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5章 火事の裏側
48話 幸せな時間
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「筋萎縮性側索硬化症です」
医者にそう言われた時は絶望的な気分だった。
目の前が真っ暗になった様に感じられて何も考える事ができなかった。
まさか自分が指定難病にかかってしまうとは思ってもいなかったからだ。
「それって、どう言うものなのでしょうか?」
彼の話す雰囲気からなんとなくの想像は出来ていたけれど、それでもハッキリと言葉で聞きたかった。
手足から始まり、のどや舌など、呼吸に必要な筋肉がだんだんとやせていき、しだいに力がなくなっていくとの事だった。
症状が軽くなることはなく、平均の生存期間は発症から二~五年程度だそうだ。
それが分かった事で、今後どのような生活をしていくべきなのかを真剣に考えなければならない。
突然の余命宣告だったが、一番に思い浮かんだのは自分の死よりも子供達の事だった。
私には年子の息子と娘が居るが、後少ししか彼等の成長を見届けられないかと思うと何とも言えない気持ちになっていく。
自分に異変を感じ始めたのは、何かが割れる様な凄い音がした時だった。
視線を床に向けると粉々になった息子のお気に入りお茶碗の破片が散乱している。
「やってしまった……」
そうつぶやいた時には既に遅い。
夕食後の洗い物を終えて、棚に食器をしまおうとした時、手に取った筈のお茶碗が落下して床で砕けたのだ。
一瞬の出来事ではあったが、凄く不思議な感覚だった。
手に力が入らなくなったと言うべきか、瞬間的に握力がなくなった気がしたのだ。
「大丈夫でしたか?」
最初にそう言ってくれたのは、子供の友達涼香ちゃんだ。
「びっくりさせてごめんね、でも大丈夫だから……。
踏むと危ないから、こっちにはこないでね……」
「大丈夫?
僕が片付けるから、母さんは座っててよ」
息子颯太は、そう言ってホウキとチリトリを持ってきた。
「ごめん、颯太が気に入っていたお茶碗を割ってしまったわ」
彼はニコっと笑った。
「そんなの気にしなくていいよ、怪我がなかったのならそれで良いじゃん」
彼が大きい破片をよけた後にホウキで掃き、娘の麻衣がチリトリを構えて細かいものを集める。
優しくて良い子達に育ってくれていると思うと何だかとても嬉しく思う。
片付けが終わった二人は笑いながらホウキとチリトリを元の場所へ戻しに行った。
「ありがとう……」
私は彼の言う通り、リビングの椅子に座らせてもらった。
少し疲れていたのかもしれない。
今日は友達が二人、誠君と涼香ちゃんが遊びに来ていたので夕食をご馳走したのだ。
急な話だったので、あり合わせの材料で簡単に作ったメニューだったが、皆喜んでくれた。
「未祐さんの料理は本当に美味しいです。
ご馳走様……」
誠君はいつも私が作ったご飯を美味しいと言って完食してくれる。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「うちは料理ができないので、いつもライザのお惣菜ばかりですよ?
母にも未祐さんのレシピを教えてもらえませんか?」
小声でこそっと言ってきたが、そんな事は知っている。
と言うのも彼の母親は高校時代からの私の親友であり、彼女は昔から下手だった。
何度か簡単な料理を教えた事もあったが、一向に上手くならなかったのだ。
「あはは、真央は昔から料理がダメだったからね……。
分かった、誠君と涼香ちゃんには特別に未祐さんのレシピを教えてあげよう……」
二人は嬉しそうだ。
「お願いします」
涼香ちゃんは、お母さんが仕事で家に居なくて、自分でご飯を用意していると言っていたけれど、おそらくはレトルトとインスタントばかりだと思う。
そう考えると、自分で作る事ができる様になったら嬉しいんじゃないだろうか?
「ちょっと待ってて……」
私は引き出しから料理のレシピノートを出すと、誠君に渡す。
「真央はたぶんこれを見ても真似できないから、誠君が作って、あの子にも食べさせてあげてね」
彼はパラパラとめくって軽く中身を確認する。
「これ、凄いですね……。
本当にもらっていいんですか?」
内容に関しては全て頭に入っているので自分にとっては、もう不要なものである。
「ええ。
でもごめん、これは一冊しかないの……。
誠君、涼香ちゃんにコピーしてあげてくれない?」
同じ物をあげたかった所ではあるけど、自分用の覚書きとして作った物なので当然一冊しかない。
「分かりました、涼香の分は俺がコンビニか何処かでコピーします」
まぁ、コピーでもレシピの内容は一緒だから良いかな?
「未祐さん、ありがとうございます。
私もこのノートで色々勉強させてもらいます」
嬉しそうに笑っている。
「涼香ちゃん、ちょっと耳かしてくれる……?」
「はい、何でしょう?」
耳をこちらに向け、私に近付いてきて来てくれる。
「まぁ、麻衣もではあるんだけど、颯太はそのノートの丁度真ん中くらいのページにある「ハンバーグ」が大好きなの……。
初心者にはちょっと難しいけど、作れる様になったらポイント高いわよ……」
涼香ちゃんが、颯太に好意を持ってくれている事は見ていれば分かる。
少しからかってみるのも可愛くて面白い。
「ちょっと……未祐さん、何を言っているんですか!
そんなんじゃないですよ!」
私の口から耳を離し、大きめの声で反応する彼女はかなり焦っている様子だった。
「違うの?
うちの娘になってくれるのかと思っていたのだけど……」
誠君も私が耳元で何を言ったのかある程度想像できたみたいで、凄く笑っていた。
「母さん、片付け終わったよ」
ごみを捨て、ホウキとチリトリを片付けた颯太と麻衣が帰ってきた。
「ありがとう……お疲れ様……」
「涼香ちゃん、顔が赤い気がするんだけど大丈夫?」
話の流れについてきていない麻衣にすら攻撃される。
「いや、何でもないです。
大丈夫ですから!」
その時はまだ、こんな幸せな時間がずっと続くと信じていた。
医者にそう言われた時は絶望的な気分だった。
目の前が真っ暗になった様に感じられて何も考える事ができなかった。
まさか自分が指定難病にかかってしまうとは思ってもいなかったからだ。
「それって、どう言うものなのでしょうか?」
彼の話す雰囲気からなんとなくの想像は出来ていたけれど、それでもハッキリと言葉で聞きたかった。
手足から始まり、のどや舌など、呼吸に必要な筋肉がだんだんとやせていき、しだいに力がなくなっていくとの事だった。
症状が軽くなることはなく、平均の生存期間は発症から二~五年程度だそうだ。
それが分かった事で、今後どのような生活をしていくべきなのかを真剣に考えなければならない。
突然の余命宣告だったが、一番に思い浮かんだのは自分の死よりも子供達の事だった。
私には年子の息子と娘が居るが、後少ししか彼等の成長を見届けられないかと思うと何とも言えない気持ちになっていく。
自分に異変を感じ始めたのは、何かが割れる様な凄い音がした時だった。
視線を床に向けると粉々になった息子のお気に入りお茶碗の破片が散乱している。
「やってしまった……」
そうつぶやいた時には既に遅い。
夕食後の洗い物を終えて、棚に食器をしまおうとした時、手に取った筈のお茶碗が落下して床で砕けたのだ。
一瞬の出来事ではあったが、凄く不思議な感覚だった。
手に力が入らなくなったと言うべきか、瞬間的に握力がなくなった気がしたのだ。
「大丈夫でしたか?」
最初にそう言ってくれたのは、子供の友達涼香ちゃんだ。
「びっくりさせてごめんね、でも大丈夫だから……。
踏むと危ないから、こっちにはこないでね……」
「大丈夫?
僕が片付けるから、母さんは座っててよ」
息子颯太は、そう言ってホウキとチリトリを持ってきた。
「ごめん、颯太が気に入っていたお茶碗を割ってしまったわ」
彼はニコっと笑った。
「そんなの気にしなくていいよ、怪我がなかったのならそれで良いじゃん」
彼が大きい破片をよけた後にホウキで掃き、娘の麻衣がチリトリを構えて細かいものを集める。
優しくて良い子達に育ってくれていると思うと何だかとても嬉しく思う。
片付けが終わった二人は笑いながらホウキとチリトリを元の場所へ戻しに行った。
「ありがとう……」
私は彼の言う通り、リビングの椅子に座らせてもらった。
少し疲れていたのかもしれない。
今日は友達が二人、誠君と涼香ちゃんが遊びに来ていたので夕食をご馳走したのだ。
急な話だったので、あり合わせの材料で簡単に作ったメニューだったが、皆喜んでくれた。
「未祐さんの料理は本当に美味しいです。
ご馳走様……」
誠君はいつも私が作ったご飯を美味しいと言って完食してくれる。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「うちは料理ができないので、いつもライザのお惣菜ばかりですよ?
母にも未祐さんのレシピを教えてもらえませんか?」
小声でこそっと言ってきたが、そんな事は知っている。
と言うのも彼の母親は高校時代からの私の親友であり、彼女は昔から下手だった。
何度か簡単な料理を教えた事もあったが、一向に上手くならなかったのだ。
「あはは、真央は昔から料理がダメだったからね……。
分かった、誠君と涼香ちゃんには特別に未祐さんのレシピを教えてあげよう……」
二人は嬉しそうだ。
「お願いします」
涼香ちゃんは、お母さんが仕事で家に居なくて、自分でご飯を用意していると言っていたけれど、おそらくはレトルトとインスタントばかりだと思う。
そう考えると、自分で作る事ができる様になったら嬉しいんじゃないだろうか?
「ちょっと待ってて……」
私は引き出しから料理のレシピノートを出すと、誠君に渡す。
「真央はたぶんこれを見ても真似できないから、誠君が作って、あの子にも食べさせてあげてね」
彼はパラパラとめくって軽く中身を確認する。
「これ、凄いですね……。
本当にもらっていいんですか?」
内容に関しては全て頭に入っているので自分にとっては、もう不要なものである。
「ええ。
でもごめん、これは一冊しかないの……。
誠君、涼香ちゃんにコピーしてあげてくれない?」
同じ物をあげたかった所ではあるけど、自分用の覚書きとして作った物なので当然一冊しかない。
「分かりました、涼香の分は俺がコンビニか何処かでコピーします」
まぁ、コピーでもレシピの内容は一緒だから良いかな?
「未祐さん、ありがとうございます。
私もこのノートで色々勉強させてもらいます」
嬉しそうに笑っている。
「涼香ちゃん、ちょっと耳かしてくれる……?」
「はい、何でしょう?」
耳をこちらに向け、私に近付いてきて来てくれる。
「まぁ、麻衣もではあるんだけど、颯太はそのノートの丁度真ん中くらいのページにある「ハンバーグ」が大好きなの……。
初心者にはちょっと難しいけど、作れる様になったらポイント高いわよ……」
涼香ちゃんが、颯太に好意を持ってくれている事は見ていれば分かる。
少しからかってみるのも可愛くて面白い。
「ちょっと……未祐さん、何を言っているんですか!
そんなんじゃないですよ!」
私の口から耳を離し、大きめの声で反応する彼女はかなり焦っている様子だった。
「違うの?
うちの娘になってくれるのかと思っていたのだけど……」
誠君も私が耳元で何を言ったのかある程度想像できたみたいで、凄く笑っていた。
「母さん、片付け終わったよ」
ごみを捨て、ホウキとチリトリを片付けた颯太と麻衣が帰ってきた。
「ありがとう……お疲れ様……」
「涼香ちゃん、顔が赤い気がするんだけど大丈夫?」
話の流れについてきていない麻衣にすら攻撃される。
「いや、何でもないです。
大丈夫ですから!」
その時はまだ、こんな幸せな時間がずっと続くと信じていた。
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