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第13話 新進気鋭の若手魔法絵師①

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「彼は気に入った方にしかメイクを施さないのだとか。ロイエンタール伯爵夫人は気に入られたのですね、羨ましいことですわ。」
「当家のメイドにも、せめて少しでもその技術を学ばせたいですわ。お願いいたします、ロイエンタール伯爵夫人。」
 令嬢も御婦人方も口々にそう言ってくる。

 ここでやらないとはとても言えなかった。
「……わかりました。お願い致します。」
「それは良かった!──では、一度メイクを落として来ていただいても?」
「ご案内して差し上げなさい。」
 バルテル侯爵夫人に声をかけられたメイドが、私をバルテル侯爵家の屋敷の中に案内してくれる。私はメイクを落として戻った。

「やはり予想通り、……いいえ、予想以上に素肌がお美しいですね!
 これは久しぶりに興奮してきましたよ。」
 フィッツェンハーゲン侯爵令息は、そう言って私を椅子に座らせると、かたわらの鞄からケープを取り出して私の体を覆った。

「魔法絵師がキャンバスに魔法をかけるのが仕事なら、私の仕事は女性の素肌に魔法をかけることです。必ずやあなたを、より美しく変身させてみせましょう。
 どうぞ安心して心を委ねて下さい。」
 そう言って、36色の絵の具よりも多い、たくさんのメイク道具を使って、私にメイクをほどこしだした。

 時折薬指の指先で、両方のこめかみをクッと持ち上げ、優しく顔の傾きを直される。
 なぜ薬指なのかというと、中指と人差し指は、メイク用品を叩いたり、のばしたりするのに使うからのようだった。親指も時折使っているから、薬指なのだろう。

 それにしても顔が近いわ。確かに微調整を加えているようだから、間近で顔を見る必要があるのだろうけど、メイドたちが私にメイクをする時よりも近い気がする。フィッツェンハーゲン侯爵令息が素敵な人だから、私は落ち着かない気持ちでいたのだった。

「──どうぞ、鏡を。いかがでしょうか?」
 そう言ってフィッツェンハーゲン侯爵令息が手渡してくれた手鏡を私が覗き込むのと、周囲がため息のような悲鳴を漏らすのとが、ほぼ同時だった。私は鏡の中の自分を吸い込まれるように見つめていた。

 ……これが……、私……?
 どうしてもメイクで隠しきれない、血色の悪い目の下の薄いクマも、よく言えば白い、悪く言えば単調で温かみのない肌の色は姿を消して、はつらつとした女性がそこにいた。
 切れ長の大人っぽい艷やかな眼差しは、王国の女性なら誰もが憧れるものだ。

 そしてふっくらと縁取られた印象的な唇。私は自分の唇が厚みがあるのが少し苦手だったのだけれど、むしろそのほうが全体を引き締めて、口元に目が行く感じに仕上がっていた。自分の顔をこんなにも眺めていたいと思ったのは初めてのことだった。

「とても……素敵で驚きました。」
「それは良かった。これからも、メイクを必要とする機会があれば、私に担当させてはいただけないでしょうか?」
 フィッツェンハーゲン侯爵令息は、そう言うと恭しくひざまずいて、私に手を差し出して来た。周りの令嬢や御婦人方が羨ましげにそれを見つめながらため息を漏らす。私が手を差し出すと、そこに軽く口付けた。

「よろしくお願いいたします……。」
 それからは私が話題の中心になった。どの令嬢も御婦人方も、口々に私のメイクをほどこされた姿を褒めてくれた。あまり社交をしない私には、この環境は少し落ち着かなかったが、褒めてくれているのだから、むげにするわけにもいかない。

 それからしばらくして、ひと通り話題が出尽くした頃、そろそろバルテル侯爵夫人の購入したという、パトロンをしている画家の絵を見に行きましょうということになった。
 バルテル侯爵家に入り、広い廊下に飾られた絵の前に連れて来られた。日の当たる場所は絵によくないので、この場所に飾ってあるとのことだった。

 ロイエンタール伯爵家に飾られている、アデリナ・アーベレ嬢の絵は、カーテンが閉められてはいるものの、窓のある階段の上に飾られている。カーテンを開けることもあるから、その時は直接的ではないものの、日差しがあたることになる。つくづく我が家に絵を見にくるよう招待しなくて良かったわと思った。絵を大切にしない、絵の扱いも分からない人だと思われるのがオチだったわね。

 それは巨大な美しい泉の絵だった。アデリナブルーとはまた違う、空の青の美しさと、それを水面に映した泉の青の美しさのコントラストが素晴らしかった。新進気鋭というのもうなずける。そしてこの絵の魔法絵らしいところは、湖から魚が飛び出して跳ねる姿を楽しめるところだった。

 水中に、まるで生きているかのように泳ぐ魚たちが、本当に時折動き出したり、水面に飛び出してきたりする。
「……素晴らしいですわ!」
「この画家を見出して支援することを決めたバルテル侯爵夫人はさすがですわ!」
 皆が口々に、絵の作者であるヴィリバルトと、バルテル侯爵夫人の両方を褒める中、アデリナ嬢とフィッツェンハーゲン侯爵令息も絵に見入っているようだった。

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