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第四章 二人の日常3
図書館司書アリスの第一歩 前編
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『図書館司書とブチ猫』の続きです。
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キース君と抱き合って、私はたくさんたくさん泣いた。
まるで幼い子供のように。
キース君も泣いていた。
泣いて、泣いて。
どれほど時間がたっただろう。
涙を拭い、お互いの顔を見て。
私達は、笑った。
真っ赤に腫れた目が、兎のようで。
笑って、笑って。
笑ったら、なんだかお腹が空いてきて。
キース君のくれたパンをもう一つ、ふたりで分けて食べた。
美味しかった、あのパン。
胡桃パンの、味を。
私はけして、忘れないだろう…。
あれから、アリスは少しずつ心を外に向けるようになった。
たとえば、事務的な会話しかしていなかった利用者と他愛の無い話をする。
たとえば、休日は家に籠らないで外へ出かける。
人の多い街中。気持ち良い海風の吹く港。
彼女は初めて、自分が暮らすこの島を知った気がした。
「今日は何を作ろうかな…」
これまで領主館の料理人に届けてもらっていた食事も、なるべく自炊するようになった。今までは、食材を買いに出るのも億劫に思えたけれど…、とアリスは思う。
お店の人がすすめてくれる新鮮な食材を、慣れない手つきで何とか料理して食べる食事は、とても美味しく感じられた。
そうだ。今日はポトフを作ろう。
昨日図書館に本を借りに来た農家の奥さんに、教えてもらったレシピがある。
港の市で、野菜を買って…。
それから、アニエスさんのパン屋で、ポトフに合うパンを買おう…、と。
今日は図書館の休館日である。
自宅を掃除して、溜まっていた洗濯物を全部洗って干して。
買い物カゴと財布を手に、アリスは街へ繰り出した。
先にパンを買っておこうと、アリスはパン屋に向かう。
アニエスは、たまに図書館にお菓子作りや料理の本を借りに来る。
王都育ちのアリスの目から見ても、ほんわかとした雰囲気の可愛らしい美人である彼女は、この島でただ一人しかいない魔法使い、サフィール・アウトーリの奥方だ。
そして、彼女の店には魔法使いの使い魔猫、キース達が働いている。
アニエスのパン屋は、いつも人で賑わっている。
無理もない。なにせ、店の外にも漂って来るパンの香ばしい匂いは本当に美味しそうで、実際に食べても期待以上に美味しいのだから。
それに、客と接するアニエスや使い魔猫達の笑顔が、とっても素敵なのだ。
アリスは、「私も見習わないと」と思う。
無表情で本を差し出されるより、笑顔で差し出された方がずっと気分が良いだろう、と。
「いらっしゃいませ! あら、アリスさん!!」
店に入ると、カウンターの向こうでアニエスがアリスに気付き、声を掛けてくれた。
「こんにちは、アニエスさん。うわあ…いい匂い…」
奥の厨房から漂って来る、甘ーい薫り。
食欲をそそられる、幸せな薫りだ。
「ちょうど今、ベイクドチーズケーキが焼き上がったの」
「チーズケーキ…」
実は、アリスの大好物だったりする。
レアチーズケーキも好きだが、ぽってりと濃厚なクリームに香ばしい焦げ目のついたベイクドチーズケーキが大好きだ。
「…それ、一ついただけますか?」
焼き立てのベイクドチーズケーキを一つ。
本当はポトフ用のパンだけ買うつもりだったけど、食後のデザートに頂こう。
領主館の執事さんに最近わけてもらった豆を挽いて、コーヒーを淹れて…。
うん。ブラックコーヒーとベイクドチーズケーキ。とっても素敵な組み合わせだ。
アリスはますます、今夜の食事が楽しみに思えた。
「あっ、アリスさん!!」
厨房に続く扉が開いて、中から焼き立てのベイクドチーズケーキの載ったトレイを運ぶブチ猫のキースが出てきた。
「こんにちは、キース君」
「こんにちはっ!!」
キースはいつも元気が良い。
見ていると、こちらまで元気になれる笑顔だ。
「キース。アリスさんにベイクドチーズケーキを一つ差し上げて」
アニエスは笑顔で、キースに指示する。
キースは「はいですにゃ!」と頷いて、棚に置いたトレイをどうぞ、とアリスに見せる。
「どれも美味しいですにゃ! 好きなの選んでくださいにゃ!!」
「うん。ありがとう」
アリスは焼き立てのベイクドチーズケーキを一つ選び、自分の買い物用トレイに載せた。
それから他のパンも物色しよう…と色々見ていると、その後をキースがついて来る。
「他には、どんなパンをお探しですにゃ?」
選ぶのお手伝いしますにゃ! というキースの言葉に、アリスはまた「ありがとう」と微笑む。
「今日はね、ポトフを作ろうと思ってるの。それに合うパンを探してるんだけど…」
「ポトフ!! それなら、こっちのバゲットがよく合いますにゃ!!」
言って、キースは籠に差さっているバゲットの中から一本を取り出すと、アリスに手渡した。
固くこんがりと焼かれたシンプルなパンは、確かにポトフに合いそうだ。
「あっ、でもこっちも合うし…」
これも、これも合うにゃ!! と言って、キースは次々と色んなパンをトレイに載せていく。
気付けば、アリスのトレイはたくさんのパンでいっぱいになっていた。
「…キース君?」
「にゃっ!? ご、ごめんなさいにゃー!!」
キースは慌てて頭を下げる。
ついつい嬉しくて、いっぱいパンを選んでしまった。
しかしアリスは、それを咎めるでもなく。
「みんな、美味しそうね」
笑って、パンをみんな買ってくれた。
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キース君と抱き合って、私はたくさんたくさん泣いた。
まるで幼い子供のように。
キース君も泣いていた。
泣いて、泣いて。
どれほど時間がたっただろう。
涙を拭い、お互いの顔を見て。
私達は、笑った。
真っ赤に腫れた目が、兎のようで。
笑って、笑って。
笑ったら、なんだかお腹が空いてきて。
キース君のくれたパンをもう一つ、ふたりで分けて食べた。
美味しかった、あのパン。
胡桃パンの、味を。
私はけして、忘れないだろう…。
あれから、アリスは少しずつ心を外に向けるようになった。
たとえば、事務的な会話しかしていなかった利用者と他愛の無い話をする。
たとえば、休日は家に籠らないで外へ出かける。
人の多い街中。気持ち良い海風の吹く港。
彼女は初めて、自分が暮らすこの島を知った気がした。
「今日は何を作ろうかな…」
これまで領主館の料理人に届けてもらっていた食事も、なるべく自炊するようになった。今までは、食材を買いに出るのも億劫に思えたけれど…、とアリスは思う。
お店の人がすすめてくれる新鮮な食材を、慣れない手つきで何とか料理して食べる食事は、とても美味しく感じられた。
そうだ。今日はポトフを作ろう。
昨日図書館に本を借りに来た農家の奥さんに、教えてもらったレシピがある。
港の市で、野菜を買って…。
それから、アニエスさんのパン屋で、ポトフに合うパンを買おう…、と。
今日は図書館の休館日である。
自宅を掃除して、溜まっていた洗濯物を全部洗って干して。
買い物カゴと財布を手に、アリスは街へ繰り出した。
先にパンを買っておこうと、アリスはパン屋に向かう。
アニエスは、たまに図書館にお菓子作りや料理の本を借りに来る。
王都育ちのアリスの目から見ても、ほんわかとした雰囲気の可愛らしい美人である彼女は、この島でただ一人しかいない魔法使い、サフィール・アウトーリの奥方だ。
そして、彼女の店には魔法使いの使い魔猫、キース達が働いている。
アニエスのパン屋は、いつも人で賑わっている。
無理もない。なにせ、店の外にも漂って来るパンの香ばしい匂いは本当に美味しそうで、実際に食べても期待以上に美味しいのだから。
それに、客と接するアニエスや使い魔猫達の笑顔が、とっても素敵なのだ。
アリスは、「私も見習わないと」と思う。
無表情で本を差し出されるより、笑顔で差し出された方がずっと気分が良いだろう、と。
「いらっしゃいませ! あら、アリスさん!!」
店に入ると、カウンターの向こうでアニエスがアリスに気付き、声を掛けてくれた。
「こんにちは、アニエスさん。うわあ…いい匂い…」
奥の厨房から漂って来る、甘ーい薫り。
食欲をそそられる、幸せな薫りだ。
「ちょうど今、ベイクドチーズケーキが焼き上がったの」
「チーズケーキ…」
実は、アリスの大好物だったりする。
レアチーズケーキも好きだが、ぽってりと濃厚なクリームに香ばしい焦げ目のついたベイクドチーズケーキが大好きだ。
「…それ、一ついただけますか?」
焼き立てのベイクドチーズケーキを一つ。
本当はポトフ用のパンだけ買うつもりだったけど、食後のデザートに頂こう。
領主館の執事さんに最近わけてもらった豆を挽いて、コーヒーを淹れて…。
うん。ブラックコーヒーとベイクドチーズケーキ。とっても素敵な組み合わせだ。
アリスはますます、今夜の食事が楽しみに思えた。
「あっ、アリスさん!!」
厨房に続く扉が開いて、中から焼き立てのベイクドチーズケーキの載ったトレイを運ぶブチ猫のキースが出てきた。
「こんにちは、キース君」
「こんにちはっ!!」
キースはいつも元気が良い。
見ていると、こちらまで元気になれる笑顔だ。
「キース。アリスさんにベイクドチーズケーキを一つ差し上げて」
アニエスは笑顔で、キースに指示する。
キースは「はいですにゃ!」と頷いて、棚に置いたトレイをどうぞ、とアリスに見せる。
「どれも美味しいですにゃ! 好きなの選んでくださいにゃ!!」
「うん。ありがとう」
アリスは焼き立てのベイクドチーズケーキを一つ選び、自分の買い物用トレイに載せた。
それから他のパンも物色しよう…と色々見ていると、その後をキースがついて来る。
「他には、どんなパンをお探しですにゃ?」
選ぶのお手伝いしますにゃ! というキースの言葉に、アリスはまた「ありがとう」と微笑む。
「今日はね、ポトフを作ろうと思ってるの。それに合うパンを探してるんだけど…」
「ポトフ!! それなら、こっちのバゲットがよく合いますにゃ!!」
言って、キースは籠に差さっているバゲットの中から一本を取り出すと、アリスに手渡した。
固くこんがりと焼かれたシンプルなパンは、確かにポトフに合いそうだ。
「あっ、でもこっちも合うし…」
これも、これも合うにゃ!! と言って、キースは次々と色んなパンをトレイに載せていく。
気付けば、アリスのトレイはたくさんのパンでいっぱいになっていた。
「…キース君?」
「にゃっ!? ご、ごめんなさいにゃー!!」
キースは慌てて頭を下げる。
ついつい嬉しくて、いっぱいパンを選んでしまった。
しかしアリスは、それを咎めるでもなく。
「みんな、美味しそうね」
笑って、パンをみんな買ってくれた。
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