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第四章 二人の日常3
初雪の朝に
しおりを挟む肌寒さを感じて、アニエスは目を覚ました。
薄暗い室内。起きる時間にはまだ早いと、寝台の傍にある時計が教えてくれる。
けれど、アニエスはゆっくりと身を起して。
隣に眠るサフィールを起こさないように、そっとカーテンを引いた。
(…やっぱり…!)
氷のように冷えた窓の、向こう側。
見慣れた港の街並みに、今朝は。
「雪…」
真っ白い雪が積もっていた。
クレス島では、冬になると数日だけ雪が降る。
積もってもすぐに消えてしまう儚い雪だ。
だから島の子供達は、冬になってとびきり冷え込む日になると。
我先にと、早起きして外に飛び出していく。
そうして、滅多に遊べない真っ白い雪で、遊ぶのだ。
島で育ったアニエスもまた、子供の頃の習慣のままに、こんな日には自然と早く目が覚めてしまう。
大人になってからも、冬になって初めて見る雪というものは特別で。
毎年、感慨にふけってしまう。
ぼうっと白い雪景色を見ていると、子供の頃に感じていたわくわく感とは違う、どこか切ないような、寂しいような。
それがどこか、心地良いような。
不思議で、静かな、気持ちになる。
まだ陽が昇りきっておらず、霞みがかったように青白い世界。
わずかな陽光に、凍った空気の粒子がきらきらと反射して、輝いていて。
とても、美しかった。
「……綺麗…」
どの季節も好きだけれど、と彼女は思う。
冬は、朝が一番好きだわ、と。
しんと張りつめた空気は、この上なく清浄な気がして。
雪が全ての音を吸い込んだかのような静寂も。
空からゆっくりと舞い降りてくる、雪を眺めるのも。
好きだわ、と。
アニエスは少しだけ窓を開けて、桟に僅かに積もる雪を掬った。
間近に見る雪は、ようく目を凝らすとその結晶の形がよく見える。
しかし結晶の形を確かめようとしている内に、あっという間に人の熱に解かされて消えてしまう。
(…ふふ。冷たくて、気持ち良い…)
「…ん…」
ふいに、隣に眠るサフィールが身動いで。
アニエスは慌てて窓を閉め、サフィールに視線をやった。
「んん…?」
サフィールは自分の手でこし…と瞼をこすると、「アニエス…?」とどこか寝惚けた声で言う。
「ごめんなさい、サフィール。起こしてしまったわね…。…寒かった?」
「さむ…? く、ない。だいじょうぶ…」
「まだ起きる時間には早いわ。寝ましょう…?」
「ん…」
アニエスも夜具の中にぽすっと潜って、寝惚けたままのサフィールと向かい合う。
寒い朝は、こうして。
二人の体温で温もった夜具の中にもぐっているのが、一番幸せだわと思いながら。
「……アニエス、手、冷たい…?」
サフィールの手が、アニエスの手に触れ。
見れば、開かれた二色の双眸がアニエスをぼうっと見つめている。
「…あっためてあげる…」
まだどこか夢見心地な、声。
「あっ…」
サフィールの唇が、ちゅっとアニエスの手に触れる。
温かな舌が、冷え切ったアニエスの肌をぺろりと舐め上げて、
「サフィールっ!?」
アニエスは思わず、声を上げた。
「あったかい…?」
(…っ、あったかい、けど…)
愛撫するような突然の夫の行動に、アニエスはかあっと頬を赤らめる。
(なにも、舐めなくても…っ)
しかし恥ずかしがるアニエスを尻目に、サフィールは今度は彼女の指をぱくりと口に含んだ。
「んんっ」
ちゅくちゅくと、わざと音を立てて舐め上げるサフィール。
柔らかい舌にねぶられる感触に、アニエスの肌がざわりと粟立つ。
「んっ。…あったかくなったね」
口の端を笑ませて言う、サフィール。
「……もうっ」
「ここも、あったかい…?」
サフィールはアニエスの手を掴んでいた手を離し、今度は彼女の胸に触れた。
寝巻の上からでもよく伝わってくる、彼女の胸の確かな温もり。
「…サフィール、すっかり目、覚めてるんじゃない…っ」
やわやわと胸を揉みしだかれ、ボタンを外され露わにされた頂きを口で吸われて、息も絶え絶えにアニエスは言う。
先ほどまでぼんやりと寝惚けていたサフィールの目は、すっかり冴え切っていて。
今は熱の籠った眼差しで、アニエスを見つめている。
「ん」
「あっ、朝から…っこんな…っ」
「…だめ?」
言いながらも、サフィールの手はするすると下へ伸び、寝巻の裾から侵入して彼女の太股を撫でて行く。
「ひゃぁっ…っん…」
「二人であったかく、なろう?」
そして、アニエスは。
朝からすっかり欲情した夫に、身も心も温められてしまったのである。
そんな、ある冬の日の。
初雪の、朝のお話。
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