45 / 73
第四章 二人の日常3
お留守番の日 後編
しおりを挟むカフェの帰りに市場や食料品店を回って、食材を買う。
今夜帰って来る予定の夫や使い魔猫達に、美味しい夕食を作るのだ。
たくさんの食材を抱えて家に帰るアニエス。
そうして早い時間から、せっせと夕食の下拵えに入った。
きっと疲れて帰って来るだろう、と。
ボリュームも栄養も、そして愛情もたっぷりの料理の数々。
次々と作り上げていくそれらを、食卓に運んで。
サフィールの好きな、ワインも空けよう。
猫達の好きなまたたび酒も、と。
ぱたぱたと立ち回って色々用意して、その頃にはサフィール達が帰って来る。
はず、だった。
(……遅い……)
時計の針は夜の八時を回っていた。
食卓に座り、一人待つアニエスはぼんやりと目の前の料理を見つめる。
熱々だったそれらは今、みんな冷めてしまっていた。
サフィールは、「六時には帰れるから」と言っていたのに。
アニエスはフォークで、山と盛られたチキンナゲットをぱくりと食べる。
「美味しい…」
自信作のナゲットは、冷めても美味しい。
けれど…。
「…サフィールの馬鹿…」
温かいうちに、食べてほしかったのに。
結局、九時になってもサフィール達は戻らず。
アニエスは料理を厨房に片付けて、寝室に戻った。
お風呂を済ませ、寝台に入り。
明日はどうしよう…と思い悩む。
(…明日も、お店を休みにしないとダメかしら…)
得意先には、明日も配達に行けると言ってある。
その約束を破るわけにはいかないが、そうすると店を開けられない。
(…頑張れば、午後からなら…)
店を開けられるかもしれないと。
思いながら、アニエスの意識は眠りの淵に落ちていった。
カタン、と物音がする。
その音に目を覚ましたアニエスは、灯りを消していたはずの室内が明るいことに気付いて身を起こした。
「…サフィール…?」
「…ごめん。起こした…?」
見れば夫のサフィールが、旅装のままで寝台の傍に立っていた。
ああ、帰って来てくれたのだ。
「おかえりなさい…」
「ただいま、アニエス。ごめん、遅くなった」
アニエスはぎゅうっとサフィールに抱きついて、首を振る。
遅い、と少し恨めしく思っていたけれど。
「ううん…。帰って来てくれて、嬉しいわ」
いざサフィールの姿を目にすると、それよりも嬉しさの方が勝ってくる。
「…一人で、大丈夫だった?」
サフィールはそう、囁くように問いかける。
アニエスはまじまじと、サフィールの顔を見つめて。
「ええ!」
と笑った。
瞬間、サフィールの顔がしゅん…と沈む。
彼は言って欲しかったのだ。「淋しかった」と。
自分がいなくて、「淋しくてしょうがなかった」と。
「久しぶりにゆっくり眠って、一人でカフェでランチして…。楽しかったわ」
「………」
「でもね」
アニエスは落ち込む夫の両頬に、そっと手を当てる。
「美味しいランチも、一人じゃなくて…。サフィールと一緒が良いって、思ったの」
「アニエス…」
一人で大丈夫だなんて嘘よ、と。
アニエスは言う。
約束を破ったサフィールに、ちょっとだけ意地悪をしたのだと。
「おかえりなさい、サフィール。帰って来てくれて、嬉しい」
「…うん」
二人は再びぎゅうっと互いを抱きしめ合って、キスをする。
そのまま寝台に押し倒される、そう思ったアニエスだったが…。
「…?」
サフィールはそっと、身を離した。
「…汗でどろどろ、だから。シャワー浴びてくる」
そういえば、彼はまだ旅装のままだった。
そのままでも、構わないのに…とアニエスは思ったが、
「……うん。待ってる」
頬を赤らめて、夫を送り出す。
寝台で、シャワーを浴びる夫を待つ。
その間のどきどきは、何度体を重ねても変わらない。
自分はこれからあの人に抱かれるのだ、という。
緊張と、高揚は。
「………」
やがて、浴室の扉が開く音がして。
「………」
腰にタオルを巻いただけのサフィールが、寝台に近付く。
「…髪、濡れてるわ」
「うん…。でも、」
もう待てないから、と。
サフィールはアニエスの顎を捕らえ、口付けを。
これ以上は待てないと言った言葉の通り、その舌でアニエスの口内を蹂躙する、情熱的なキスだった。
「んん…」
