の作業スペースから考えても、かなり広いつくりの建物だった。

 お風呂場には猫足のバスタブが置かれていて、床にタイルが貼られていた。
「素敵……!とても気に入りました。」
 私がそう言うと、
「──たぶん、もっと気にいる。」
 と言って、アルベルトが私に外についてくるよう促した。家の裏は森だと思っていたのだけれど、木々の間を少し抜けると、そこは広く開けたスペースになっていた。

 おまけに日当たりのよいところに、ポツンと可愛らしいガゼボがある。外敵がいないからなのか、ガゼボには何羽もの小鳥が羽を休めていて、開けたスペースの草の上をウサギが何羽か、はねて遊んでいるようだった。
 色とりどりの花も咲き乱れて、ここで絵を描いたらどんなに素晴らしいことだろうか。

「なんて素敵なの……!」
「前の住人も、ここで絵、描いてた。」
「わかるわ。こんな素敵な場所に暮らしていたら、ここで絵を描きたくなるもの。」
 私がガゼボに行ってみたいと言うと、アルベルトはこっくりうなずいて、先にガゼボの1段高くなっているところに上がると、私に手を差し伸べてくれた。

「──あっ!!小鳥が……!!」
 アルベルトがガゼボに入った時は逃げなかった小鳥たちが、私がガゼボに入ろうとした瞬間、一斉に飛び立ってしまい、私は少しショックだった。あの子たちを描くのは無理そうね……。私が落ち込んでいると、
「大丈夫、すぐ慣れる。」
 とアルベルトが言った。

「──チイ。怖くない、おいで。」
 アルベルトがそう言って手を差し出すと、一羽の小鳥がアルベルトの伸ばした指先に舞い降りてとまった。その手を顔の前に近付けて、小鳥を見つめて優しく微笑む。ザジーのことといい、小動物が好きなのかしら?
「……よく懐いているのね。」

 私がそう言うと、
「小さい時、巣から落ちて、親から見捨てられてたの、拾って育てた。小鳥は命が短いけど、ラカン鳥は長生き。このまま死んだら可愛そうだと思った。……ずっと友だち。」
「へえ……。」
 チイと呼ばれた小鳥が、チチチチ……と鳴くと、安全だと思ったのか、他の小鳥たちも再び戻って来て、ガゼボにとまった。

 風が優しく吹いて、アルベルトの前髪をサラリと後ろに流す。アルベルトはとても爽やかで、工房長に似た優しい眼差しの青年だった。私はこの場所がすっかり気に入ってしまった。いずれここを借りたいと告げると、
「住んでくれたら家も喜ぶ。ここ、俺が昔住んでた家。誰も住まないの寂しかった。」
 と言った。

「──アルベルトがこの家に住んでたの?」
「……母さんが生きてた頃、ここでいつも絵を描いてた。俺が小さい時、父さんが母さんの為にこの家を建てた。絵を描いている母さんを見てる父さんは、毎日幸せそうだった。
 だけど母さんがいない家を見るのが辛いって、爺ちゃんの家に引っ越した。……俺も父さんが心配だったし、1人では住みたくなかったから。けど、ずっと気になってた。」

「そうだったの……。」
 もし住むとなったら、大切に住むわね、と私が言うと、アルベルトは優しく微笑んでくれた。アルベルトが父親と工房長と住んでいる家も、このすぐ近くらしい。引っ越して来たらお隣りさんだね、と言ってくれた。
 私は一度アルベルトとともに店に戻ると、工房長にお礼を言って店をあとにした。

 帰り道でアンの家に寄った。来ることは事前に告げていなかったから、とても驚いていたけれど、アンは嬉しそうに私を出迎えてくれた。このあたりに引っ越してこようと思うの、と言うとアンは、ついにあの家を出られるんですね!お嬢様がご近所さんになるだなんて、とても嬉しいです!と、既に引っ越しが近日に決まったかのように喜んでくれた。

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