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第16話 工房長の孫の絵の具職人①

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「……それと、このあたりにアトリエが持てる家を探しているのですが、どこか心当たりはありませんでしょうか?1人で住むので、小さくていいのですが。」
「──お一人で?」
 工房長は一瞬、私の背景をおもんばかるように眉を寄せたが、すぐに、いいところがありますよ、と言ってくれた。

「うちが管理しているアトリエ兼住宅が、ちょうど1つ空いています。よろしければこれから案内致しましょうか?とても素敵な家ですから、きっと気にいると思います。」
「──本当ですか!?」
「ええ。──すぐにでもご覧に?」
「はい、出来ればぜひ。」
「わかりました。」

 そう言うと、工房長はいったん精算カウンターを他の従業員に任せて、店の奥へと引っ込んで行き、しばらくすると黒髪の背の高い若者を連れて、店の奥から戻って来た。
 手に汚れた手袋をしていて、同じく汚れたエプロンを身に着けている。ひょっとして職人さんかしら?酷く無愛想な印象だけれど、職人と言われてイメージするのはこういう感じだから、それなら不思議ではないわね。

「孫のアルベルトです。
 こいつに案内させますので、どうぞじっくりご覧になってみてください。」
 少し前髪が長くて、あまりハッキリとは表情が見えないけれど、朗らかな印象の工房長とはあまり似ていないみたいね。私はお礼を言って、アルベルトとともに店の外へ出た。

 汚れたエプロンと手袋を外したアルベルトは、何故か私の一歩後ろをついてくる。
 私はアルベルトがあまりこちらに近付いて来ようとしないのが少し気になっていた。
 ……これからアトリエのあるところまで道案内をして貰わなくちゃいけないのに、このまま私が先に立って歩くのかしら?

 そこへ、ザジーを両腕に抱いた、白髪を緩やかにまとめた老婦人が、にこやかな笑顔でこちらに近付いて来る。ひょっとしてあれがザジーの飼い主だろうか?絵から召喚されていないザジーは、私に見向きもしなかった。
「あらアルベルト!この間は本当にありがとうねえ。おかげでこの子も怪我ひとつなかったわ。あなたは大丈夫だった?」

 するとどうしたことだろう、アルベルトが突然モジモジしだしたかと思うと、落ち着かなさそうに頬を少し赤く染めたかと思うと、老婦人から目をそらした。
「……別に、屋根くらい、修理でたまに登るから、大したこと、ない。ザジーが無事で良かった。何かあったら、いつでも言って。」

 老婦人はそんなアルベルトの姿を見て、ふふっと微笑んだあとで私を見ると、
「……この子はねえ、本当に年上の女性に弱いのよ。こんな私のようなおばあちゃんでも、どうしても恥ずかしいのですって。
 緊張すると言って、村の年上の女性は誰もアルベルトに目も合わせて貰えないのよ?」
 と言った。

 私がアルベルトをチラリと見やると、上から見下ろしているアルベルトとバッチリ目が合った瞬間──バッと体ごと視線をそらされた。……なによ、かわいいじゃないの。
 だからあんなにも距離を取っていたのね。
 そんなアルベルトに目を細めた老婦人は、
「あなたはアルベルトの恋人かしら?
 この子はとっても可愛らしいでしょう?」
 と私に聞いてきた。

「私は……。」
「──違う。お客さん。爺ちゃんの頼みで、これからアトリエに案内するんだ。」
 イタズラっぽくそう言う老婦人に、アルベルトが私の言葉にかぶせるように言うと、
「早く、行こう。」
 からかわれたのがよっぽど恥ずかしかったのか、私の手を掴んでグングン歩き出す。

 遠くから老婦人の、アルベルトはとってもいい子よ~。この子をよろしくね~、と言っている声が聞こえ、遠ざかっていった。
 背の高いアルベルトの歩幅に合わせて歩くのは難しく、私はすぐに息切れしだしてしまった。手を掴まれたまま、私は足を止めた。
 アルベルトがそれに気が付いて、戸惑っているのが分かる様子で私を振り返る。

「……ごめんなさい、その、足が早いわ。
 もう少し、ゆっくり歩いていただけないかしら。追い付くのがやっとで……。」
 そこでようやく手を握ったままなことにも気が付いて、パッと手を離すと、うなじまで真っ赤に染めながら、ゴメン……と言った。
 悪い子じゃ、ないみたいね。

 私は大丈夫です、と言って、今度はゆっくりと歩いてくれるアルベルトについて、彼の朱に染まった首筋を眺め、笑みを漏らした。
「──ここ。」
 アルベルトが指をさしたのは、一見こじんまりとした2階建ての木の家だった。ただ少し普通の家と異なるのは、玄関にあたる部分が引き戸のようになっていることだった。

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