旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第六章 新しい家族

最高の魔法 中編

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 サフィールが寝巻のまま子ども達と一緒に一階の食堂に降りていくと、そこにはすでに朝食が並んでいた。店の厨房で作られた料理を魔法陣を通って森の家の食堂に運んで並べていたのは、店の掃除を終えたジェダとセラフィである。
「おはよう! ジェダ、セラフィ!!」
 ステラは元気よく、兄のように慕うふたりに飛びついた。
 女神様のように綺麗(ステラ談)なジェダと、恰好良くて街の女の子達にも大人気のセラフィは、ステラの自慢だ。二人に優しく微笑まれ、ステラはうっとりと目を細める。そして大好きな二人に挟まれる自分の席に、ご機嫌で座った。
 サフィールとルイスも、ジェダとセラフィに朝の挨拶をして自分の席に着く。そうしてしばらくすると、仕込みに一段落つけたアニエスや他の猫達が食堂に現れた。
「おはよう、サフィール」
 アニエスがまず、椅子に座っているサフィールの頬にキスをする。
 そうするとサフィールも、アニエスの頬にキスを返して「おはよう」と言った。
 それからルイスとステラにも同じようにキスをするのは、アウトーリ家のいつもの朝の光景である。そうして、全員が席に着いて食前の祈りを唱えて手を合わせ、食事が始まる。
 今朝のメニューは白身魚とカブのスープに、チシャの葉とトマト、ニンジンのサラダ。籠に盛られた焼き立てのパンには、お好みでバターや蜂蜜、ジャムを塗る。
 そしてカリカリに焼いたベーコンと、ふわふわのオムレツだ。
「このオムレツおいしい~」
 ステラがそう感嘆の声を上げれば、「今日のはオレが焼いたのにゃっ」とキースが誇らしげに言う。ステラは素直に「すごいすごい!」と褒めて、キースはますます得意げだ。
「お母さん、このジャム……」
 ルイスは、黒スグリのジャムの入った瓶を手にアニエスを見上げる。
「どうしたの? ルイス」
「おいしい……。こんど、俺もこれ、作ってみたい」
「わかったわ。森に行って黒スグリを摘んで、一緒に作ってみましょうね」
「うん」
「あー! ルイスばっかりずるいわ!! お母さん、私も森に行きたい!」
「ステラはその場でぜんぶ食べちゃうだろ」
「食べないもん!」
「こらこら、喧嘩しないの。そうだ、今度の休みに皆で行きましょう。お弁当を作って、ね?」
 アニエスがそう兄妹の仲裁をすると、アクアが「それはいい考えですにゃ!」と賛成してくれた。他の猫達も頷いているし、サフィールも「いいね」と言ってくれる。
「お弁当……! ピクニックね」
 ステラもすっかり機嫌を直して、次の休みに思いを馳せた。
 家族揃って行くピクニックは、どんなに楽しいだろうかと。
 それはルイスも同じだったようで、父譲りの無表情に少しの喜色を滲ませながら、黙々と朝食を口にした。


 そんな賑やかな食事の後。ルイスとステラはネリーと一緒に森の家でお留守番。カルはサフィールと一緒に魔法使いの店でお手伝い、他の猫達はアニエスと一緒にパン屋で働く。
 双子が幼い頃は子守り役の使い魔猫は二匹だったが、二人が成長して手が掛らなくなってくると、一匹で見ることになった。それも、双子がこの春に学校に通うようになったらなくなるだろう。
 弟や妹のように思う二人の成長が喜ばしい半面、「少しだけ寂しいにゃ……」とネリーは思った。
「今日は何をして遊ぶにゃ?」
 ネリーが尋ねると、双子は揃って「ん~」と考え込んでから言った。
「お外で魔法使いごっこ!」
 と元気よく言ったのはステラ。
 ステラは父のような魔法使いになるのが夢で、まだ魔法は使えないものの、箒にまたがったり杖に見立てた木の棒を振って魔法を使ったつもりになるごっこ遊びが大好きなのだった。
「……読書」
 と、ボソリと言ったのはルイスである。ルイスは読みかけだったレシピ本の続きが読みたいし、それから春に入学する学校の予習もしておきたかった。
「えー! つまんない!! お外で遊ぼうよ!!」
「魔法使いになりたいんだったら勉強もちゃんとしろよ」
「なによ! ルイスが読むのはどうせお菓子の本でしょ!」
「俺は魔法使いになりたいわけじゃない」
「うう~!!」
 自分より頭の良い兄には口では適わない。ステラは悔しそうに唸り、「なによ! ルイスのばかー!!」と力に訴え――つまり、兄の頭をぽかぽかと叩き始めた。
「ちょっ、だ、ダメにゃ~!!」
 ネリーが慌てて止めようとするが、ステラは止まらない。
「ばかー!!」
「痛っ! この、ばかおんな!!」
 そしてルイスもやられっぱなしではなく、反撃とばかりに妹の髪を引っ張った。
「いたーい!」
「最初に手を出してきたのはステラだろ!」
「ルイスがいじわるするからだもん!」
「なんだと!」
「け、喧嘩はダメ~!!」
 前言撤回。まだまだ「寂しい」と感傷に浸る暇はないくらいこの二人のお世話は大変だと、ネリーは改めて思った。