口付けを交わしながら、ゆっくりと寝台に体を押し倒される。
「…っ、駄目…。風邪ひいちゃうわ」
濡れた髪に手を当てて、アニエスが言う。
「うん。だから…」
君が温めて、と。
サフィールはアニエスの体を、ぎゅう、と抱きしめる。
「ああっ」
サフィールに貫かれて、アニエスは最初の絶頂を迎えた。
その頃にはもう、互いに生まれたままの姿になって、シーツの上で絡み合っている。
自分の上に押し被さる夫の体を、アニエスはぎゅうと抱きしめたまま離さない。
離れたくないと、懇願するように自分にしがみつく妻に、サフィールはますます煽られてしまう。
「…そんなに淋しかった?」
俺が傍に居なくて、とサフィールは問う。
だから俺を離さないの? と。
自分を捕らえて離さないアニエスの中に、さらにずん…っと自分を押し込む。
低く囁かれながら腰を動かされ、アニエスは息も絶え絶えに頷いた。
「んっ。あ…っ、淋し、かった…のっ」
くちゅりくちゅりと、淫らな水音が響く。
達したばかりの体に与えられる快楽に、また果ててしまいそうだった。
「…っ、は…っ。アニエス…、可愛い…」
涙を零しながら快楽に悶える妻の瞼をぺろりと舐めて、背中に回された彼女の腕を離し、自分の手と絡ませるようにシーツに縫い付ける。
「離さないよ。アニエス。愛してる…っ」
そしてサフィールは、いっそう激しくアニエスを抱き貫いた。
夜中の寝台の上で。
互いにくたくたになった体を絡ませ、横になる。
そういえば…と、アニエスは自分の黒髪を玩ぶ夫に問うた。
「サフィール、夕飯食べたの…?」
「…あ」
「もう! ちゃんと食べないと、駄目よ…」
持ってくるから待っていて、とアニエスは裸身にガウンを纏い、寝室の扉を開ける。
すると、廊下にはトレイに載った夕食が一人分、置かれていた。
「あら…」
これは、アニエスが作って厨房に置いておいた夕食だ。
それを手にとって、「猫達が用意してくれたのね…」とアニエスは微笑む。
サフィールにそのトレイを見せると、彼は案の定、「カル達か…」と言った。
相変わらず、抜かりの無い使い魔猫達である。
「……帰りに面倒な魔法使いに捕まって、遅くなって。帰ってきたら厨房から美味しそうな匂いがしたから、猫達が騒いでた」
「まあ…」
「あいつらは、アニエスの料理が大好きだから」
すぐに飛びついて、皆でがつがつ食べていたよ、とサフィール。
「…あなたも一緒に食べればよかったのに」
トレイを膝にのせ、フォークを手に取るサフィールにアニエスが言うと。
「俺はいちばん、アニエスが食べたかったから」
と、しれっと答えた。
「…っ! もう…」
「? これ、美味しいね」
色々な運動で疲れた体には、それはもう美味しいだろう。
赤面するアニエスを尻目に、サフィールはぱくぱくと食事を進めていった。
もう、本当に…。
この人には、敵わないわ。
「…食べたら、もう一回、良い?」
「!?」
まだまだアニエスが足りない、と言うサフィール。
ああ、本当に。
愛しい人には、敵わない。
************************************************
久しぶりに書いた気がする、この二人の甘いちゃらぶえっち。
しかし相変わらず、濡れ場を書くのは難しいです…。
0
お気に入りに追加
458
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
愛のない身分差婚のはずが、極上御曹司に甘く娶られそうです
水守真子
恋愛
名家・久遠一族のお抱え運転手の娘として育った原乃々佳は、久遠の末娘同然に可愛がられて育ったが、立場をわきまえ、高校進学後は距離を置いて暮らしていた。そんな折、久遠の当主が病に倒れ、お見舞いに向かった乃々佳に、当主は跡取り息子の東悟との婚約を打診。身分違い、それも長年距離を置いていた相手との婚約に一度は断るものの、東悟本人からもプロポーズされる。東悟が自分を好きなはずがないと思いつつ、久遠家のためになるならと承諾した乃々佳に、東悟は今まで見たことがない甘い顔を見せてきて……
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる