旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

文字の大きさ
上 下
34 / 73
第四章 二人の日常3

初雪の朝に

しおりを挟む



 肌寒さを感じて、アニエスは目を覚ました。
 薄暗い室内。起きる時間にはまだ早いと、寝台の傍にある時計が教えてくれる。
 けれど、アニエスはゆっくりと身を起して。
 隣に眠るサフィールを起こさないように、そっとカーテンを引いた。
(…やっぱり…!)
 氷のように冷えた窓の、向こう側。
 見慣れた港の街並みに、今朝は。
「雪…」
 真っ白い雪が積もっていた。
 クレス島では、冬になると数日だけ雪が降る。
 積もってもすぐに消えてしまう儚い雪だ。
 だから島の子供達は、冬になってとびきり冷え込む日になると。
 我先にと、早起きして外に飛び出していく。
 そうして、滅多に遊べない真っ白い雪で、遊ぶのだ。
 島で育ったアニエスもまた、子供の頃の習慣のままに、こんな日には自然と早く目が覚めてしまう。
 大人になってからも、冬になって初めて見る雪というものは特別で。
 毎年、感慨にふけってしまう。
 ぼうっと白い雪景色を見ていると、子供の頃に感じていたわくわく感とは違う、どこか切ないような、寂しいような。
 それがどこか、心地良いような。
 不思議で、静かな、気持ちになる。
 まだ陽が昇りきっておらず、霞みがかったように青白い世界。
 わずかな陽光に、凍った空気の粒子がきらきらと反射して、輝いていて。
 とても、美しかった。
「……綺麗…」
 どの季節も好きだけれど、と彼女は思う。
 冬は、朝が一番好きだわ、と。
 しんと張りつめた空気は、この上なく清浄な気がして。
 雪が全ての音を吸い込んだかのような静寂も。
 空からゆっくりと舞い降りてくる、雪を眺めるのも。
 好きだわ、と。
 アニエスは少しだけ窓を開けて、桟に僅かに積もる雪を掬った。
 間近に見る雪は、ようく目を凝らすとその結晶の形がよく見える。
 しかし結晶の形を確かめようとしている内に、あっという間に人の熱に解かされて消えてしまう。
(…ふふ。冷たくて、気持ち良い…)
「…ん…」
 ふいに、隣に眠るサフィールが身動いで。
 アニエスは慌てて窓を閉め、サフィールに視線をやった。
「んん…?」
 サフィールは自分の手でこし…と瞼をこすると、「アニエス…?」とどこか寝惚けた声で言う。
「ごめんなさい、サフィール。起こしてしまったわね…。…寒かった?」
「さむ…? く、ない。だいじょうぶ…」
「まだ起きる時間には早いわ。寝ましょう…?」
「ん…」
 アニエスも夜具の中にぽすっと潜って、寝惚けたままのサフィールと向かい合う。
 寒い朝は、こうして。
 二人の体温で温もった夜具の中にもぐっているのが、一番幸せだわと思いながら。
「……アニエス、手、冷たい…?」
 サフィールの手が、アニエスの手に触れ。
 見れば、開かれた二色の双眸がアニエスをぼうっと見つめている。
「…あっためてあげる…」
 まだどこか夢見心地な、声。
「あっ…」
 サフィールの唇が、ちゅっとアニエスの手に触れる。
 温かな舌が、冷え切ったアニエスの肌をぺろりと舐め上げて、
「サフィールっ!?」
 アニエスは思わず、声を上げた。
「あったかい…?」
(…っ、あったかい、けど…)
 愛撫するような突然の夫の行動に、アニエスはかあっと頬を赤らめる。
(なにも、舐めなくても…っ)
 しかし恥ずかしがるアニエスを尻目に、サフィールは今度は彼女の指をぱくりと口に含んだ。
「んんっ」
 ちゅくちゅくと、わざと音を立てて舐め上げるサフィール。
 柔らかい舌にねぶられる感触に、アニエスの肌がざわりと粟立つ。
「んっ。…あったかくなったね」
 口の端を笑ませて言う、サフィール。
「……もうっ」
「ここも、あったかい…?」
 サフィールはアニエスの手を掴んでいた手を離し、今度は彼女の胸に触れた。
 寝巻の上からでもよく伝わってくる、彼女の胸の確かな温もり。
「…サフィール、すっかり目、覚めてるんじゃない…っ」
 やわやわと胸を揉みしだかれ、ボタンを外され露わにされた頂きを口で吸われて、息も絶え絶えにアニエスは言う。
 先ほどまでぼんやりと寝惚けていたサフィールの目は、すっかり冴え切っていて。
 今は熱の籠った眼差しで、アニエスを見つめている。
「ん」
「あっ、朝から…っこんな…っ」
「…だめ?」
 言いながらも、サフィールの手はするすると下へ伸び、寝巻の裾から侵入して彼女の太股を撫でて行く。
「ひゃぁっ…っん…」

「二人であったかく、なろう?」

 そして、アニエスは。
 朝からすっかり欲情した夫に、身も心も温められてしまったのである。
 そんな、ある冬の日の。
 初雪の、朝のお話。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大好きな貴方への手紙

03
恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:123

最強魔術師とリス令嬢2nd 〜未来を決める日〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:73

鬼景色

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:32

転生した魔術師令嬢、第二王子の婚約者になる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,192pt お気に入り:2,289

あかりの燈るハロー

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:32

魅了が解けた世界では

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:9,771

鬼畜柄の愛撫シリーズ 番外編

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:376

処理中です...