 一方、アニエスは自分の店で忙しく立ち回っていた。
 改装後、以前の店よりも広くなり置けるパンの種類が増えた分だけ、やることも増える。そうしてありがたいことに、客の入りはいつも上々だった。
「いらっしゃいませ!」
 元気よく笑顔で、来店してくれたお客様に挨拶をする。馴染みの常連客とは世間話も交えて、そして初めて見る顔にはおススメのパンを紹介したり、観光客には街の名所を教えたりと言葉を交わしながら、賑やかに時間は過ぎる。
 それは同じ店内に併設するカフェスペースも同様で、こちらの厨房は使い魔猫達の中で一番料理上手なキースが取り仕切っている。制服にしている白いコック服に着替えたキースは、カフェカウンターの奥の簡易厨房でフライパンを振っていた。注文された軽食を作っているのだろう。
 そして白いシャツに黒のスラックス、そして黒のカフェエプロンを腰に巻いた他の使い魔猫達が、カフェの給仕をしたり厨房で焼き上がったパンを売り場に並べたりと忙しく立ち回っている。
 かつて愛らしい姿で街の人達に人気だった使い魔猫達だが、今では成長した姿が「かっこいい」と、特に街の女性陣に大人気だった。今カフェでお客さんの注文をとっているセラフィが一番人気で、ジェダはツンと澄ました感じもまた良いと評判。実は男性のファンもついている。(もちろん、ジェダにぞっこんのクレス伯爵は変わらず、暇さえあれば店に通い詰めている。)
 カルは誠実な接客で年配のお客さんに大人気だし(これまた、カルにぞっこんの伯爵の従者も変わらず、暇さえあれば……である)アクアは愛嬌たっぷり! 幅広い年代に人気だ。ライトは愛想こそないけれどそのクールさが良いと評判で、ネリーは変わらず「可愛い」ところが良いと人気者。
 もちろん、二児の母となった後も変わらず美しいアニエスのファンも根強く残っている。
 街の男達曰く、アニエスは自分達の『永遠のマドンナ』なのだそうだ。ヤキモチ焼きの魔法使いの報復が怖いので、それを大っぴらに言うことはないけれど。
 そんな評判と、アニエスや猫達の作るパンや軽食が美味しいのも相俟って、アニエスのパン屋とカフェは大人気だった。

 昼食は、仕事の合間にぱぱっととる。カフェが一番忙しくなるのがお昼時のため、キースと今日のカフェ担当のジェダ、セラフィは後から。そしてパン屋の方の店番を請け負ってくれたカルを残し、アニエスは他の使い魔猫達と店の厨房の隣にある休憩室で昼食をとる。
 この休憩室は、店を改装した際に新しく作った部屋だ。仕事が忙しく、店をやっている時は魔法陣があるとはいえ家に戻る時間も惜しいだろうと、サフィールの提案で作られた。昼時には、この休憩室に上の店からサフィールが、そして森の家から双子がやって来てここで揃って昼食をとる。
 休憩室にはすでにサフィールが下りてきていて、人数分のお茶とミルクを用意してくれていた。双子が飲むのも、使い魔猫達と同じぬるめのホットミルクだ。
 そうしてアニエスがライト、アクアと一緒に用意した今朝の残りのスープとたくさんのパン――お店に出すには少しだけ不格好な物や、あらかじめ昼食用にと多めに作って置いたサンドイッチ、総菜パンなど――をテーブルの上に並べていく。
 すると休憩室の扉が開いて、ネリーに連れられたルイスとステラがやって来た。ちなみに、ルイスとのとっくみあいでぐちゃぐちゃになってしまったステラの髪はネリーが直してくれた。
 これで全員が揃い、少しだけ慌ただしい昼食が始まる。
「今日は何をして遊んでいるの?」
 自分の右隣の席に座った娘の口元についたパン屑をとってやりながらアニエスがそう尋ねると、ステラは「あのね~」と、母に話す。
「じゃんけんで負けちゃったから、午前中はお家で本を読んで~、午後からは公園に行くの!」
 あの喧嘩の後、ネリーに「どっちもやりましょうにゃ! 順番は、じゃんけんで決めるにゃ!」と仲裁され、こうなったのだ。ステラはじゃんけんで負けたことに不満げだったが、午後からは外で遊べると楽しそうだった。
「あら! それじゃあ、おやつにクッキーを包んであげましょうね」
「うん!」
「お母さん、多めにお願い。たぶんブレット達もいると思うから」
「! ハンナ達もいるかも! お母さん、お願い!」
 ブレットやハンナは、双子と同年の子供達だ。二人がこれから行こうとしている街の公園は島の子供達のかっこうの遊び場なので、きっと友達も多く来ているだろう。
「はいはい。たくさん包んであげるわね」
「「ありがとう!」」
 アニエスはにっこりと微笑んで、食事の後、たくさんのクッキーを包んで双子に持たせてやった。



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